『暴風の奇術』

 以前から読んでみたいと思っていた藤子不二雄先生の初期作品『暴風の奇術』を、最近になって読むことができた。
 本作は、「少年少女冒険王」昭和28年12月号(秋田書店)で発表されて以来、一度も単行本化されておらず、おそらく何らかの雑誌やムックで再録されたこともなく、さらにその掲載誌は国会図書館にも所蔵されておらず、読もうと思ってもやすやすと読めるものではない。コロタン文庫60「藤子不二雄まんが全(オール)百科」(小学館/昭和55年)の330ページに小さく掲載された〝1ページめ〟だけをわずかに拝める程度の、幻の作品なのである。
 藤子先生が「あびこもとお ふじもとひろし」名義の『天使の玉ちゃん』でデビューしたのが昭和26年、ン百万円単位の高額プレミア価格がつくことで有名な藤子先生最初の単行本『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房発行/足塚不二雄名義)が出たのが昭和28年だから、昭和28年に発表された『暴風の奇術』がいかに初期の作品であるかおわかりいただけるだろう。


 藤子先生は昭和28年の途中でペンネームを足塚不二雄から藤子不二雄に変えており、『暴風の奇術』は藤子不二雄名義になってまだ間もない頃に執筆された作品ということになる。また、藤子作品リストを見ると、『暴風の奇術』は藤本弘(=藤子・F・不二雄)先生の単独作品となっていて、それ以前に単独作品はひとつも見あたらないので、本作は藤子先生がプロデビューしてから初めて発表された〝合作ではない藤子マンガ〟ということにもなる。
 もっとも、安孫子素雄(=藤子不二雄A)先生が富山新聞社に勤務していた昭和27年4月から28年12月に執筆された作品のほとんどは、主に藤本先生が描き、それを安孫子先生が手伝うかたちで創作されたものなので、合作であろうとなかろうと藤本色が強いことに変わりはないのだが。


『暴風の奇術』を読んでまず思うのは、やはり、絵柄に手塚マンガの影響が色濃く見られる、ということだ。ページを開いてパッと見ると、手塚先生のマンガかと一瞬見紛うばかりである。
 ストーリー的には、〝ある事件が発生し、探偵役の少年が登場、その少年の働きによって犯人が明らかになる、といった展開で、これはまさに「ミステリー」のジャンルに属する物語である。藤本先生の作品には、〝犯人探し〟〝謎の提示と解明〟〝どんでん返し〟〝意外な驚きに満ちたオチ〟といったミステリーの要素を含んだものが多く存在するが、『暴風の奇術』はそうした作品群の原点となる作品といえよう。


 本作で起こる事件とは、金持ちの家に現れた強盗が、その家の主人をピストルで襲い金を盗む、というもの。主人公の少年は、犯人が逃走する瞬間にたまたま遭遇し、とっさに写真を撮る。しかし写真を現像してみると、犯人のうしろ姿しか写っておらず、それが何者かは確認できなかった。それでも少年はあきらめることなく知恵を働かせ、写真の人物を特定する方法を思いつく。そうして見事に犯人の正体を暴くことになるわけだが、犯人が誰かわかったあとも、事態は二転三転する。その二転三転の場面が、ページ数の都合で端折り気味になってしまっていて、実にもったいなく感じられる。
 とはいえ、全部でわずか6ページのこの作品に、それだけのストーリー展開を凝縮することができたのは、デビューして間もない藤本先生がかいま見せた才気の片鱗だろう。ここで私は、藤本先生の次のような言葉を思い出した。

ぼくらが出て来た頃は、マンガ一本の長さが4ページなどというのがざらでしたから、来月号は、なんとか先生の大長編マンガを16ページで、などという時代だったんです。だから、ぼくらは4ページで地球へ侵略者が来て、それをやっつけるという話を描いたのです。とにかく、短く短く、エッセンスだけでという訓練は徹底的にされているわけですよ。
(月刊マンガ少年別冊『地球へ…』総集編第3部「藤子不二雄中島梓竹宮恵子 座談会」より)

 若き日の藤本先生は、短いページで話をまとめあげる訓練を積み重ね、それがのちの作品に見られる高密度なプロット構成へと結実していくのである。


『暴風の奇術』というタイトルの意味は、最後のコマを読んでようやく読者にわかるようになっている。これは、最後の1コマまで謎を残しておこうという、藤本先生の心憎い仕掛けだ。最後の1コマで読者をハッとさせたり驚かせたり腑に落ちる感覚を与えたりという作劇術は、のちの藤本作品において、『暴風の奇術』よりはるかに高度なテクニックを駆使していくたびも披露され、多くの読者を魅了することになる。



藤子不二雄A新作情報
11月19日、藤子不二雄A先生サイン会の会場で、藤子スタジオの方から「スタジオは今『踊ルせぇるすまん』の原稿に追われている」と聞いていたが、今月28日(火)発売予定の「週刊漫画サンデー」新年特別合併号に、いよいよ「踊ルせぇるすまん」の新作が登場することになった。この時期に新作を読めるというのは、藤子Aファンにとって、クリスマスプレゼントかお年玉のような贈り物である。