藤子A先生のお誕生日に『夢魔子』を再読

●『OSマンガ茶話』第13回が公開されました!
 https://youtu.be/8n2IsKa2BuE
 今回は、マンガの神様・手塚治虫先生の『鉄の旋律』がテーマです!! 漫画空間の内藤店長をゲストにお迎えし、サスペンス、超能力、復讐劇、猟奇事件などさまざまな要素をもった『鉄の旋律』の魅力を語り合います。
 
 ・『鉄の旋律』を収録した単行本です。手塚治虫漫画全集『鉄の旋律』(講談社、1980年)、秋田漫画文庫『鉄の旋律』(秋田書店、1976年)、秋田文庫『鉄の旋律』(秋田書店、1994年)の3冊。手塚治虫文庫全集であれば、『奇子』2巻(講談社、2010年)に『鉄の旋律』が収録されています。
 ご視聴いただけると嬉しいです♪



●きのう(3月10日)は、藤子不二雄A先生の82歳のお誕生日でした。記念すべきA先生のお誕生日に何か先生の作品を読み返そうと選んだのが『夢魔子』です。
 

 『夢魔子』は、1970年、「高3コース」4月号〜8月号に連載されました。全5話。ミステリアスな魔性の美少女・夢魔子が、各話で思春期の少年たちと出会い、彼らの夢や悩みや問題とかかわりを持とうとします。ブラックユーモアの一種ですが、話ごとに夢魔子の髪型が違うのがオシャレだったりします。


 私が初めて読んだのは、中学生のころでした。全5話のうち、1話めの「城」が最もショッキングで印象に刻まれました。学校に来てもひとりでボーッとするばかりの孤独な少年・鈴木道雄は、競争社会に適応できず、自分だけの城にひとりっきりで住むことを夢見ています。その切実な夢を、夢魔子は独特の方法でかなえてあげるのです。鈴木道雄は、まさに自分だけの殻に完全に閉じこもってしまえる鉄壁の環境を得たのでした。その結末は道雄にとってはハッピーエンドでありながら、悪夢のようなシーンにも見えました。
 これは、今で言う「引きこもり」の心理や現象を描いた話ですが、「引きこもり」という用語がまだ流通していない1970年の時点でそのありさまを題材にしているのは、じつに予見的な気がします。
 その意味では、4話めの「変身」も予見的だと思います。武骨な風貌のたくましいラグビー少年・男熊(おぐま)が登場するのですが、彼は学校での雄々しさとは逆に、自分の内面に女性らしさの素質があることに気づき、苦しんでいました。外に出たときの男らしさと、家にいるときの女らしさに引き裂かれそうな男熊に対し、夢魔子は、彼が女性になることを最善の解決策とします。これは、性同一性障害とか性別違和といった現象に近いか、それそのものではないでしょうか。この題材も、少年マンガで取り上げる対象としてはまことに先取的・予見的だと思うのです。
 未来を予見することが作品の主眼ではありませんから、そこだけに注目して評価するのは筋違いでしょうが、でもやはり、こうした題材を1970年時点で正面から取り上げているという事実は、その時代から46年後の現在を生きる私にとって、素直に驚嘆したくなることなのです。


 予見云々を抜きにしても、『夢魔子』を中学生のころ初めて読んだ私にもたらされた精神的なあれこれは、鋭く深く大きなものでした。題材に対する鋭敏な衝撃とともに、夢魔子という少女の夢幻的な美しさ、彼女が少年たちとのかかわりのなかで見せる半ば魔的で半ば優しい姿にクラクラと魅惑されました。
 夢魔子は、右眉と左眉のちょうど中間にほくろがあります。その位置にほくろがあって神秘性を帯びた女性ということで、萩尾望都先生を思い出したりもしました(^^) 萩尾先生のほくろは夢魔子より少し下に位置していますが。