武居俊樹「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」

赤塚不二夫のことを書いたのだ!」(武居俊樹著/文藝春秋/2005年5月30日第1刷発行)
 

 著者の武居俊樹氏は、『おそ松くん』『天才バカボン』『もーれつア太郎』『レッツラゴン』といった赤塚不二夫作品を担当した「少年サンデー」の名物編集者。マンガ家・赤塚不二夫の全盛時代を彩った個性的な面々の一人だ。
 本書では、そんな武井氏が、赤塚不二夫とその仲間たちのホットで型破りで大真面目な日々を、赤裸々に綴っている。赤塚担当編集者の目線から記す赤塚不二夫史としても価値ある一冊だ。
 本書は全編にわたり登場人物の会話シーンを多用しており、ワンセンテンスが短めの文章が弾き出すテンポのよさも相俟って、娯楽小説を読むような感覚でサクサクとその世界に入り込んでいける。 

 
 序章の冒頭がいきなり切ない。
「平成16年9月14日(火)―。赤塚不二夫は、満69歳の誕生日を迎えた。しかし、赤塚には、今日が自分の誕生日であることが判らない。」
 赤塚氏が現在こうした病状にあることは、本当に寂しい。赤塚氏が入院中の病室には、快癒祈願の寄せ書きが飾ってあり、そこには藤子不二雄A先生の名も見られるという。


 第一章は、武居氏が赤塚氏の担当編集者になり、アイデア会議に初めて参加するところから始まる。当時の赤塚マンガの制作行程がよくわかって興味深い。
 第二章と三章は、人間・赤塚藤雄の誕生、マンガ家デビュー、トキワ荘時代など、武居氏が赤塚氏に出会う以前の出来事を、赤塚氏が武居氏に語って聞かせるという構成になっている。オレが語るのだから偽自伝かもしれない、と断っているのが粋だ。
 第四章以降は、第一章のような体裁に戻り、武居氏が赤塚氏とともに仕事をした時代の様々なエピソードを、何人もの登場人物を織り交ぜつつ、おおむね時代の流れに沿って描写している。


 全体を通して、マンガ家・赤塚不二夫への愛情と敬意がにじむ本書だが、そんな赤塚氏の人物像をむやみに美化・虚構化することなく、豪放で天真爛漫に見える赤塚氏の小心さや勤勉さ、ある時期からの天才の衰えや人情に篤い面などを具体的なエピソードのなかで正直に描いている。
 手塚治虫先生も、かなり大人気ないキャラクターで登場している。


 武居氏本人も、本書のどの登場人物にも負けぬほど個性豊かなキャラクターだ。
 オーナー会社である小学館の二代目社長の息子が取締役になった頃、武井氏はその社長ジュニアに向かい「入社試験受けずに小学館に入ったの、あなただけだよ」と言った。さらに、そのジュニアが社長に就くと、ジュニアを指さし「楽しーて 社長になったー」と歌ったというのだ。そんなエピソードを読むと、武居氏と赤塚氏の波長が合ったことがよく理解できるし、武居氏が実験的ギャグマンガレッツラゴン』の登場人物になりえたのも納得できる。


 終わりのほうの章になると、赤塚氏ゆかりの人々の訃報が次々と舞い込んで、しんみりとした気分にさせられる。そんな人々の中に、藤子・F・不二雄先生の名前もあった。


 赤塚氏の半生に詳しく触れれば、おのずと藤子先生も登場するので、文中でときおり藤子先生の名前に巡り会えるのもポイントだ。藤子スタジオがフジオ・プロやつのだプロと同じフロアにあった時代の様子がうかがえるのもいい。


【参考】
赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』の登場人物の一人であり、赤塚不二夫氏のマネージャーやブレーンなどを長くつとめた長谷邦夫氏が、ご自分の日記で本書のことをとりあげている。
 http://d.hatena.ne.jp/nagatani/20040612
 http://d.hatena.ne.jp/nagatani/20050425#p3
 http://d.hatena.ne.jp/nagatani/20050522#p1
 http://d.hatena.ne.jp/nagatani/20050528