トラウマ童話作家・大海赫先生を囲む会

 今月10日(土)11日(日)と東京へ行ってきた。“藤子不二雄”とは直接的に関係のない旅だったが、この旅行記を綴っていくなかで“藤子不二雄”が登場することはするので、今回は特別にこの東京旅行について書きたいと思う。


 今回東京へ出かけたのは、ザ・クレストホテル立川で開催された「ビビを見た!」会に出席するのが主目的だった。「ビビを見た!」会とは、童話作家大海赫(おおうみ あかし)先生を囲むパーティーで、主催はmixiで知り合ったMさん。mixiで私は「仮面次郎」と名乗っているので、以下の文章でも私は「仮面次郎」として登場する。
 会のタイトルにある『ビビを見た!』とは、大海赫先生の代表作の一つで、この作品を大海作品の最高傑作に挙げる人は多い。小説家よしもとばななさんの創作の源流にも、この作品が息衝いている。そして同じく、よしもとばななさんが幼少期に読んで深い影響を受けた表現者に“藤子不二雄”がいる。よしもとワールドの原点には大海赫藤子不二雄が存在しているのだ。
『ビビを見た!』のほかに大海先生の代表作としてよく挙げられるのは、『ドコカの国にようこそ!』『クロイヌ家具店』『メキメキえんぴつ』『びんの中の子どもたち』『ベンケーさんのおかしな発明』などだろうか。
 これらの大海作品は、長らく絶版・品切れの状態が続いていたが、幸いなことに、復刊ドットコムで投票が集まって続々と復刊されている。2004年の最多復刊点数だった作家が大海赫だということだ。

 私は、縁あって大海先生ご本人とも知り合うことができた。大海先生と私がmixi日記のコメント欄で交わした童話観をめぐるやりとりを、大海先生のホームページに転載していただいたりもした。
 その内容はここで読める。
 http://homepage2.nifty.com/akasiooumi-4074/rinpenrappi8.html



 大海先生のことが語られるさい、頻繁に出てくるキーワードが「トラウマ」である。「トラウマ童話作家」とか「子どものとき読んでトラウマになった」とか、そんな言い方で大海先生の名前や作品が語られることが多いのだ。
「むかし読んでトラウマ状態になった本があるのですが、題名を忘れてしまいました。あの本がどんな本だったか知りたいのですが…」といった探求の問い合わせが多い作家でもある。つまり、大海先生の童話は、それほど子どたちの心に衝撃や驚きや恐怖を与え、何年にもわたって鮮烈な印象を残すものだということなのだ。


 大海作品が描き出す恐怖は、直接的なホラーや怪奇物とは異質だ。それよりはもっと内面に侵入してくる恐怖、たとえば“奇妙な味の小説”とか“ブラックユーモア”といったジャンルに近いような気がするのだが、しかしそれとも違っていて、“大海ワールド”としか言いようのない独特のジャンルがそこに屹立している。 恐怖の質としては、藤子不二雄A先生のブラックユーモア短編や、藤子・F・不二雄先生の異色短編(主に「ビッグコミック」など青年誌に掲載されたもの)を子どものとき読んだような感触に近いかもしれないが、やはりそれともテイストが違っているかなと感じる。
 その意味で、大海赫という童話作家は、独創的で唯一無二性が高く、孤高で希有で奇抜な存在だと言えるだろう。それほど独自の存在でありながら、大海作品のなかには人間だれしもが持つ普遍的な感覚や感情が満ちみちているのだから不思議だ。

 大海作品には、この人間社会が近代化、科学技術化、平和化されていくなかで、自然と見えなくなっていったり故意に隠蔽されてしまった諸々の怖い事象を、人目に見えるところまで誘い出してくる作用がある。我々の無意識に閉じこめられた事象を、意識の上にのぼらせる力を持っていると言ってもよいだろう。
 その怖い事象とは、鬼や悪魔のような魑魅魍魎だったり、身体的な不自由だったり、自分や他人の死だったり、人間や物の悪意だったり、戦争や迷信や幻想だったりする。

 そういう恐ろしいものたちに襲われた主人公が、最後には完全に救われたり勝利をおさめたり成功したりするのが子ども向けのお話の王道だろうし、大海童話にもそういう終わり方をする作品はあるが、「これが童話なの?!」と戦慄させられるような、突き放した、皮肉っぽい、単純ではない、独特の結末を迎える作品も目立つ。
 これを読んだ子どもたちは、その結末に愕然とし、主人公の都合のいいようには終わらせてくれない物語がこの世にあることに気付かされるのである。大海作品は、つじつま合わせでも、予定調和でも、表面的な正義や道徳でもなく、ほんとうの真実を重んじているのだ。


 大海作品が子ども向けの本だというのに、容赦がなく、仮借がなく、遠慮がないのは、作品が子どもだましになることを拒否する誠実な態度、子どもやかつて子どもだった大人たちに本物を見せたいという真摯な姿勢の発露だろう。

 そんな容赦のない物語を読んでしまったら、読後にさぞかし嫌な気持ち、殺伐とした感情にみまわれそうだと思われるだろうが、そうはならないのがまた大海作品の不思議さであり魅力なのだ。
 自由奔放で縦横無尽なイマジネーション、力強く先へ先へと引っ張っていってくれる筋運び、妙技と言える語り口など、大海作品は、大海先生の言葉を借りれば「大道芸人」の力量に満ちあふれているため、いくら容赦がなくて厳しいお話でも面白いものに感じられるのである。
  そして、大海先生ご自身が、読者を楽しませることを自分でも楽しんでいて、何歳になってもいたずら心を忘れない童心の持ち主である… ということも、大海作品が面白くて魅惑的であることの要因になっていると感じるのだ。
 むかし読んだときはページを直視できないほど恐怖を感じたシーンが、いま読み返すと、とても美しかったり、いとおしかったり、切なかったりして、トラウマが愛情へと変わっていく、なんて体験を味わうことができるのも大海作品の特性だ。


 人間だけが偉いのではなく、人間以外の動植物、あるいは椅子や鉛筆のような道具にだって人間と同等に意識や自尊心みたいなものがあって、ときには人間に攻撃を加えてくることもあるという世界観も、大海作品から読みとれる。女王様みたいに子どもを支配するランドセル、子どもに対して脅迫的に命令をくだす鉛筆、子どもからお気に入りの椅子を剥奪するシイの木など、人間の目からは意識を持っていないように見えるものたちが、普通の子どもたちに厳しい仕打ちを行なうのだ。

 そしてまた大海作品は、自分が偉いと思い込んでいるような相手に対しては、非常に辛辣な皮肉を加える。その辛辣さは、大海作品の全体に伏流する風刺精神の現れだろう。大海先生は、芥川龍之介の『河童』やスウィフトの『ガリバー旅行記』などから風刺精神を学んだという。




 さて、ようやく「ビビを見た!」会のレポートに入る。
 会はザ・クレストホテル立川3階の桐の間で行なわれた。司会のMさんが開会を告げ、大海赫先生の挨拶で幕をあけた。大海先生は出席者の皆さんに「ビビを見たかーい?」といきなり問いかけられた。この会のタイトル「ビビを見た!」会とは、「ビビを見たかい?」という含意があったのだ。  その謎かけのような問いに、出席者は面食らいつつ、おのおのに返答。「見ました!」という声が最も大きかったようだが、「まだ見てないです」という反応や「う〜ん」と考え込む声も聞こえてきた気がする。
 

 このとき大海先生が言った「ビビ」とは、『ビビを見た!』という作品に登場する不思議な緑色の女の子のことだ。ビビとは「美々」という意味を持っていて、それは真実の美であり、この世で一番美しい、ある物だとのこと。私は、「これまで生きてきたなかで真実の美なんて見たことがあるのか」「たとえ視界に入っていたとしても、自分の目が節穴で気付いていないんじゃないか」「はたして私は死ぬまでに見られるのだろうか」などと考え込んでしまって、大海先生の「ビビを見たかい?」という問いに答えられずじまいだった。


 会は立食パーティーの形式。出席者が思い思いに歓談したり食べたり飲んだりして、何らかの企画が始まるとそちらに集中するといった感じだった。
 最初の企画は、MJQ(魔女っ子軍団)のダンス! 女性お2人によるアラビアンで妖艶な踊りに魅了された。
 それから、大海先生の最新作『チミモーリョーの町』に登場する「オンイ(怨威)」の顔の全貌を、大海先生が披露してくださった。『チミモーリョーの町』の本の挿絵では、オンイの顔は上半分しか描かれていない。それは、大海先生の言葉を引用すれば「オンイの顔の全貌をご覧になったら、皆さんは恐ろしくて、死んでしまうでしょう」という理由からである。つまり大海先生は、見た人が死んでしまうような絵を、その場に集まった大海ファンに見せるという、驚愕すべきことをなさったわけである(笑) 
 お披露目されたオンイの顔の全貌に対して一同は、息を呑んでそれを見つめた。1人も倒れる人が出なかったのは、皆さんの「オンイの全貌を見られて幸せだ!」という感情が、オンイの恐怖を退けたからだろう(笑)  
 オンイは鬼であり悪魔であるのだが、その姿は我々が通常思い浮かべる鬼の姿とはずいぶんかけ離れていて、複雑怪奇でおどろおどろしくて生々しい造形を湛えている。そして、そんなにもおどろおどろしいのに、とびっきり美しいのである。

 大海先生が「仮面次郎さん、何か訊きたいことはありますか?」と声をかけてくださったので、「大海先生にはこのオンイの全体像が脳裡にはっきりと見えるんでしょうか?」と尋ねた。すると大海先生は「見えるんですよ」ときっぱり。「ぼくは悪夢をよく見るんです。その悪夢がぼくの童話に投影されているのかもしれません」と言葉を続けられた。



「ビビを見た!」会のメインイベントは、大海先生による創作紙芝居の上演だった。大海ワールドを大海先生ご自身の声で堪能できるという、またとない機会! 
 題目は『クラゲニナッチマエ!』と『ばけねこのおよめさん』の2編。『クラゲニナッチマエ!』は、いじめを題材にしたお話。私は、いじめられっ子といじめっ子を描いた作品全般に非常に関心がある(だから『魔太郎がくる!!』が大好き)。なので食い入るように見入った。「ウザイ!」「キモイ!」「シネ!」としか言わないいじめっ子「ウキシ3人組」のネーミングが卓抜。
『ばけねこのおよめさん』は、女の子と結婚したがる化け猫のお話。かわいい女の子が恐ろしげな化け猫をだましてしまうというインパクトのある結末だった。

 上演後、大海先生に感想を問われ、私は「女の子が化け猫を手玉に取ってしまってびっくりしました」と返答。大海先生は「人間はこのくらいずるくないといけないんですよ」と大海流人間論で応えてくださった。



 そういった楽しい企画の合間には、ビールや焼酎を飲みながら出席者の方々と歓談。
 今回の出席者のなかで唯一以前に顔を合わせたことのあったSさんは、中央線のストップでずいぶん遅れて到着。Sさんは現在、日販にお勤めだが、少し前までは子会社のブッキングで復刊の仕事をされていて、『復刊ドットコム奮戦記』(築地書館/2005年8月15日初版発行)という著作も上梓されている。この本の表紙では、なんと藤子不二雄A先生がSさんはじめブッキングの社員の方々の似顔絵を描いている。藤子A先生に似顔絵を描いてもらえるなんて、藤子ファンとしてめちゃくちゃ羨ましい。
 Sさんと私は、「藤子不二雄Aランド」の刊行時にご縁ができたのだが、そこから「ビビを見た!」会主催のMさんさんと知り合い、さらに大海赫先生との遭遇へとつながっていったのだから、人の縁とは不思議なものだ。私が藤子不二雄ファンであることが、巡り巡って大海赫という童話作家に出会わせてくれたのだ。
 そのSさんや現在ブッキングでお勤めのAさんとお話させていただいたときは、大海作品の復刊をめぐる色々なお話をうかがった。まだまだ埋もれている大海作品がいっぱいあるので、私は、今後の復刊にも期待を示した。 
 ブッキングのAさんは、主にコミック部門を担当しておられるそうなので、『ミス・ドラキュラ』以降刊行が途切れている藤子A作品の復刊もお願いしておいた(笑) ブッキングAさんは「藤子スタジオにまた顔を出してきますよ」と頼もしいお返事。


 SさんとAさんからは、藤子A先生と飲みに行ったさいのお話もうかがった。藤子A先生の飲み方は次から次へとはしご酒することで、3軒目や4軒目になるともうSさんやAさんの存在は藤子A先生の意識から忘れ去られ、藤子A先生は別のグループ(主にかわいい女性たち・笑)の輪に加わっているそうだ。
 とにもかくにも、藤子不二雄A先生と大海赫先生は、復刊ドットコムでの復刊点数の多い作家さんという共通点があるのだった。藤子A先生は藤子不二雄Aランド全149巻が刊行されているので、
冊数で言えば藤子A先生の復刊点数は圧倒的なのだが…



 さて、「ビビを見た!」会も、終わりが近づいてきた。

 最後に待ち受けていたサプライズは、大海赫先生から大海ファンへの素晴らしすぎて興奮のあまり鼻血が噴出しそうな驚嘆のプレゼントだった。
 なんと、童話の挿絵のため大海先生が実際に彫られた版画の版木やゴム版を、出席者全員に漏れなくプレゼントしてくださったのだ! これが漫画家だったら、生原稿をプレゼントするようなものだろう。
 なんたる大盤振舞! なんたる出血大サービス! 大海先生の、人をもてなす精神と無私無欲ぶりに改めて感嘆した。

「ビビを見た!」会がはじまる前、出席者全員にひらがなと数字の書かれたカードが配られた。そのカードの記号と合致するシールの貼られた版木・ゴム版をいただけたのだ。結果的に、1人に3枚以上の版木・ゴム版が行き渡った模様。
 実際にプレゼントを手にしてからも、「ほんとうにこんな貴重な物をもらってしまっていいのだろうか」と恐ろしくなるほど。会場内は最高潮の熱狂と歓喜に包まれた。

 私がいただいた3枚はどれも魅惑的な図柄だが、とりわけ感動的だったのが『クロイヌ家具店』のワンシーンとして彫られた版木だ。それは私がこれまでに読んだ大海作品のなかで最も涙を流した場面だったのだ。
 主人公の少年モエルくんと、自ら動くことのできる椅子“インス”とのお別れの場面である。この場面を読むと、大長編ドラえもんのラストにおける、のび太たちと異世界の友人たちとの別れの場面に似た感動をおぼえるのだ。
 そんな泣ける名場面の版木が今わが手にあることの感激に心が打ち震えた。


 熱狂の版木プレゼントのあとは、ゆるくて奇妙なダンスタイム、そして三本締めで会は終幕。
 楽しくて感動的な会の終わりは名残惜しかったが、別れ際、大海先生に「また会いましょう!」と言っていただけて心強い気持ちになれた。


大海赫のレインボーワールド(大海先生のホームページ)  
 http://homepage2.nifty.com/akasiooumi-4074/

復刊ドットコム大海赫特集ページ
 http://www.fukkan.com/fk/GroupList?no=2571