「ソウナルじょう」「世の中うそだらけ」レビュー

 7月7日(金)のアニメ『ドラえもん』で、来春公開の映画ドラの映像がちらりと1〜2秒ほど流された。その映像をビデオで繰り返し観返すほどに、これは『のび太の魔界大冒険』だ!との確信を強めていった。
「もっと!ドラえもん」5号で藤子プロ社長が「将来的には、オリジナル・ストーリーによる『ドラえもん』映画も作りたいと思いますが、先生の作品がすばらしすぎて……(笑)」とコメントしていたことから、少なくとも来春の映画はリメイクだろうと予想していた。そのため、リメイクであることへの驚きはなかったが、『のび太の魔界大冒険』が選ばれるとは思っていなかったので、その点で意外な気がした。昨今の魔法ファンタジー人気を意識してのセレクトだろうか。
 この日映画の予告映像が(わずかとはいえ)流される、との情報を事前になかったので、その点でも意表をつかれた。このような映像が紹介された以上、来春の映画ドラはおそらく魔界大冒険のリメイクになるのだろう。


 さて、それでは、7月7日のアニメ『ドラえもん』で放送された2作品のレビューに入っていきたい。


●「ソウナルじょう」
【原作】

初出:小学三年生1970年8月号
単行本:てんとう虫コミックス第3巻など

 本作は、ソウナルじょうを飲んだのび太と友達が想像の海で泳いで遊ぶ、ほのぼのタッチのお話だ。のび太は、まっとうで前向きな想像だけしていればよいものを、何かと余計なことばかり考えてしまうため、自分の思い通りになるはずの想像の海(あるいはプール)のなかでマイナスの事態にしばしば見舞われる。それが、ほのぼのムードのなかにドタバタ感を混入させ、笑いを生み出している。


 のび太が浮き輪を身につけて家や町の中を泳ぐだけで、平凡で身近な、ともすると退屈にまみれた風景が、新鮮な驚きをともなった少し不思議空間に変貌する。当たり前の日常が、ちょっとしたことで非日常化する面白さを味わえる。


 タコ顔のおじさんを見たドラえもんが「たこもいるし」と言うと、そのおじさんの口から勢いよく墨が噴き出される。この場面はとても愉快。タコ顔のおじさんを見て「たこもいるし」なんて単刀直入に言ってしまうドラえもんの不躾さがまず可笑しいし、タコ顔のおじさんが墨を噴くナンセンスな状況がさらに笑いを誘う。


〝ソウナルじょう〟は、Bパートでアニメ化される「世の中うそだらけ」の〝ギシンアンキ〟〝スナオン〟とともに、錠剤系のひみつ道具である。こうした錠剤系の道具は、わさドラでは別の形態に改変されることが多く、今回の扱いも気になるところ。



【アニメ】(ドウナル?コウナル! ソウナルじょう)


・錠剤系のひみつ道具であるソウナルじょうは、名称、形状ともに原作と同じだったが、〝薬を飲む〟という意味合いから〝キャンデーを食べる〟みたいなニュアンスに変更された。


・冒頭、のび太がプールに来るかどうかの賭けに出木杉も参加。出木杉は、こういう賭けに積極的に参加するのではなく、むしろ、こんなことで賭けをするのはよくないんじゃないか、と考えるタイプであってほしいのだが… 友達づきあいがいいってことか。


のび太をプールに誘い出そうとして「2〜3年ほどかかるかなあ」と言われたジャイアンは、ニコニコ顔を保ったまま、表情を微妙に変化させていく。眉の微妙なひそめ具合といい、汗の微妙なたれ方といい、その微妙さが妙に可笑しくて、声を出して笑ってしまった。


・タコ顔のおじさんが原作どおりに墨を噴いたあと、洗車中のワンボックスカーが鯨として登場。


・みんなでソウナルじょうを食べて海で遊んでいるつもりになっている場面は、素直に楽しそうで好感がもてた。



●「世の中うそだらけ」
【原作】

初出:小学六年生1975年7月号
単行本:てんとう虫コミックス第9巻など

 序盤に、ジャイアンが詐欺的な話術によってのび太から100円のアイスクリームを50円でせしめるくだりがある。ジャイアンのインチキ計算にころっと騙されるのび太のお人好しぶるが笑えるが、ジャイアンの詭弁もなかなか説得力があり、考えもなく聞いているとこちらまでまるめ込まれそうになるからのび太を笑ってばかりもいられない。
 この、アイスクリームをめぐるジャイアンのび太のやりとりには元ネタがある。古典落語の「壺算」という噺に似たようなくだりがあるのだ。「壺算」では、水壺を買いに来た客と水壺を売る瀬戸物屋のやりとりになるのだが、藤子・F・不二雄先生はこれを巧みに換骨奪胎して『ドラえもん』に用いたのである。
 このことは今でこそファンのあいだでよく知られているが、これを初めて知ったときはかなり驚いた。10年以上前だったか、新聞のコラムで「壺算」の内容が簡単に紹介されていて、それを読んだ私は、「あれ? この話、『ドラえもん』にもあったなような… そうか、ギシンアンキのあのネタは、この「壺算」が元ネタだったのか! F先生のオリジナルじゃなかったんだぁ…」と、ショッキングな感慨をおぼえたものだ。



 のび太は、客観的にはジャイアンに騙されていながら、本人はジャイアンの話を理解できたことに満足感をおぼえ、文句を言うドラえもんに対して「ドラえもんもあまり頭よくないね」と無邪気に語る。そんなのび太のお人好しぶりが可笑しいし、それに対するドラえもんの苦虫をかみつぶしたような呆れ顔も笑いを誘う。ドラえもんの頭の上に浮いた単純な螺旋記号が、ドラえもんの心理を的確に表現していて、さらにまた笑える。



 それを飲んだ人は他人の言うことを信じなくなるひみつ道具〝ギシンアンキ〟は、当然ながら「疑心暗鬼」をカタカナ化しただけのネーミングだ。こうして四字熟語をカタカナにするだけで、なんとなく薬品名に感じられてしまうから不思議だ。子どもの頃これを読んだときは、ギシンアンキという言葉の響きと、のび太のきつい目つきとがセットで脳裏に焼きついた。



【アニメ】(こわーい目つきののび太 世の中うそだらけ)
 

・ギシンアンキは、錠剤から壺入りのアンコに変更、〝ギシンアンコ〟と改名された。スナオンのほうは、〝なんでも信じるコ缶入り〟というお汁粉に。原作では錠剤だったギシンアンキもスナオンも、アニメでは甘党が喜ぶ食べ物に改変された。


のび太にアイスクリームを販売した女性店員の「毎度ありがとう」という口調に、なぜか癒された。


・ギシンアンコを飲んで疑り深くなったのび太はもっと凄みがあってもよかった気がするが、素直な性格に戻ったのび太を見るとやっぱりほっとする。


・「100円よこせ」などとのび太に迫られたジャイアンの頭に、50と100の数字がちらつく描写は、ジャイアンの混乱した様子をわかりやすく伝えてくれた。




※次回7月14日放送のアニメ『ドラえもん』で、来春公開の映画のタイトルと特報映像が流れるようだ。