武田鉄矢さんのドラえもん論

 以前、当ブログで大長編ドラえもんに見られる特徴の一つとして「現実世界から異世界へ入っていく過程をきっちり描写して読者にリアリティを与えている」という点を指摘したことがある。
 のび太たちが、自分の足でこつこつと歩いたり、タケコプターなどで移動したり、移動の途中で食事をとったりキャンプしたり……そうした行為がしっかりと描かれるため、読者は地に足のついた感覚を保ちながら異世界へ連れていってもらえるのである。そんな大長編ドラえもん(ひいては藤子マンガ)の特徴を、昭和60年の段階で的確に指摘し評価していた芸能人がいる。
 
 武田鉄矢さんである。


 武田さんは、昭和60年に公開された映画『のび太の宇宙小戦争』で、主題歌『少年期』の作詞と唄を担当。映画の公開に合わせて武田さんのラジオ番組『夢工場 武田鉄矢商店』に藤本先生(藤子・F・不二雄)がゲスト出演した。当時は安孫子先生(藤子不二雄A)とのコンビ時代だったので、藤本先生が一人でメディアに出演されるのは珍しいことだった。
 その番組中で、武田さんと藤本先生がこんな話をした。

武田:藤子不二雄作品で素晴らしいのは、きちんと歩かせてますね。普通のマンガですと、たとえば魔王の屋敷があるとして、その屋敷の戸口にわりと早めに立たせてしまいますよね。
ところが、藤子不二雄マンガというかドラえもんたちの世界というのは、ちゃんと歩かせるんですよ。


藤本:それはやはり西遊記以来の伝統だと思うんですよ。空想の世界が一つありますよね。で、現実の世界があって。そこへ一足飛びに行っちゃうと、やはり読者がついていけない。じわりじわりと近づいていくんじゃないとね。だから、その辺の段階は無視しちゃいけないんだと思いますね。


武田:歩くということの中に、非常に機微があるんですよね。つまり、のび太が飽きたり嫌がったり、ドラえもんがせっかくくれた道具が故障したり…

 さすがは武田さん! 映画ドラえもんの主題歌を作り続けていただけあって、『ドラえもん』を見る目も肥えていたのだなぁ、と感服する。この時代に大長編ドラえもんのこうした特徴がメディア上で分析的に論じられることなどほとんどなかったので、武田さんの慧眼は本当に大したものだと思う。



  武田さんが指摘したような場面を、たとえば『のび太の魔界大冒険』のなかから探すとすれば、ドラえもんたちが魔界星へ向かって大魔王の城にたどり着くまでがそれにあたるだろう。南極圏、人魚やツノクジラの棲む海、帰らずの原、猛獣がいる森……と段階を踏んで進んでいく過程がきっちりと描かれている。その合間には一時的な憩いとしての食事シーンも挿入されている。
 今年の映画『のび太の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜』では、そのあたりの場面がごっそりと省かれていた。『新魔界大冒険』には旧作の難点を解消して質を上げた部分もあるのだが、旧作のなかで魅力的だった要素を捨ててしまった面もあって、個人的にはとくにこの場面の省略が残念だった。
 藤本先生が「その辺の段階は無視しちゃいけないんだ」とおっしゃっていたように、この点に関しては本当に無視してほしくなかった、と強く思う。



 ちなみに武田鉄矢さんは、映画ドラえもんの第1作めから17作めまでの主題歌を作詞し、そのうち6・11・13・15・16作めは自分で歌っている。(ただし5作め『のび太の魔界大冒険』の主題歌『風のマジカル』については武田さんは携わっていない)
 武田さんの詞はどれも心に沁み入るものばかりで、人生についてちょっと考えさせられたり、生きる勇気がわいてきたりして素晴らしい。藤本先生が武田さんに主題歌を担当し続けてほしいと望んだ気持ちがよくわかる。





※当ブログ『のび太の魔界大冒険』感想・考察系エントリ

「魔界大冒険」小研究(魔界歴程をめぐって)
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070320


「魔界大冒険」小研究(デカルトニュートンと科学革命)
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070317


のび太の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜』感想(ネタバレあり)
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070405


のび太の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜』感想(なるべくネタバレなし)
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070312