反重力展

 豊田市美術館で9月14日(土)から12月24日(火)まで開催中の「反重力展」に行ってきました。
 
 この企画展の内容がどんなものか具体的な情報を知る以前に、「反重力展」というタイトルにまず心をつかまれました。
「反重力」という語はSF作品の中でよく遭遇しますが、私は『パーマン』の「はじめましてパー子です」に出てきた「反重力場」という語で反重力なる概念を意識するようになりました。パーマンの秘密を探るスパイ行為を目的に日本へきた科学者が、パーマン1号のパーマンセットを盗み出し、マントを実験器にかけます。その結果を見て科学者はこう言うのです。
「強力な反重力場ができている。マントのまわり直径2メートルくらいはカバーしている。」
 私は「反重力」と聞くとその場面を真っ先に思い出します。


ドラえもん』の「重力ペンキ」や『ミラ・クル・1』の「重力ボード」などなど藤子・F・不二雄先生のマンガには重力ネタがいくつもあるのですが、「反重力」という語がそのまま出てくる作品に限れば、大長編ドラえもんのび太の宇宙開拓史』は最大の注目作です。この作品には、何度も「反重力」が出てくるのです。
 ロップルくんたちが暮らすコーヤコーヤ星は、ガルタイトという鉱石のかたまりです。ガルタイトは、反重力エネルギーを発生する貴重な鉱石。それがロップルくんたちの文明を昔から支えてきました。ロップルくんの乗るカーゴは反重力エンジンを搭載して動き、反重力推進という機能も有しています。
 そんなガルタイトを狙って嫌がらせをしてくるのが、トカイトカイ星に本社を置く大企業ガルタイト鉱業です。『のび太の宇宙開拓史』は、ロップルくんと友達になったのび太ドラえもんたちが力を合わせてガルタイト鉱業と戦う物語です。
 そのように、この作品では「反重力」が重要な意味を持っているのです。
(『のび太の宇宙開拓史』では、コーヤコーヤ星にきたのび太がスーパーマン状態になります。この現象について、コーヤコーヤ星の重力が地球よりはるかに小さいからそうなるのだと説明が加えられます。これは「反重力」ネタではありませんが、藤子F先生が『のび太の宇宙開拓史』という作品を発想するさいのメインアイデアのひとつです)


『宙犬トッピ』には「反重力物質」をつくる話がありました。トッピのふるさとの星には反重力物質があって、それと同じ物質を地球にある物で代用してつくるのです。コー作(『ドラえもん』でいえばのび太にあたる少年)の同級生・ネズミとカバ口(スネ夫ジャイアンにあたる)が反重力物質の特許をとって金儲けを企てる、なんて話もあります。
 あと、『ウメ星デンカ』の「くん章はいかがぞよ」で、町の発明家・江地さんが「反引力」という語を使っていました。


 こうして見てくると、藤子Fマンガの作中世界において「反重力」は“地球上にはないけれど、バード星(スーパー星)やコーヤコーヤ星やトッピの星といった遠い星には存在し文明に利用されている現象・物質・技術”として扱われることが多いようです。


 以上のように藤子Fマンガで「反重力」に触れてきた経験があったため、豊田市美術館で「反重力展」が開催されると聞いて私の中の藤子ファンゴコロがくすぐられたのです。


 
 この企画展は正式タイトルを「反重力 浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド」といいます。「反重力」がメインタイトルで、「浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド」がサブタイトルみたいなものでしょう。このサブタイトルにある「浮遊」「時空旅行」「パラレル・ワールド」の語も「反重力」と同様に私の中で藤子Fマンガの作品世界イメージと強くつながりました。


「反重力展」自体は藤子不二雄と関係がないのですが、これを当ブログでレポートしようという気になったのは、いま書いてきたような理由からです。
「反重力展」は、「反重力」という語が「物質・物体に関わる重力を無効にし調節する架空の技術としてSF作品に登場するもの」であることを踏まえたうえで、「私たちの身体や生活を規定してきた枠から逃れるもの」としてこの語を掲げています。そして、「身体から解放されるような軽やかな空間性を感得し、世界を巨視的な視点で眺めて地上の価値観から離れ、宇宙的な視野を持つこと」を目的としています。
 私も同展を訪れることで、自己の殻、日々の性格の枠組み、常識の呪縛、固定観念の支配などからわずかなりとも解放されて、刹那でもよいから心身に非日常的な軽みをもたらしたい、と思いました。
 
  
 久々に訪れた豊田市美術館


 
 
 この美術館の建物は、建築家・谷口吉生さんの最高傑作の一つと言われています。たしかに、建物を眺めているだけでも面白いです。
 


 それでは、「反重力展」の展示作品を(一部ですが)紹介ましょう!
●『ビヨンド・ザ・ファンズ』(作者:ジルヴィナス・ケンピナス)
 
「反重力展」の冒頭に展示されています。2機の大きな扇風機を向かい合せに置き、ぶつかり合う風の流れる方向にビデオの磁気テープの輪がセッティングされています。その輪が風力によって浮き上がり、うねうねと形状を変えながら回転し続けているのです。
 ちょっとメビウスの輪を連想させもするその輪の不定形な動きを眺めていると、この輪をくぐることで裏も表もない異空間に入り込めるんじゃないかという妄想をかきたてられました。そして、この企画展の「反重力」というテーマと、わかりやすく結びついている作品だなと感じました。



●『ネオン・エレベーター』(カーステン・ヘラー)
  
 154本のネオン管で構成されています。ネオン管が上から下へと明滅を繰り返すため、それを無心で眺めていると自分の身体が下から上へ、あたかもエレベーターに乗って浮かんでいくかのごとく感じられる…という趣向の作品です。私は、身体が上昇する感覚までは味わえませんでしたが、大がかりな光の点滅を眺めているだけで単純に楽しかったです。




●『Λ Girl』(やくしまるえつこ
 
 
  
 私が「反重力展」へ行こうと決めたのは、先述のごとく、自分の中にある藤子ファンゴコロを大いにくすぐられたからですが、もうひとつ強力な理由がありました。展示品のひとつに、やくしまるえつこさんの作品があるからです。私はやくしまるえつこさんの楽曲が好きなのです。
 暗めの部屋に入ります。すると、天井から数多くのスピーカーがコードで吊り下がっているのが目に飛び込みます。スピーカーからはノイズが発せらています。無機的なホラーの館、といった印象です。
 センサーで私の位置を感知しているらしく、部屋の中央に設置されたモニターを見ていると、私のいる地点が抽象的な形状で映し出されます。私がその場を移動したら、モニターに映った抽象的な形状も移動します。そして、私のいる地点からいちばん遠いところから、やくしまるえつこさんの声が聴こえてきます。モニターの中にいる「Λ Girl」なるアニメーション少女も、私がいる場所から最も遠い位置へ行こうとします。こうした一連の音や映像の動きが「反作用が生み出す異世界の断片」なのだとか。



●『豊田の家』(レアンドロ・エルリッヒ)
 
  
 紅葉で知られる足助。その地に建つ伝統的建築物が架空の和菓子屋としてデザインされ、それが大きな鏡に映し込まれています。建築物の壁に自分がいるようなトリック写真を撮れます。常に鏡に映っているので、自分が今どういう体勢にあるのか目で確認することができます。
 騙し絵のような面白さがありました。



●『多元宇宙の缶詰』(奥村雄樹)
  
 缶詰のラベルを缶の内側に貼り替え、再び密封したものです。もとは表面に見えていた光景をくるりと内側に反転させたような、不思議なイメージが喚起されます。その傍らのテーブルには、哲学や宇宙物理学の本が置かれていて、そのことによって、これらの缶詰が哲学的な存在に感じられてきたり、宇宙の模式図のように見えてきたりします。脳内でそんなイメージ宇宙が膨張していく感じでした。



●『黒い窓』(佐藤克久)
 



●『きわとふち』(佐藤克久)
 



●『あいま』(佐藤克久)
 




●『百万年』(河原温
 ※写真撮影は不可でした。
 百科事典のような分厚い書物がショーケースの中に何冊か展示されています。この書物の各ページには、年号が500年分ずつ順番にタイプされています。そうやってタイプされた年号は、全ページ分合わせると過去から未来にかけて100万年分にもなるそうです。
 パッと見る限りではただの百科事典が並べてあるだけですが、その書物の各ページに膨大な数の年号が単純に羅列されていると思うと、人類の長大な歴史が事務的に処理されてしまったような不気味さを感じながら、気が遠くなるような時間の流れに思いを馳せたくなります。




●『Fog Sculpture ♯47636“風の記憶”』(中谷芙二子
 美術館の庭の池に、人工的に霧を立ち込めさせ、それを彫刻に見立てたアートです。作者は「霧の彫刻」のことを「生きた彫刻」と呼んでいるそうです。
 霧を「彫刻」と見なせば、たしかに、通常の固定した彫刻と違って形状が刻一刻と変化するため、生きた感じがします。
 
 ・ふだんは、こんな感じの池。



 
 ・そこに霧が立ち込めてきて…



 
 ・もうもうと霧に覆われます。



 
 ・雲の上にいるような気分になってきます。



 
 ・足を乗っけてみたくなりました。


 この作品を見ていて『ドラえもん』を思い出しました。『ドラえもん』には、「雲の中の散歩」「ひるねは天国で」「雲ざいくで遊ぼう」、大長編「のび太と雲の王国」などなど、雲の上で生活したり雲で遊んだりする話がいくつもあります。『ドラえもん』のほかにも藤子F作品には、『キテレツ大百科』の「仙境水」、『ポコニャン』の「お空であそぼう!」、『Uボー』の「入道雲をのぼろう」など、雲の上で遊ぶ話がいろいろと存在します。とくに幼年向け読切マンガ『とんでこいようちえんバス』においてカラー見開きで描かれた“大勢の子どもたちが雲の上で遊ぶ”シーンは夢いっぱいで大好きです。
 私はそうした藤子F作品を思い出しながら、多少なりとも雲の上にいる感覚、雲と戯れているような楽しさを味わったのでした。