F先生の御命日

 9月23日は藤子・F・不二雄先生の御命日でした。先生が永眠されてから14年がすぎました。
 アニメ『ドラえもん』のテレビ放送は今も続いていますし、毎春の映画ドラえもん公開も持続しています。現在はF先生の大全集が刊行中ですし、1年後には先生のミュージアムがオープンする予定です。
 F先生が残された作品は、こうして古典への道程を歩みながら今の世でも現役感たっぷりに躍動しています。F先生の名前がアクチュアルなものとして流通し、その作品が生き生きとした状態で人々に愛され、楽しまれているのです。
 そんなことを思いつつ、F先生を偲んでこの日をすごしました。



 F先生の御命日とは直接には関係ないのですが、今日は、1ヵ月ほど前に発売された藤子・F・不二雄大全集ドラえもん』9巻に関することからちょっと話を膨らませていこうと思います。
 
 このF全集『ドラえもん』9巻には、ドラえもんのび太たちが小さくなる話がいくつか収録されていて、そのことがとても印象に残りました。「さかなつり」「いっすんぼうし」「のび太救出決死探検隊」といった話です。
「さかなつり」には、スモールライトで小さなくなったドラえもんのび太が鯉を捕獲することで捕鯨の醍醐味を味わう場面があり、ミニチュアの捕鯨船が登場したりします。自分が小さくなれば鯉が相対的に鯨並みの巨大生物に感じられるという驚きの感覚がごく短いページで表現されています。
「いっすんぼうし」には、そのサブタイトルからも察せられるように、日本の有名な昔話「一寸法師」からネーミングされたひみつ道具が登場します。かぶった人の体が小さくなる帽子だから“いっすんぼうし”…。F先生お得意の言葉遊び(掛ことば)が利いたネーミングです(笑) ラスト、半分ずつに分けたアイスクリームをたっぷり食べるためドラえもんのび太がいっすんぼうしで小さくなるところは、昔から好きな場面です。
のび太救出決死探検隊」は、体を小さくすることで、学校の裏山という身近な場所を大冒険の舞台にしてしまおう、というお話。自分らが小さくなってしまえば、単なる草原がジャングルのような深い茂みになり、ミミズが大蛇、トカゲが恐竜のような巨大生物に見え、大秘境を探検する気分を味わえるわけです。キャンピングカプセルまで登場して、縮小版大長編ドラえもんみたいな趣の一編です。この話のなかで皆が小さくなるために使ったひみつ道具ガリバートンネルでした。
 第9巻には、スモールライト、いっすんぼうし、ガリバートンネルと、小さくなるための道具が3種登場したことになります。


 F先生は、このような人が小さくなる話を他にもいろいろと描いていますが、そうしたなかでも、小さくなった状態がたっぷりと描かれる、小さくなる大きくなるという事象が作品のテーマと密接に結びついている、という点で代表的な作品と思えるのが、大長編ドラえもんのび太の宇宙小戦争』です。F先生は、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』やリチャード・マシスンの『縮みゆく人間』などにインスパイアされてこの作品を執筆したということです。
 ほかに、『ドラえもん』の短編の一つ「たとえ胃の中、水の中」も昔から大好きなお話です。藤子F版『ミクロの決死圏』といった趣向の作品ですね。
 映画『ミクロの決死圏』(アメリカ、1966年、リチャード・フライシャー監督)における“縮小した人たちが人体に進入し探検を繰り広げる”というメインアイデアは、手塚治虫先生の作品から拝借されたものと言われています。手塚先生が描いた『吸血魔団』(1948年)とそのリメイク『38度線上の怪物』(1953年)がまさにそうしたアイデアのマンガなのですが、それらの作品をもとにアニメ化された『鉄腕アトム』第88話「細菌部隊」(1963年)をアメリカで観た20世紀FOXが、映画『ミクロの決死圏』でそのアイデアを借用した、という話です。
 

ミクロの決死圏』では、ミクロ化した5人の科学者が通常では手術不能な脳内出血患者の体内に潜入して治療をほどこそうとする医療プロジェクトが描かれていますが、それに対し『ドラえもん』「たとえ胃の中、水の中」は、ミクロ化したドラえもんのび太が、しずちゃんが誤飲したオパールしずちゃんの体内に入って取りに行くというお話で、『ドラえもん』らしい日常感覚のなかで体内冒険が描かれています。


 F全集『ドラえもん』9巻を読んだ私が、このように“登場人物が小さくなる話”に注目してしまったのは、ちょうど最近、内田春菊さんのマンガ『南くんの恋人』を再読したばかりだった、ということが関係しています。『南くんの恋人』は何度読んでも胸が切なくなる作品ですが、このたびの再読でも切なくてたまらなくなりました。すでに結末を知っているだけに、この作品を読みはじめるとすぐ結末が脳裏に浮かんで切なさにとらわれてしまうのです。
 
 ・文春文庫『南くんの恋人』(1998年)


 この『南くんの恋人』は、南くんという男子高校生の恋人のちよみちゃんが小人になってしまう話です。ファンタジックな設定ですが、恋人が小人になってしまったことで起こる性の問題、生活面の切実な問題なども正面から描いています。
南くんの恋人』を再読したあとすぐにF全集『ドラえもん』第9巻を読んだことから、この第9巻にドラえもんのび太が小さくなる話が複数収録されていることに目が行ってしまったわけです。


 内田春菊さんといえば、藤子A先生の秋田文庫『シャドウ商会変奇郎』第2巻(平成6年11月30日初版発行)の巻末で解説文を書いています。その解説文によると、A先生は春菊さんの『水物語』という作品を読んで「主人公が彼女に嫌われていく感じがわかる気がする」といった感想を持たれています。
 またA先生の企画で春菊さんの『呪いのワンピース』がアニメ化された、というエピソードも書かれています。A先生は『呪いのワンピース』について「読んだときから映像などの何かにしてみたかった」とおっしゃっていたそうです。
 私は、アニメ『呪いのワンピース』を観ていないのですが、調べてみると、A先生原作のアニメ『笑ゥせぇるすまん』『さすらいくん』などを番組のワンコーナーとして放送したバラエティ番組「ギミアぶれいく」(TBS系)の枠内で放送されたようです。放送されたのは1992年8月25日のことで、『呪いのワンピース 祐子/香穂理/美智代』という3部構成だった模様です。
 
 ・光文社コミックス『水物語』全4巻(1988年〜89年) 
 『呪いのワンピース』の単行本も持っていたはずですが発掘できず…