『ツチノコの民俗学』

 
 『ツチノコ民俗学 妖怪から未確認動物へ』(伊藤龍平、青弓社、2008年)。先日開催された古書市で見つけた一冊です。


 本書はツチノコ民俗学の観点から探究したものです。とくに、「幻の蛇」「未確認動物」というイメージが定着する1970年代以前の「妖怪」のような存在だったツチノコ像を探るのが趣旨である、と序文で述べられています。
 当ブログ新年の挨拶でツチノコフィギュアの写真を載せたこともありますし、このタイミングでこの本に出会ったのも何かの縁だろうと思って購入しました。


 ページをパラパラとめくってみて、その縁が良いものだったと確信しました。本書の第4章に「『ドラえもん』とツチノコ」という10ページ以上にわたる考察があったのです。
 ツチノコブームの時代に子どもたちはどうツチノコとかかわっていたのか…それを見るため『ドラえもん』内のツチノコ話「ツチノコ見つけた!」と「ツチノコをさがそう」を考察しています。これらの話の描かれた時代を重んじているため、単行本に収録された版ではなく雑誌初出版をテキストにしているところにこだわりを感じます。


ツチノコのキャラクター化」という論点が興味深いです。
 ツチノコとは、もともとは一つ一つが別個の伝承であり不定形な怪異だったのですが、それを「ツチノコ」という名前で統合し、姿形のイメージをも統一的なものにしたのが、随筆家の山本素石でした。山本素石の発表した文章と絵が、世のツチノコ像を統一し、それが70年代ツチノコブームの火付け役となったのです。
 素石自身はブームになることを望んでいたわけではないのですが、はからずもブームになってしまったようです。
 ツチノコブームの頃に刊行された子ども向けの本で紹介されたツチノコ像は、ほとんどの場合、素石が描いたツチノコ像が元になっています。そして、その素石のツチノコ像が、一般の人々がイメージするツチノコの姿として定着していったのです。
 そのことについて著者は、素石がツチノコを「未確認生物」として統一し、「幻の蛇」というキャラクター(個性)に収斂してみせたのだ、とまとめています。
 また、矢口高雄先生のマンガ『バチヘビ』を取り上げ、そこで見られるリアリティ豊かで精緻なツチノコ描写も評価しています。


 そうしたことを踏まえたうえで著者は『ドラえもん』のツチノコについてこう述べます。
「素石や矢口らがキャラクター化したツチノコは、未確認動物の生物としてのリアリティを高めた。それに対して『ドラえもん』のツチノコは、素石や矢口らのツチノコから毒を抜いたものである。二次的なキャラクター化。もしくはキャラクターの変換といえる」
 統一的な名前や形のない妖怪のような存在をリアルな生物であるかのようにキャラクター化したものが素石らの“未確認動物としてのツチノコ”であり、そのキャラクター化されたツチノコをさらにマスコット的にキャラクター化したのが藤子F先生の『ドラえもん』である、ということでしょう。


 著者が台湾の大学の教員であることから、台湾の『ドラえもん』の中で「ツチノコ」がどう訳されているかを紹介するくだりもあります。
 台湾にはツチノコ伝承などがないことから、『ドラえもん』で描かれたツチノコが台湾におけるスタンダードなツチノコ像になっていくだろう、という見方も興味深いです。
 
 
ツチノコ民俗学』で論じられたことを念頭にこのツチノコたちの姿を眺めていると、その姿から、今まで以上の奥行きが感じられてきます。



 今月8日に藤子プロさんから余寒見舞い的なハガキが届きました。
 
 数行にわたって直筆の言葉をしたためてくださっていて、ありがたい限りです。その直筆の文面の中に「今年はツチノコイヤーです」というくだりがありました。『ツチノコ民俗学』は2008年に出版されたのですが、そんな本に、ちょうどツチノコイヤーにあたる今年になって遭遇することができたのも何かの縁だなあ、と感慨をおぼえます。