1984年公開の映画『のび太の魔界大冒険』“帰らずの原”の場面で、美夜子さんがペンダントから「北風のくれたテーブルかけ」という魔法道具を出す。藤子F先生が描いた原作マンガでは、「北風のテーブルかけ」という名称で呼ばれている。ドラえもんが出す「グルメテーブルかけ」と同じで、食べたい物が何でもパッと出てくる道具である。
この「北風のくれたテーブルかけ」のアイデアの由来は、ノルウェー民話『北風のくれたテーブルかけ』だと考えられる。道具の名前と民話の題名がまったく同じだから間違いないだろうw
ノルウェー民話『北風のくれたテーブルかけ』は、小さな村で母親と暮らす男の子が、北風から「ごちそうがいっぱい出てくるテーブルかけ」と「口から金貨を吐き出す羊」をもらうお話だ。男の子は、北風のもとから帰宅する途中で立ち寄った宿のおかみさんに、それらの道具を奪われてしまう。北風が最後にくれた魔法のステッキを使ってそれらを取り戻し、お話はめでたしめでたしとなるのである。
『北風のくれたテーブルかけ』に似た民話は、ヨーロッパ各地で見られる。贈られる道具はその国に縁のあるもの、たとえばフィンランドでは「おんどり」や「粉ひき臼」、アルバニアでは「かぼちゃ」に変化し、道具を贈る側も北風から「大だんな様」や「嫁いだ娘」などに変わったりする。
そんなヨーロッパ各地に伝わる『北風のくれたテーブルかけ』の類話のなかで、「テーブルかけ」に似た道具が登場する作品としては、グリム童話の『テーブルとろばと棍棒』*1がある。このお話には、「食事の支度」と言うだけでごちそうがいっぱい出てくるテーブルが登場するのだ。
また、ドイツのシャミッソーが1813年に書いた童話『影をなくした男』では、「ひろげるだけで食べたい料理が手に入るナプキン」なんて記述が見られる。
テーブルかけ、テーブル、ナプキンと形態は少しずつ異なるが、どれも、食べ物がパッと出てくる平面状の食事道具という点で共通している。
というわけで、美夜子さんの「北風のくれたテーブルかけ」(および、ドラえもんの「グルメテーブルかけ」)のアイデアの源流は、ヨーロッパの民話や童話、とりわけノルウェーの『北風がくれたテーブルかけ』にあると言えるのである。
ドイツの政治学者イーリング・フェッチャーが書いた『だれが、いばら姫を起こしたのか』(1984年・筑摩書房)という本で、グリム童話『テーブルとろばと棍棒』に登場する3つの魔法道具に与えられた解釈の事例がいくつか紹介されている。3つの魔法道具とは、「食事の支度をするテーブル」「金貨を吐き出すろば」「悪い連中を思う存分殴ってくれる棍棒」である。
3つの魔法道具に中国マルクス主義的な解釈を与えたのが、中国の文学研究者ピン・ペン=ポンだった。彼は、「食事の支度をするテーブル」とは君主の消費を中心に成立する封建主義社会を含意したものだ、と解釈した。封建君主につかえる召使たちは静かに手際よく仕事をするよう命令されているため、君主の側から見ればすべてのことがひとりでに起こっているように感じられる… そんな封建社会の様態を象徴しているのが「食事の支度をするテーブル」というわけだ。(ちなみに、「金貨を吐き出すろば」は資本主義社会で搾取され続ける労働者階級を、「悪い連中を思う存分殴ってくれる棍棒」は貧しい農民による革命のための戦いを象徴している、とのこと)
また、東シベリア大学のプラヴィノヴィチ教授は、ピン・ペン=ポンの解釈を真っ向から批判し、3つの魔法道具はフランス革命をはじめとした市民革命の3つの側面を暗示している、と唱えた。「食事の支度をするテーブル」については、近代的な生産技術の進歩によって生身の人間の労働がだんだんと消えていく可能性を暗示しているのだそうだ。
■「魔界大冒険」小研究2(魔界歴程をめぐって)
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070320
■「魔界大冒険」小研究1(デカルト、ニュートンと科学革命)
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070317