2/27(土)から名古屋シネマテークで映画『トキワ荘の青春』デジタルリマスター版の上映が始まりました。
初日にさっそく鑑賞。
この映画、今まで何度か観ているのですが、今回の鑑賞がいちばん心揺さぶられました。
あまり劇的ではない映画です。
どちらかといえば淡々と進んでいく映画です。
静謐な空気感に包まれた映画です。
なのに、私の感情はずっと動かされっぱなしでぜんぜん静謐を保てませんでした。
序盤、テラさんと二人の藤子先生が初めて顔をあわせテラさんの部屋で火鉢を囲んで湯呑でお茶を飲むシーンを観たところで、すでに泣きそうになりました。深夜になって手塚先生がトキワ荘の自室に帰ってきて廊下で物音がして、テラさんの部屋で睡眠中だった藤子先生が飛び起きて手塚先生の姿を必死で見ようとするところでも胸が熱くなりました。
そんな調子で、この映画を観ているあいだたびたび胸がジーンとしたのです。
劇的な物語性のある映画ではないながらも、登場人物のなかで比較的ドラマチックな存在に見えたのは、古田新太さん演じる森安直哉先生でした。作品が認められない鬱屈、でも容易にはあきらめられない漫画への情熱、身からにじむようなつらさ。そして、ついにはトキワ荘をこっそりと去っていく……。そんな“森安ドラマ”が胸に迫りました。
大森嘉之さんが演じる赤塚不二夫先生も、途中までは森安先生と同様の境遇でした。まわりの仲間たちが売れていくなか取り残されていく様子がじつに切なかったです。読者の少年たちがサインをおねだりにトキワ荘へ来たとき、サインを求められたのは石森先生と藤子先生でした。そのとき同じ部屋にいた赤塚先生だけがポツンと取り残された状況には残酷さすら感じました。
ただし、赤塚先生はその後『ナマちゃん』の連載で人気者になり、つらい立場から脱していきます。そこは森安先生とは対照的ですね。
そして、この映画の主人公・本木雅弘さん演じるテラさんからもまた切なさを感じずにはいられませんでした。トキワ荘の精神的な柱であるテラさんが見せる頼もしさ・やさしさ。そんなしっかりとしたまじめな人格から、かすかににじむ憂いや孤独。とくに映画の終盤、自分が理想とする子ども漫画を描き続けようとするあまり時流から外れていき編集者にとってちょっと厄介な存在になりつつあるテラさんの姿は、無性に切なくて寂しかったです。
部屋で寝ころんだ本木さんの横顔がアップになったとき、私のなかで本木さんとテラさんが最も重なって見えました。特に鼻のかたちが抜群にテラさんとダブりました😄
市川準監督は、昭和30年代あたりの青春物をやりたい、アパートの映画を撮りたい、という思いを先にお持ちで、そこからトキワ荘という格好の題材があったなとひらめいたのだそうです。
市川監督ご自身は漫画マニアではないし、トキワ荘の先生がたにのめりこんでいたわけでもなく、漫画家の青春というよりはアパートの青春をやりたかったのです。そういう監督の引いた目線が、この映画に登場する漫画家たちの描写に反映しているのかなあと思います。各漫画家に対して過度な思い入れをしていない感じ…といいますか。それぞれの漫画家をあまり大きくクローズアップせず、少し距離をとって観察している感じ…といいますか。
そのように距離をとって観察してはいるのだけど決してドライな態度ではなく、一人一人の事情を察しその心情に寄り添おうとしている空気も感じました。
デジタルリマスター版ということで、友人が言うには「書棚に並ぶ本のタイトルもよく見えた」そうです。私はそこまで細部を確認できておらず、デジタルリマスター版の恩恵をあまり実感できないまま観終えてしまった感があります。そのリベンジのためにも、もう一度観に行きたいくらいです。