SF映画『月に囚われた男』

 SF映画月に囚われた男』を観てきました。
 http://www.moon-otoko.jp/
 監督のダンカン・ジョーンズは、デヴィッド・ボウイの息子ということでも話題になっているようですが、私がこの映画を観に行こうと決意した決定的な理由は、「朝日新聞」3月26日付の同映画の広告に藤子不二雄A先生の以下のようなコメントが載っていたからです。

 近頃のSF映画は、すごいお金をかけて映像的には刺激的だけれど、人間が描かれている作品が少ないね。これは、低予算で登場人物もほとんど一人! でも、それが逆に良い方面に働いた。
(中略)昔のインディーズの実験映画的ムードがサスペンスを盛り上げている。
(中略)一切れのブランデーケーキのように味わい深い知的な映画です。

 A先生がこうして高評価で紹介しているうえ、内容的にF先生のSF短編を思わせるような面白さがありそうな予感がして、劇場に足を運んだのです。東海地方の上映館は名古屋の伏見ミリオン座のみなので、おのずとそこへ行くことになりました。

 低予算、撮影期間33日、登場人物はほとんど1人だけ…ということで、大作ひしめくSF映画のなかでは地味そうな作品ですが、観ているときの満足感はなかなかのものでした。

 この映画の舞台となる時代は、地球でクリーンエネルギーが主流になっているらしく、おそらく近未来という設定なのでしょう。クリーンエネルギーの生産のために必要な物質「ヘリウム3」は、月で産出されます。主人公の男は、ルナ産業という巨大エネルギー会社の仕事で、ヘリウム3を採掘・精製・発送するため月へ行き、たった1人で月面生活を送っています。3年契約の仕事です。

 物語は、その3年間の契約期間をもうすぐ終えようというところから始まります。月で孤独な生活を送ってきた主人公は、「3年間は長すぎる」と嘆息を漏らしつつ、もうすぐ地球へ帰還できることを心の支えにしていたのですが、長期にわたる孤独な生活で精神を病みそうになっていました。地球とライブで通信する装置は壊れたままで、会話の相手は人工知能を持ったコンピュータ「ガーディ」だけ。(このガーディは、『2001年宇宙の旅』のHAL9000へのオマージュですが、地球外の孤独な環境のなか、会話相手がコンピュータだけという状況は、F先生の『旅人還る』も想起させます)

 そういう閉塞状況のなかで、ある事故が起こりいくつかの謎が生じるのです。その展開は“閉ざされた空間でのミステリー”のようなものなので、ここでネタばらしはできませんが、SFマインドと謎解きの古典的な面白さを感じさせてくれる内容でした。

 映像もアイデアも派手だったり斬新だったりはしませんが、クラシカルなSFの魅力を現在に蘇生させたという感じで逆に新鮮でした。CGじゃなくミニチュアで表現された月面車や月面基地のデザインは、昔のSFが予言してた近未来世界のような味わいで心をそそりました。
 科学的な考証に甘い部分があるようで、本格的なSFマニアの人からその点が気になるとの指摘もありますが、私にはこのくらいの適度なSFマインドがちょうどいいです。


 先月は、これもSF映画なんですが、『第9地区』(二ール・ブロムカンプ監督)を劇場で観ました。
 http://d-9.gaga.ne.jp/
 都市の上空に、何をしに来たのかわからない巨大宇宙船が浮かんだまま、という光景は、藤子ファン的にはF先生のSF短編『いけにえ』を思い起こさずにはいられません。そしてこの両作のルーツには、アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』のイメージがあるのでしょう。

第9地区』ではまず、宇宙人の居住地域がスラム化した風景にセンス・オブ・ワンダーを感じました。地球人から見て奇怪な姿をした宇宙人が、地球の都市内で隔離されて居住し、その地区がスラム化しているのです。スラムという生々しい現実的風景のなかで異形の宇宙人という空想的存在が日々生活を営んでいる、というその映像がフェイク・ドキュメンタリーのタッチで映し出されて、そこから醸し出される不思議なリアリティに引きつけられました。(この映画の舞台は南アフリカ共和国ヨハネスブルグ。宇宙人たちのスラム化した居住地区は、アパルトヘイトのメタファーでもあります)

「エビ野郎」と呼ばれる宇宙人たちの造形は、まさにエビやシャコのような甲殻類を思わせるものでしたし、ゴキブリやカマドウマのようなちょっと気色悪い昆虫類ともイメージが重なりました。この宇宙人の造形を藤子マンガと強引に結びつけるなら、F先生のSF短編『うちの石炭紀』に登場する二足歩行のゴキブリが幾ばくは思い出されます。「エビ野郎」のほうがずっと大きくてグロく描写されていますが(笑) 造形ばかりじゃなく、インテリジェンスが高いところやひそかに空飛ぶ乗り物をつくっているところなどもイメージが重なりました。