マヤ文明の生贄

T・Pぼん』の「チャク・モールのいけにえ」(初出:「コミックトム」1980年6月号/F全集2巻などに収録)で“マヤ文明においては、部族の名誉をかけた球技が行なわれており、勝ったチームのキャプテンがご褒美として首を斬られた。マヤ人の考え方では生贄になることが名誉であった”という説が紹介されています。
 それに関連して、ブログ「見えない道場本舗」のgryphonさんから次のような情報をいただきました。
 先月発売された『マヤ文明 ―密林に栄えた石器文化』(青山和夫著、岩波新書、2012年4月20日第1刷発行)の中で、今の研究ではその説は「まったくの誤り」と書かれている…。
 
 さっそくその本を入手し、当該個所を読んでみました。そこには以下のことが記述されていました。

・マヤ人が行なっていた球技は、国家儀礼や政治活動を兼ねたスポーツであり、競技者は王族や貴族であった。
・「勝ったチームのキャプテンが、自らの命を神々に捧げるべく喜んで生け贄になった」という俗信があるが、それはまったくの誤りである。
・重要な祭礼では、負けチームかそのキャプテンが人身供犠にされる場合もあった。
・マヤ人も生け贄にはなりたくなかった。

 マヤ人が名誉をかけた球技を行なっていたのは確かだが、勝ったチームのキャプテンが生贄にされるということはなかったし、マヤ人が喜んで生け贄になっていたというのも間違いで、マヤ人とて生け贄になるのは嫌だった、ということです。 


 歴史の研究というのは(それ以外の分野でもそうですが)、それまで定説とか有力な仮説とされていたものが修正されたり更新されたり覆ったりすることがよくあります。
 藤子・F・不二雄先生が幼少のころから晩年までずっと興味を持っていた分野に「恐竜」があります。恐竜の魅力の一つとして、F先生はこうおっしゃっていました。

(前略)わからない部分が実に多い。何か新発見がある度に、少しずつ恐竜像というものが塗り替えられています。そんなところに、ミステリーでも読んでいるような面白さがありますね」(『藤子・F・不二雄の異説クラブ2』小学館、1991年発行)

 人間の歴史についてもこれと似たことが言えましょう。過去に起こった出来事は、実際に観に行けるわけじゃないし、それが昔のことであればあるほど記録や証拠が少なくなってくるわけですから、分かっていないことが多く、新たな調査や発見によってそれまでの学説が変化したり覆ったりします。F先生は、歴史のそんなところにも面白さを感じておられたのでしょう。ですから、ご自分の作品の中で取り上げた“マヤ文明の生贄に関する説”が歴史学・考古学のうえで完全に否定されたとしても、大いに知的興奮をおぼえながら、そのことを面白がられたことと思います。
 gryphonさんもおっしゃっていましたが、F先生は、生贄がご褒美であり名誉であり喜びであることが常識とされる社会の中にあっても生贄にされることを悲しむ少女の実存を描いたわけで、その人間描写の精髄は、学説が覆ったところで揺るぎないものなのだと思います。作品内で扱った事象が現実の世界で古いものになったとしても、作品それ自体の輝きや魅力は色褪せない、作品の本質は左右されない…、そういう作品こそ「古典」と呼ばれうる領域に達する資格を持っているのかもしれません。



 マヤ文明といえば、今年2012年は、マヤ文明が用いた暦からの解釈で、人類滅亡の年とされています。その暦は2012年12月21日までで終わっており、そのことから、それ以降人類の歴史は続かない、2012年に人類は滅亡する、という説が出てきたのです。
 その説をアイデア源にしてつくられたローランド・エメリッヒ監督の映画『2012』を公開当時(2009年)に劇場で見たのですが、実際に2012年が到来した今、DVDで観返してみようかなと思っています。
  
 と言ったところで知人からこんな情報をいただきました。

アテマラ北部にあるシュルトゥン遺跡で、住居内部を埋め尽くしていた石を取り除く考古学者ウィリアム・サトゥルノ氏。およそ1200年前の住居からマヤ文明最古の暦が見つかった。壁に描かれた計算表は「マヤ暦の終わり」と言われていた2012年12月21日より先まで続いているという。また、壁画などのマヤ美術が住居で発見されたのはこれが初めてだ。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2012051101&expand#title

 なんと、2012年12月21日で終わっているはずのマヤの暦が、それより先も続いていることがわかったのです。2012年で世界は終わらないのです。
 これもまさに、マヤ文明に関する説が覆った事例ですね! 
 元ネタとなった説が覆ったあとに観る映画『2012』も、ちょっと新鮮な感じがして良いかもしれません(笑)