「進化退化放射線源」「大むかし漂流記」

わさドラ』2月10日(金)放送分レビュー。


●「進化退化放射線源」

初出:「小学六年生」1975年6月号
単行本:「てんとう虫コミックス」8巻などに収録

【原作】
〝進化退化放射線源〟は、生き物から無生物まで、どんな物でも進化させたり退化させたりできる、見た目にはドライヤーに似たひみつ道具ドラえもんの説明によると、この道具はそもそも生物の祖先や進化の行方を探るためのものだという。
 ドラえもんは、進化退化放射線源を使って、のび太が持っていた10年前のラジオを最新型に進化させるが、その最新型というのも1975年当時に最新型だったものなので、当然ながら今から見るとゴツゴツとして古臭いデザインに見える。そもそも、こうしたラジカセらしいラジカセ自体が、レトロな存在になっている。むしろ、本作のなかで最新型のラジオよりさらに進化したタイプとして描かれた〝腕ラジオ〟のほうが、現在の技術水準に近いのではないか。この腕ラジオ、腕時計のかたちをしたなかに、テレビ、テープレコーダー、トランシーバーの機能がついているという。小さなサイズで多機能の携帯電話が現在のように普及することなど予見されていなかった時代に、藤子・F先生は、現在の携帯電話をどこか彷彿とさせる機器をマンガのなかで描いていたのである。


 本作では、退化した状態の物はしっかりとした考証に基づいて描かれ、進化した物は未来予想的な空想力を活かしてデザインされている。退化した物は実科学、進化した物は空想科学の領域にあるというわけだ。
 ラストのコマの、進化して未来人になったパパは、脳ばかりが発達して頭が異常に肥大化し、機械に依存しすぎて手足が衰え、汚れた空気を吸わないよう鼻毛が伸び放題で、古典的なSF作品に出てくるタコ型火星人をも思わせる不気味な姿に変貌している。その姿から、過度に発達した文明のなかで便利な機器に頼りすぎて生きる人間のペシミスティックな未来を風刺するニュアンスを感じとれるし、私が子どもころには、のび太のパパがこんな不気味な姿になってしまったことに単純にショックをおぼえた。



わさドラ】(出た〜ッ、巨大ネズミ! 進化退化ビーム)
・「進化退化放射線源」という名称から〝放射線源〟というデリケートな問題を孕んだ語を省き、〝ビーム〟という無難な語に置き換えている。


のび太が持っていたラジオを10年分進化させると、Wカセットのラジカセになった。これは、原作で描かれた最新型ラジカセよりは新しいタイプだが、それでも現在から見れば古いものなので、のび太から「でもこれ、まだちょっと古いよね」とツッコミが入った。
 未来のラジオも原作の腕ラジオより進化して、電話、ビデオカメラ、コンピュータ、時計、立体テレビを内蔵。もはやラジオではなくなっていた。


のび太は、話の中盤あたりで、考え方の古いパパの頭を進んだものにするため、進化退化ビームでパパを進化させようと考える。紆余曲折あってラストでようやくパパを進化させることができたのび太、原作においては進化した異様なパパの姿を驚きの目で見つめるのみだったが、『わさドラ』では積極的にパパとコンタクトをとり、鼻毛をいじったりなんかしてパパに叱られ、最後に「未来人になっても頭は古いままだ!」と叫んでパパから逃げ去るのだった。いくら進化退化ビームでもパパの考え方まで進化させることはできなかった、という結論を明示して話を閉じたのである。


のび太は、ネズミばかりかネコまで退化させ、哺乳動物の先祖である巨大爬虫類を2頭もご近所に解き放つことになる。この2頭が格闘を始めて町は原作以上の大騒ぎに。テレビのニュースで報道されるまで騒ぎが広がった。
 この場面は、巨大爬虫類の登場で人々がパニックになるところから、2頭の取っ組み合い、そのうちの1頭の逃亡・捕獲まで、そこそこ見応えがあってよかった。




●「大むかし漂流記」

初出:「小学四年生」1977年7月号
単行本:「てんとう虫コミックス」17巻などに収録

【原作】
 冒頭、ドラえもんのび太が海に囲まれた小島のうえに立っている、という唐突なシチュエーションが提示される。そこから、そのシチュエーションがどうして出来上がったかを回想するシークエンスが6ページにわたって展開され、再び冒頭のシーンに帰ってくるという構成になっている。


 のび太が思いついた学説の正否を確かめるため一億年前へ出かけたドラえもんのび太は、あるアクシデントに見舞われ、海に浮かぶ小島に打ち上げられる。2人が小島だと思って立っていた場所は、実は凶暴な巨大肉食ガメの甲羅で、2人はその巨大ガメに食べられそうになる。火事場の馬鹿力なのか、ふだんは泳げないのび太が海を泳いで必死に巨大ガメから逃げるシーンが印象的だ。今までてっきり小島だと思い込んでいたものが実は巨大ガメの甲羅だったという展開は、ちょっとした騙し絵的驚きを感じさせる。巨大ガメの図象は、リアルで怖そうに描いてあって、藤子・F先生の古生物への造詣と愛着が伝わってくる。


 本作は、現在は陸地になっている場所が大昔は海だったという学説をアイデアに用いていて、この学説は『大長編ドラえもん のび太の恐竜』でも冒険の重要な動機付けとして使われている。映画『のび太の恐竜2006』公開を前に、この映画を鑑賞するための予備知識を与える作品として、このタイミングでの本作のアニメ化は効果的だろう。
 のび太は学校の裏の崖で魚と貝の化石を見つけ、「はるか大むかし、さかなや貝は陸の生きものだった!」との新学説を開陳する。それを聞いたドラえもんは腹を抱えて大笑いするが、陸地で魚や貝の化石を発見したことから大昔の魚や貝は陸上で生活していたと着想するセンスは、なかなかのものだと思う。



わさドラ】(恐竜ちょっとだけスペシャル第2弾! 大むかし漂流記)
のび太が、もともと陸上に棲息していた魚や貝が海水浴に出かけそのまま海に棲みついて… と新学説を披瀝するシーンで、魚や貝が海水浴を楽しむ映像が映し出された。その映像が、奇妙に牧歌的で愉快だった。


・小島から海を覗き込むのび太、原作では「いっそひとおもいに……」と深刻そうだったが、『わさドラ』では空腹のあまり「お寿司が泳いでこないかな〜」とありえないことを願って、軽みのあるシーンに転化していた。




●情報
 13日(月)発売予定の「Quick Japan(クイック ジャパン)」 Vol.64(太田出版)は、映画ドラえもん特集。楠葉宏三総監督と渡辺歩監督の対談や、新レギュラー声優陣座談会、芝山努監督ら3名による映画ドラえもん25作品完全解説など、映画ドラ関係者の発言をふんだんに読めそうだし、F先生の次女・日子さんや、F先生の元アシスタント・むぎわらしんたろうさんの登場もあって、たいへん充実した特集のようだ。
 http://www.ohtabooks.com/view/bookinfo.cgi?isbn=4778310039