「ドラえもん」と「壺算」

 今月7日(金)のアニメ『ドラえもん』で、「世の中うそだらけ」が放送された。当ブログでレビューを書いたさいも触れたが、この話の序盤に、のび太ジャイアンによる、こんなやりとりがある。

50円と100円のアイスクリームを各1個ずつ買ったのび太が家へ帰る途中、道で出くわしたジャイアンが、
「おっ、アイスか。ちょうどよかった。1個ゆずってくれ」
と持ちかけてきた。
のび太は拒否反応を示すが、ジャイアンの威圧に負け、しぶしぶアイスを譲ることに。


ジャイアン
「安いほうでいいや。ほれ、50円」
と、のび太に50円を払い、50円のアイスを持って行った。
ところが、すぐに引き返してきて、
「やはり100円のにする」
と、50円のアイスをのび太に返し、代わりに100円のアイスを受け取って、そのまま帰ろうとする。
それに対してのび太は、
「あと50円くれよ」
と追いかける。
50円しかもらってないのに100円のアイスを渡したのだから、差し引きの不足分50円を請求したわけだ。


ところがジャイアンは、
「どうして?」
ととぼけた様子。あと50円を払う気がないようだ。
抗議するのび太
それにに対し、ジャイアンはこのように説明する。
「はじめに50円はらったな。今、50円のアイスわたしたな。50円と50円、あわせていくら?」
のび太は「ちょうど100円!」と答え、ジャイアンの説明にあっさり納得。
ジャイアンからあと50円をもらうことなく、最初にジャイアンから受け取った50円玉で50円のアイスをもう1個買って帰宅する。


帰宅したのび太に対してドラえもんは、
「150円もってって、どうして50円の2個しか買えないんだよ!」
と不満をぶつけるのだった……。

 このように、のび太ジャイアンの口車にまんまと乗せられ、50円の損失をこうむったのである。ジャイアンに騙されて損をしたのに、それにまったく気づかないで嬉々とするのび太を見たドラえもんは、「無邪気というか、お人好しというか…」と呆れるわけだが、のび太を騙したジャイアンの詭弁もなかなか堂に入っていて妙な説得力がある。ぼんやりしていると、読んでいるこちらまでまんまと丸め込まれそうになる。


 先日も書いたが、この、のび太ジャイアンのやりとりは、古典落語の「壺算」が元ネタである。落語好きの藤子・F・不二雄先生がご自分の作品に落語ネタを取り込んだ作例のひとつだ。
 そこで、「壺算」のストーリーのうちで、のび太ジャイアンのやりとりに対応するくだりを、ざっと紹介してみよう。
(以下に記した「壺算」の話は、私が要約したものです。台詞回しなどは、意味が伝わるように、やや説明的にしています。登場人物の名前や壺の値段などは、噺家さんによって様々な種類があるようです。一荷、二荷とは、容量の単位みたいなものです)

これまで使っていた水壺が割れてしまい、主人公は嫁さんに「新しい壺を買ってきて」と頼まれる。そのさい嫁さんは、「いま割れた壺は一荷入りだったけど、使い勝手が悪かったから、今度は二荷入りのを買ってきて」と指示した。そこで主人公は、買い物上手の徳さんを誘って瀬戸物屋へ出かけた。


瀬戸物屋に入った徳さんは、3円50銭の値段がついた一荷入りの壺を「3円にしてくれ」と交渉。値切りに成功した徳さんと主人公は、3円で一荷入りの壺を買って店を出るが、その辺を一回りしてから瀬戸物屋へ戻り、「さっき一荷入りの壺を買ったけど、頼まれていたのは二荷入りの壺だったから、これを二荷入りのと換えてくれ」と切り出す。
二荷入りの壺は、一荷入りの倍の値段である。一荷入りの本来の値段が3円50銭だから、二荷入りは倍の7円になる。ところが徳さんは、「さっき一荷入りを3円で買ったから、二荷入りはその倍の6円でいいだろ」と交渉。店の番頭さんは仕方なく、二荷入りの壺を6円で売ることにした。


さらに徳さんは、「さっき一荷入りの壺を買ったとき現金で3円払っただろ。そのうえでこの一荷入りの壺を3円で引き取ってもらえば、3円と3円で6円になる」と言って、一荷入りの壺を瀬戸物屋に返し、それ以上お金を払わず、二荷入りの壺を持って帰ろうとする。番頭さんは、ただちに徳さんと主人公を引きとめ、そろばんを用意して計算しなおすが、計算すればするほど頭が混乱し、結局は根負けしてしまうのだった。

 藤子F先生は、この、壺をめぐる徳さんと番頭さんのやりとりを、アイスクリームをめぐるジャイアンのび太のやりとりに置き換え、『ドラえもん』の作中に取り込んだのである。
 ここで落語の「壺算」と藤子F先生作の「世の中うそだらけ」を比較してみると、「壺算」には徳さんが壺を値切るくだりがあるが、「世の中うそだらけ」では値切りの要素が省かれている。また、「壺算」の番頭さんは徳さんの話にすぐには納得せず、自分で計算しなおして頭が混乱し、結局は根負けしてしまうのだが、「世の中うそだらけ」ののび太は、ジャイアンの話を聞いてあっさりと納得してしまう。
 
 
 じゃあ、「壺算」における“番頭さんが自分で計算しなおして頭が混乱し、結局は根負けする”という要素は、「世の中うそだらけ」では完全に省かれているのか……。じつは、そうではない。
 その“根負けする”という要素は、ギシンアンキを飲んだのび太の追及にあったジャイアンの行動へと割り振られているのだ。


 あと、「壺算」は、徳さんたちが金銭的に得をして幕を閉じるが、「世の中うそだらけ」は、結果的にジャイアンのび太も損得なく終わっている。これは、『ドラえもん』が児童マンガであることを踏まえた教育的配慮だろう(そんな意味はなく、たまたまそういう結果になっただけかもしれないが・笑)。


 落語好きの藤子F先生は、この作品以外にも落語を元ネタにした話をいろいろと描いているが、そのさい自作の世界観や読者層、時代背景、自分の好みなどに合わせて元ネタを巧みに換骨奪胎している。この換骨奪胎の仕方にFテイストが満ち満ちていて、まことに楽しいのである。