毒蛇はいそがない(藤子A先生ヘビ年の年賀状)

 元日に届いた藤子不二雄A先生からの年賀状です。
 
 ヘビ年にちなんで、喪黒福造の風貌をしたヘビのイラストに、『まんが道』の劇中で満賀道雄才野茂の下宿先の主人が2人に聞かせたことわざ「毒蛇はいそがない」がプリントされています。額に入れて座右の銘としたくなる、素敵なデザインです。


 私が「毒蛇はいそがない」ということわざを知ったのは、まさに『まんが道』においてでした。満賀と才野が上京して最初に住んだのが、満賀の親戚にあたる両国の須賀家。二人はこの家の二畳間に下宿したのです。(ちなみに、現実の藤子先生が下宿したのは菅原家)
 その下宿先の主人が、下宿し始めて最初の晩に家賃を持ってきた満賀に語って聞かせたのがこの「毒蛇はいそがない」だったのです。


 主人はこう説明します。
「毒のないヘビは自信がないからコソコソしているが 毒ヘビは自分が強いという自信があるから悠然としている!」
「だからつまり“毒ヘビはいそがない”というのは 自信のあるものはあわてないということだよ」
「道雄くん! きみたちもあせらないで腰をすえてジックリまんがの修業をするといいよ!」――


 この場面は、少年時代に初めて読んだときから非常に印象的で、心に刻まれました。
 調べてみると、このことわざはタイのもので、小説家の開高健氏もよく言っていたとのこと。藤子A先生は何かピンチのときになると「毒蛇はいそがない」と唱えるようにしているそうです。このことわざを呪文のように唱えると気分が落ち着いてきて、今まで焦り気味だったのが「なーに、あわてることはないんじゃないの」という気分になる…と著書『Aの人生』(講談社、2002年)で書いておられます。


「毒蛇はいそがない」は『まんが道』で知って以降ずっと私の心に刻まれたことわざですが、その刻まれ方がいっそう深くなる体験が一昨年にありました。
 私が出演させていただいたNHKの番組「まんが道をゆけ!」のラストで、藤子A先生直筆「毒蛇はいそがない」の色紙がビビる大木さんに贈られる、というシーンが放送されました。私はロケ現場でこのことわざについて解説する役を担っていたこともありまして(オンエアではそのシーンはカットされましたが・笑)、そうした貴重な体験から、「毒蛇はいそがない」がますます心の深いところに刻まれることになったのです。


 そうやって心に刻まれながらも、実際の私は毒蛇の悠然さから程遠いところにいます。今年はヘビ年ということもありますし、「毒蛇はいそがない」をこれまで以上に肝に銘じて生活していけたらと思っております。

 
 これは藤子不二雄A先生の12年前と24年前のヘビ年の年賀状です。
 1989年の年賀状は、藤子A先生の年賀状のなかでも大きな区切りとなったものです。「藤子不二雄A」名義として最初の年賀状ですし、藤子スタジオの所在地が西新宿の市川ビルにあった時代では最後の年賀状にあたるのです。
 藤子不二雄コンビ時代のプロダクション「藤子スタジオ」はコンビ解消後藤子A先生が引き継ぐかたちとなり、藤子・F・不二雄先生は新たに「藤子プロ」を設立しました。藤子スタジオは、コンビ解消後もそのまま市川ビルにあったのですが、1989年12月に現在の場所へ転居しています。したがって、1990年の年賀状から住所が変更されているのです)