「かげがり」「テストにアンキパン」放送

 8月12日(金)、『わさドラ』17回目の放送。



●「かげがり」

原作データ
初出:「小学四年生」昭和46年7月号
単行本:「てんとう虫コミックス」1巻などに収録

 小学生のころ「かげがり」を読んだときの「怖い」という感情は、今でも鮮烈に記憶に焼きついている。『ドラえもん』には怖い話が結構あるけれど、当時の私にはこの話が最高に怖かった。
 のび太が自分の影を便利屋のように使っていたら、ドラえもんは、このまま時間がたつと本物ののび太と影ののび太が入れ替わってしまうと説明。30分のタイムリミットがすぎるとどんな事態になるか前もって言っておかないドラえもんもどうかと思うが、とにかく、自らの意志で動きはじめた影ののび太を捕まえなければ、今ここにいる本物ののび太が影になってしまうというのだ。影の自分と本物の自分が入れ替わってしまうという、その発想だけでも十分に怖い。
 ドラえもんのび太は、影ののび太を捕まえようと追いかけまわすが、知恵をつけた影はうまい具合に逃げていく。本物ののび太がだんだんと影の色に近づいていくところは、のび太と影が入れ替わりつつあるんだということが視覚的に実感され、かなり怖い。
 そして極めつけは、影ののび太が白目で「ニヤ」と笑うシーンだ。影ののび太の、本物ののび太と入れ替わってやろうという野心が伝わってきて、非常に怖い。


 そんなホラー要素を含んだこの「かげがり」を、『わさドラ』はどう見せてくれただろうか。


 冒頭は、この話の中でもまだ能天気に笑っていられる部分である。
 パパに庭の草むしりを頼まれたのび太は「もっと涼しくなってからやるよ」と答える。パパが「涼しくなるっていつごろだ」と訊くと、のび太はひとこと「11月ごろ」と返答。当然パパは怒り出す。
「もっと涼しくなってからやるよ」と言われれば、日が傾きかける夕方ごろにやるのだな、と常識的には受けとるところだが、のび太は平然と「11月ごろ」と答えたのだ。その、非常識な答えを平然と言ってのけるのび太がとても可笑しい。
 そのあとのび太は、「こんな日に外へ出たら、日射病になるぞ」「パパは自分の子どもがかわいくないのだろうか」などと自分に都合のよい屁理屈を並べたてる。原作ではさらに「わかった!ぼくはほんとうの子じゃないんだ」「ああ、ぼくのほんとうの親はどこにいるのだろう」などと話を極端に飛躍させ、結局は昼寝の体勢に入るのである。だが、今回のアニメでは、そこのところが「きっとぼくのことが嫌いなんだ」という台詞で止まってしまった。
 このあたりを原作のとおりやってくれたら、もっとおもしろいシーンになっていたと思う。


 自分の影を働かせて楽をするのび太は、30分だけ、とドラえもんに注意されていたのに、少しくらい延長してもいいやという気分で、影をお使いに出してしまう。それを聞いたドラえもんは、「しまいにはあいつが本物になって、きみが影にされちゃうぞ」とのび太に告げる。のび太は驚愕。視聴者(読者)にとっても、このあたりからホラーになってくる。
 その後は、ドラえもんのび太がひたすら影ののび太を捜し追いかける展開となる。狡猾に逃げまわる影ののび太。そして、時間がたつにつれ、体の色が影のようになっていく本物ののび太。そんなのび太を見て「もう、影になりはじめてる」と言うドラえもん。こうしたシーンによって、早く影を捕まえないとのび太が影になってしまう、のび太に残された時間はあとわずかだ、といったふうに、ちょっとしたスリルとサスペンスを味わえる。アニメでは、緊迫感を高めるBGMや、アニメならではドタバタした動き、影の居場所を推理するくだりなどが加えられ、ドラえもんのび太が影ののび太を捕まえようとする一連のシーンが、さらに見応えのあるものになった。


 人間に近づきつつある影ののび太が、白目で「ニヤ」と笑ったり、意地悪な顔をして「モウスグイレカワルゾ」と声を発するコマは、本作の原作の中でも屈指のホラーシーンだと個人的には思っている。ところが、原作では不気味な怪物的存在に感じられた影ののび太が、アニメではもう少し人間的なキャラクターとして描かれたため、影ののび太の「怖さ」が十分に伝わってこなかった。その反面、ジャイアンスネ夫と野球の練習をするシーンが追加されたりして、影ののび太が、単なる奴隷のような意識状態から個人の意志や矜持を育んでいくくだりが、原作よりも入念に描写された。


わさドラ』版「かげがり」は、私が期待したような「怖さ」は薄らいだが、影ののび太が自我を獲得していく過程がしっかり描かれ、また、影ののび太の捕獲劇がアニメならでは音や動きで展開され、原作とは違う側面で堪能することができた。






●「テストにアンキパン」

原作データ
初出:「小学三年生」昭和47年5月号
単行本:「てんとう虫コミックス」2巻などに収録

「テストにアンキパン」は、笑いどころのたくさんあるギャグ作品だ。のび太がやかんと枕を持って走りまわったり、ノートの大事なページがないと思ったらのび太が鼻をかむのに使っていたり、電話帳に載った名前が「阿井上男(あいうえお)さん」や「柿久家子(かきくけこ)さん」だったり、子どものころ読んで以来いまだに忘れられぬネタが満載なのだ。
 どのネタも、くだらないと言えば実にくだらないのだけれど、藤子・F先生の間(ま)やネーム、絵柄で読むと、どうにもおもしろくて笑いを誘われるのである。こうしたネタを、アニメで観ても「おもしろい」と感じられるかが、個人的には今回の見どころだった。


 
 まず、原作を読むたびに、秀逸な〝つかみ〟だと感じる冒頭シーン。
 のび太が「こまった。こまった」とわめきながら、右手にやかん、左手に枕を持って部屋の中をドタバタ走りまわっている。それを眺めていたドラえもんが「さっきから、なにをこまっているの」と質問すると、のび太は「あしたテストがあるんだ。国語と算数といっぺんに」と答える。ドラえもんが「やかんとまくらをもってるのは?」と訊くと、のび太は「まるでかんけいないけど、つまり、それほどあわててるってこと」と自分の状況を説明する。この、原作ではちょうど1ページ分の冒頭シーンが、私は大好きだ。
 やかんと枕を持って走りまわるという冷静さを欠いた意味不明の行為を、行為の当事者であるのび太が「まるでかんけいないけど、つまり、それほどあわててるってこと」と的確かつ客観的に説明し、そのうえでなお「こまった。こまった」と慌て続けるところが、優れたユーモアになっていると思うのだ。
 この冒頭シーン、今回のアニメではどうだったかというと、のび太がイスの上でくるくる回転するアニメ独自の描写を加えながら、原作のユーモアをよくわきまえた表現に仕上がっていたと思う。


 助けを乞うのび太に対しドラえもんは、「ふきとばし・せん風機」で学校を吹き飛ばすとか、「動物ライト」で先生をゴリラにするとか、不真面目な提案をする。そんな原作どおりの展開のあと、アニメオリジナルのシーンが追加された。
 社会と理科のテストで0点をとったのび太。どちらのテストも、全20問の○×式問題で、それを全問外して0点をとれる確率は約100万分の1だ、とドラえもんは解説する。そんなやりとりをしているところをママに見つかり、のび太は厳しく叱られる羽目に。0点の答案を見つけたときママは「のび太〜っ!」と大激怒するが、その寸前の引き攣り笑いがよい味を出していた。


 ママの説教の途中、パパが部屋に入ってきて「まあまあ、今日はこのくらいにして」とのび太に助け舟を出すが、ママは、きつい目線でパパを黙らせ、今度0点をとったら来月の小遣いはなし、とのび太に宣告をした。
 その直後、のび太は再びやかんと枕を手にして部屋を走りまわり、自分が非常に困っていることをドラえもんにアピールする。それでドラえもんは仕方なく「アンキパン」を出してあげるのだった。
 やかんと枕を手にして走りまわる行為をドラえもんへのアピールのため再度行なったところから、のび太の打算が垣間見えた。
 あと、100万分の1という天文学的な確率で0点をとってしまうのび太は、まさに〝0点の達人〟であるのだなぁ、と感心した。ドラえもんは、のび太に向かって、思ったことと反対のことを書けば○×式のテストで100点をとれる、と言っていたが、たとえ思ったことと反対のことを書いても、のび太の場合、それがことごとく裏目に出て、やっぱり確実に0点をとってしまうような気がする。


 のび太は、ドラえもんが出してくれた「アンキパン」に教科書やノートを写して食べはじめるが、ノートの肝心のページが抜けていた。鼻をかむとき、ちり紙の代わりに使ってしまったという、そんなのび太のお馬鹿さがいとおしい。


 ノートを写させてもらいにしずかちゃんの家に行ったのび太が「憶えることなら自信があるんだ」と言うと、原作のしずかちゃんは「クラスでいちばんわすれんぼのあんたが」とのび太を見下すように笑う。原作後期のしずかちゃんだとそうやってのび太をあからさまに馬鹿にするようなことはないのだが、初期のしずかちゃんは、結構率直にのび太を馬鹿にしている。
 アニメのしずかちゃんは「クラスでいちばんわすれんぼののび太さんが」と言って笑うが、原作と違って、ほほえましげな愛情のこもった言い方・笑い方をしていた。
 このあと原作では、電話帳の初めのほうをみんな憶えたというのび太に、しずかちゃんが「阿井上男さん」や「柿久家子さん」の電話番号を答えさせる。それがアニメでは、電話帳ではなく百科事典に変更、しかもしずかちゃんが質問したのは「アーキチョークとは?」「アイーダは?」というまっとうな知識についてだった。そのため、この場面からギャグの要素が消え失せ、アンキパンの優れた効力を見せつけることばかりが強調されることになった。「阿井上男さん」「柿久家子さん」というふざけた名前を、かかずゆみさん演ずるしずかちゃんがまじめに読み上げてくれれば実に愉快だったろうのに… 少し残念。


 しずかちゃんの家で草もちをたらふく食べ、帰宅してからパパの手料理を無理やり食べたのび太は、もうアンキパンを食べられるような状態ではなかった。しかしドラえもんは、「食べなきゃ明日のテストは0点だよ。さっさと食べて!」「水を飲んで!」「もう一枚!」などとスパルタ式にアンキパンを食べさせるのだった。
 原作では、スパルタ式がエスカレートして、最後には仰向けに倒れたのび太の上にドラえもんが乗っかり、アンキパンを強引にのび太の口に押し込むことになる。そのときののび太の表情と口の中が凄いことになっているのだが、アニメでは完全にカットされた。ドラえもんが暴力的すぎるし、のび太があまりに悲惨そう、ということだろうか。


 あと、パパの手料理に関して。原作では「母の日」だからママの代わりにパパが料理を作ったことになっているが、アニメでは、今度0点をとったら小遣いなしと宣告されたのび太を励ますため「テストに勝つ」という意味をこめてパパがカツ丼を作った、という話に変更された。本作の前半に、ママに叱られるのび太をパパがフォローするシーンがあったが、それが、パパがカツ丼を作ることへの伏線になっていたのだ。
 それにしても、パパの作ったカツ丼はずいぶんおいしそうだった。満腹ののび太は苦しそうに食べていたけれど。






わさドラ』放送スケジュール(「コロコロコミック」9月号より)

●8月19日
「古道具きょう争」(「てんとう虫コミックス」1巻)
「怪談ランプ」(2巻)

●8月26日
「ゆめふうりん」(2巻)
「きせかえカメラ」(3巻)

●9月2日
「ご先祖さまがんばれ」(前・後)(1巻)

●9月9日
「ペコペコバッタ」(1巻)
ジャイ子の恋人=のび太」(22巻)