Aランド完結記念「藤子不二雄A初期少年まんが選集」

 「藤子不二雄Aランド」全149巻予約購入者へ贈られる特典小冊子が数日前に届いた。出版社側が〝小冊子〟という表現を使っていたので、パンフレットみたいな薄い冊子をイメージしていたが、実物を見るとB5サイズ・74ページのハードカーバー本で、想像していたよりはるかに豪華なものだった。


 特典小冊子のタイトルは、F.F.Aランド完結記念「藤子不二雄A初期少年まんが選集」。そのタイトルのとおり、藤子A先生の初期作品を複数収録している。単行本未収録作、または未発表作を収録するというコンセプトらしく、多くの人が初めて読むような珍しい作品ばかりをセレクトしている。各作品に対する藤子A先生の描き下ろし解説文も付いていて、ファンには嬉しすぎるサービスぶりだ。


 収録作品の内訳は以下のとおり。

●『オーケー学校』第1回/初出:「ぼくら」1963年5月号
●『忍者ロビイ』第1、3、4、5、6、7、9、10回/初出:「さんわこどもしんぶん」1961年(連載期間詳細不明)
●『リトル紳士』第1、2、3、4、8、9、10、11、14、15回/初出:「さんわこどもしんぶん」1961年(連載期間詳細不明)
●『一日だけのさむらい』/1956年・未発表作品(本書の初出一覧では’51年と記されているが、実際は’56年に描かれた作品である)
●『お化け……心やさしき友よ』/初出:「漫画少年」1955年7月号
●『スポーツの秋』/初出:「漫画少年」1955年9月号
●『海抜六千米の恐怖』/初出:「漫画少年」1954年6月号

 こうやって作品名を挙げてみると、改めて感嘆の声をあげたくなる。なかなか豪華な外観の本書だが、中身はそれにも増して豪華なラインナップだ。



 各作品について、少しばかり解説したい。


●『オーケー学校』
 講談社の月刊誌「ぼくら」で1963年5月号から1964年5月号まで連載された、笑いと夢と冒険心いっぱいの楽しい作品。今回は、連載第1回分のみを収録。
 毎日が同じことの繰り返しという生活を送っていた小学生のどんぐりくんが、ひょんなことから、自分の夢をかなえてくれる、なんでもオーケーな「オーケー学校」に入学することになった。連載第1回でどんぐりくんが望んだ夢は、テレビスターになりたい、だった。その後の回でも、動物語を憶えたり、居合抜きの名人になったり、図太い神経を手に入れたりと様々な夢をかなえていく。
 連載が進むにつれ、本作はまさになんでもありの様相を呈してきて、しまいには宇宙人や空飛ぶ戦車までもが登場する。とにかく元気のよい作品だ。



●『忍者ロビイ』『リトル紳士』
 この両作は、1961年、「さんわこどもしんぶん」に連載された。「さんわこどもしんぶん」とは、三和銀行が出していた子ども向けの新聞だ。この新聞、一般に広く講読されたものではないので連載当時に読んだ人が少なく、しかも国会図書館などにまったく所蔵されていないため、『忍者ロビイ』『リトル紳士』ともに、その全貌がつかめない幻の作品となっていた。その連載期間すら詳しく分かっていないという状況なのだ。
 これまでこの両作は、コロタン文庫60「藤子不二雄まんが全百科」(1980年/小学館)や、SFマンガ雑誌リュウ」Vol.4(1980年/徳間書店)において、わずかな回数分が図版的扱いで縮小掲載されたのみで、まともに読むことができなかった。それが今回、『忍者ロビイ』8回分、『リトル紳士』10回分が大きくしっかりと掲載され、連載終了後初めてまともなかたちで再録されたのである。
藤子不二雄A初期少年まんが選集」の最大の功績は、この「さんわこどもしんぶん」連載作品を復刻したところにあるといっても過言ではないだろう。
 ちなみに、藤子A先生は『忍者ロビイ』『リトル紳士』のあともう一作、『銀星少年』なる作品を「さんわこどもしんぶん」に連載している。『銀星少年』の連載期間も不明だ。



●『一日だけのさむらい』
『一日だけのさむらい』は、「幼年クラブ」の編集者に案(鉛筆による下描き原稿)を見せたもののボツにされ、そのままお蔵入りになっていた作品だ。今回は、当時の下描きをそのまま収録。未発表作品が下描きのままの状態でこうして陽の目を見たのだから、これは「さんわこどもしんぶん」に連載された2作品の復刻以上に画期的なことかもしれない。
 藤子A先生は、この作品がボツになった経緯を当時の日記に綴っていて、それを先生の著書「トキワ荘青春日記」(1981年/光文社)で読むことができる。

・昭和31年2月25日(土)
十一時ごろ、幼ク案「一日だけの侍」できる。なにしろ久しぶりにまとまった(?)仕事をしたものだからうれしくなってひげをそったり、部屋片づけたり、お経(?)を唄ってみたり、一人で浮かれた。しかし、それもつかの間、毛糸の帽子をかぶって現れた担当のT女史、一読して小首かしげ……
「筋が弱いですね」
「六ページにしてはね……」
「もりあがりがありませんね……」
「コマの転換に飛躍がありすぎますね」
「全体を通した一本の筋がありませんし、なんとなく面白味がありませんね……」とひとつも誉めない。とにかく一応聞いてくると引っ込んでいって、二十分ほどしてまた戻る。
「企画変更で四ページになっていたんで、すみませんが、もう一度頼みます。これを縮めていただいてもいいのですが、新しいほうがいいでしょう……」
なんのこっちゃ。二十九日までにまた全面的に描き直した新しい案持ってきてほしいとのこと。
「はあ、そうですか……」と不承不承、講談社をでるが、朝の浮き浮きした気分はどこへやら。
(中略)
がっくりしてトキワ荘へ帰る。
藤本宅へいって憤慨の一くさり。藤本氏と文句をいっているうち気分が晴れてくる。これが二人の効用だな。

●『お化け……心やさしき友よ』『スポーツの秋』
 藤子A先生の解説によれば、この2作は、伝説の雑誌「漫画少年」に描いた穴埋め作品だそうだ。どちらの作品も、全3ページという短さで、複数のコママンガで構成されている。丸っこくかわいらしいタッチのほのぼのギャグマンガだ。タイトルと絵だけで表現されていて、キャラクターのセリフがないのも特徴的。
『スポーツの秋』については、蝸牛社から出版された「トキワ荘青春物語」手塚治虫&13人・著)という本に収録されている。



●『海抜六千米の恐怖』
藤子不二雄A初期少年まんが選集」は、単行本未収録のレアな初期作品ばかりを集めているが、最後の『海抜六千米の恐怖』に関しては、藤子不二雄AランドVOL.085「くまんばち作戦」に収録されている。それがなぜ藤子不二雄Aランド完結特典のこの冊子にも収録されたのか、ちょっと解せない。すでに単行本に収録された作品を選ぶにしても、せめて藤子不二雄Aランドで読めないものにしてほしかった。
 本作は『まんが道』でも紹介されていて、〝セミ・ドキュメンタリー〟という形式に挑戦した実験的作品であることがうかがえる。『ヒマラヤの謎の雪男』という本が発想のもとになっていることも分かる。





 藤子不二雄Aランドの完結特典は、期待を大きく上回る、素晴らしい内容のものだった。まさにお宝本と言うにふさわしい、デラックスな充実度だ。