平野啓一郎講演会

 前のエントリで、愛知県美術館の企画展「魔術/美術 幻視の技術と内なる異界」について書きました。
 http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20120701
 この企画展へ行く日を6月2日(土)に選んだのは、作家・平野啓一郎さんによる記念講演会「想像力と創造力」が催されたからです。


 平野さんは、京大在学時に擬古調の文体を駆使した小説『日蝕』でデビューし、同作で芥川賞を受賞しました。私は平野さんの小説ではこの『日蝕』を読んだだけだったのですが、当時はテレビや新聞などに平野さんがよく登場していたこともあって注目していました。


 企画展を観覧したあと講演会の整理券を入手し、ぶじ聴講できました。
 観客でぎっしり埋まった会場。平野さんは登壇すると、「こんな晴天の日に、「魔術/美術」だなんて怪しげなものを見に来ている人がこんなにもいるとは(笑)」と冗談めかしながら挨拶をされました。

 
 講演は、魔術が芸術(美術、文学)に及ぼした影響に関する話が主体でした。
結論的にいえば、平野さんは魔術をはじめオカルト全般を信じていないけれど、魔術とは、それを信じていようといまいと、芸術を豊かにする道具であり、経済合理性に縛られた現代人の心を開放する効果を持ったものである……といった趣旨のお話でした。
マックス・ウェーバーが言ったように、近代とは「脱魔術化」する方向へ進んでいくものだが、現代の日本でも星占いや名前の画数などオカルト的なことを信じる(気にかける)人は大勢いる。そういう現象が起こる前提には、ニヒリズムがある。人生における一つ一つの出来事や世界を秩序だてる摂理などに意味はない…とするニヒリズムが根底にあるからこそ、人々は自分の運命を星の運行や目に見えない何かと関連づけ意味づけたい、という欲求を抱く…」
 平野さんはそうした話から、ニヒリズムに陥る理由をニーチェの『権力への意志』を引用しながら説明しました。
 芸術は、そんなニヒリズムの超克のために魔術(オカルト)と結びついていった、と言えるようです。



 平野さんは、オカルトとは「隠されたもの」という意味を持つ言葉である…としたうえで、各時代の芸術運動とオカルト要素(非現実的な要素)とのかかわりを次のようにまとめました。
 ・ロマン派→もう一つの世界、異世界をつくる。
 ・象徴派→非現実を現実に混ぜ込める。
 ・シュルレアリスム→非現実と現実、無意識と意識が同時進行で重なり合う。


 シュルレアリスム創始者アンドレ・ブルトンは『魔術的芸術』を著しました。
 このアンドレ・ブルトンの登場によって、芸術は魔術と明確に結びついた…というふうに平野さんは語っていたのではないか、と私は受け止めました。
 

 
 以上のような抽象的な話ばかりでなく、平野さんの個人的な体験や聴講者からの質問コーナーもありました。心に残った平野さんの発言を要約して紹介します。
「1975年生まれなので、主に80年代に少年時代を過ごした。当時はオカルト的なものが流行っていて、それに触れる機会が多かった。心霊現象百科のような本を読んだし、昼間のワイドショーでもUFOの特集がやっていたりした。小学6年生のとき友人が黒魔術・白魔術を教えてくれた。姉が読んでいた『エコエコアザラク』を読んだ。
 そういうものに興味を持った少年時代だったが、今は松尾貴史さん張りにオカルトを信じない」
「学生時代は、バブル崩壊後で、オウム事件やサカキバラ事件が起こったりして閉塞感が漂っていた。インターネットは普及していなかった。そのときの鬱屈を晴らしたくて書いたのが『日蝕』だった」
「学生時代に芥川賞を受賞した作家としては、石原慎太郎村上龍などがいる。彼らはその時代の若者を代表する作品を書いた、と評された。それに対して『日蝕』は、中世フランスの神学僧の神秘体験を書いたものだったので「時代の若者を代表していない」といった批判を受けた。その批判に対して言いたいのは、石原慎太郎村上龍が書いた若者は、ある特定の地域の特殊な事例であってその時代の若者の代表では決してない、ということ。それから、中世フランスを舞台にしたからといって、『日蝕』発表当時の日本と切り離されているかといえばそうではなく、『日蝕』が出た当時は国書刊行会白水社などの出版社からオカルト関連の専門的な書物がいろいろと出たりして、『日蝕』もそんな時代とリンクしていたのではないかと思う」
「『日蝕』の文体が明治大正期の文章のような擬古的なものになったのは、森鴎外の影響が大きい。ああいう文体を使うのは体力が要るので若い頃にしか書けない。今はもっとリーダブルな文体で小説を書いている」



 この講演の模様は、翌日の中日新聞朝刊の県内版で報じられました。記事の写真に、平野さんの講演を聴く私の後頭部がでかでかと映り込んでいてびっくり(笑)
 平野さんの講演会に参加したのを機に、なにか平野作品を読んでみようと思いました。それで選んだのがこれです。
 
『ドーン』というタイトルが、喪黒福造の「ドーン!」を彷彿とさせて心をつかまれました。内容的には喪黒となんの関係もありませんが(笑)
 この小説における「ドーン」とは、劇中に登場する火星探査船の名称で、英語で「DAWN」と表記します。「DAWN」は「夜明け」という意味の単語です。


 この小説『ドーン』のなかに、宇宙船内に長く居続けることで宇宙飛行士の精神に異状が生じ人間関係の不和が起こる…というエピソードがあります。この箇所を読んだとき、藤子・F・不二雄先生のSF短編『イヤなイヤなイヤな奴』を思い出しました。『イヤなイヤなイヤな奴』はまさにそのことを題材にした作品です。
 それと、この小説の主人公の出身地が富山県の高岡という点も私の藤子脳にフックしました。むろん、高岡は藤子先生の出身地であります。
 平野さんが講演で語っていたように、『ドーン』は『日蝕』と比べはるかにリーダブルな文体で書かれていました。