「ドラえもん 蟻の国」


 写真は、「ドラえもん 蟻の国」(製造元:株式会社ドリーム・ワールド)というアリの飼育キットである。
 私は未使用だが、使い方としては、透明のケースのなかに特殊な土を入れてアリを放すだけ。すると、アリたちがせっせと巣を作りだす。そうやって出来上がったアリの巣の様子を、断面図を見るような視点で観察することができるのだ。
 自然界では地中にあって入口くらいしか見えないアリの巣の構造をこの目でじかに観察できる、というこの手の飼育キットは昔からあって、学研の「●年の科学」の付録にもあったと記憶している。



 アリの巣の断面図というと、『ドラえもん』の作中でも何度か描かれている。てんとう虫コミックス25巻などに収録された「羽アリのゆくえ」は、話の全体がクロオオアリの生態を観察するもので、ドラえもんがうつしっぱなしミラーの26インチ版を出したとき、アリの巣の断面図が大ゴマで描写されるのだ。
 この「羽アリのゆくえ」は、何日か前に当ブログでとりあげた「タンポポ空を行く」とテーマの共通する作品だ。どちらも、のび太が自然界の動植物に興味を寄せ愛情を育みながら、少しだけ成長していく物語なのである。
「羽アリのゆくえ」に出てくるひみつ道具ファンタメガネは、「タンポポ空を行く」のファンタグラスと名称が違うだけで、形状も機能もほぼ同一のもの、と見てよさそうだ。
 物語の終盤、「羽アリのゆくえ」では若いアリたちが新しい国を作るため巣から飛び立ち、「タンポポ空を行く」では母親のタンポポから子どもたち(種子)が旅立つ。若い生命が子孫を残すために巣立つという点で印象が重なるのだ。
 最後のコマにおけるのび太の言動からも、重なり合う要素を感じる。「羽アリのゆくえ」のラストでは、のび太は「宿題でもやるかなあ」と机に向かおうとするし、「タンポポ空を行く」では、友達が野球をやっているのを見て「ぼくも……、入れてもらおうかな」とつぶやく。どちらも、少し成長したのび太の前向きな意識が伝わってくるラストシーンだ。




 ほかにアリの巣の断面図が見られる『ドラえもん』作品としては、てんとう虫コミックス36巻などに収録された「断層ビジョン」がある。
 断層ビジョンは、学術研究用に開発された機械で、ピラミッド、精密機械、人体、地球などあらゆる物の断面を映し出せる。のび太の体が断面になって内臓が丸見えになる絵は、けっこう生々しい。
 この話のなかで、のび太がアリの巣の断面を観察する場面も出てくるのだ。
 上の写真の「ドラえもん 蟻の国」は、アリの巣の観察に用途の限定された、著しくローテクな断層ビジョンと言えなくもないだろう。もしかすると藤子・F・不二雄先生も、この手の観察キットをヒントに断層ビジョンを発想したのかもしれない。
 断層ビジョンは、てんとう虫コミックス36巻の表紙でも描かれている。



 大人になってアリの巣に好奇心を掻き立てられることのなくなった私だが、子どもの頃は、アリの巣を掘り返して破壊したり、巣穴から水を注いで水責めにしたりして遊んだことがある。かといって、私がアリに対してただひたすら残酷な子どもであったわけではなく、ときにはアリの巣の近くに餌になりそうなものを置いてやったり、水たまりで溺れているアリを助けてあげたりもした。アリに対して残酷でありながら、優しくもある子どもだったのである(笑)


 三年ほど前だったか、家のなかでアリが大発生したことがある。一匹ずつ退治してもまったく追いつかないので、最終手段として「アリの巣コロリ」を使った。
 アリは、「アリの巣コロリ」を自分らの食物だと勘違いする。行列を作って「アリの巣コロリ」の粒を嬉しそうに巣へ運んでいくアリたちの姿は、今でも鮮烈に記憶に焼きついている。
 アリたちは、自分らで巣へ運んでいった「アリの巣コロリ」の効果によって全滅する運命にある。だからこそ、あまりに嬉しそうなアリたちの姿に皮肉なものを感じたのだ。どこか悲哀が漂っているようにすら見えた。
 翌日から、家のなかでアリの姿をまったく見かけなくなった。あんなにたくさんいたアリたちが、ぷっつりと姿を消したのである。
「アリの巣コロリ」は、アリを大いに喜ばせたうえで絶望のドン底へ叩き落とす、ある意味劇的な装置なのだった。