アンキパンの話

 先日、草もちを食べました。
 
 草もちといえば、『ドラえもん』の「テストにアンキパン」で、のび太が実にうまそうに食べているシーンを思い出します。
 しずちゃんの家で出された草もちを、マンガを読みながら寝転んでパクパクと…。最低5〜6個は食べているはずなので、その後食べるつもりだったアンキパンをその場で食べられなくなったのでした(笑)
  アンキパンは藤子・F・不二雄先生の描いた原作マンガでは1回しか登場していません。にもかかわらず、よく知られていて、人気のあるひみつ道具のひとつになっています。最近だと郵便局限定グッズで食器やトートバッグになって、その人気のほどを示しています。
 
 

 アンキパンは、憶えたいことを完璧に暗記できるパンです。なぜ暗記するための道具がパンなのか?
“アンパン”をもじった、という説があります。それもそうでしょうし、ほかに、もしかして“頭脳パン”のイメージもあったのかなあ、と思ったりします。
 
 (図版は、『昭和40年代思い出鑑定団』[串間努、1999年、ぶんか社]より)
 頭脳パンは、「頭がよくなる」という謳い文句のパンです。金沢製粉を中心に開発された“頭脳粉”を原材料としています。
 頭脳粉とは、林髞(たかし)博士が唱えた学説に基づいて開発された小麦粉です。
 頭脳の働きの良し悪しは、主食にビタミンやミネラルが多いものを摂取しているかどうかである。日本人が主食とする米は精製の過程でビタミン・ミネラルを含んだ糠を除去してしまうが、欧米の主食穀物である小麦は精製加工してもなおビタミン・ミネラルが残る。それが日本と欧米の差である。本来ならドイツ、スイス、ソ連のように黒パンを摂取するのが理想だが、日本人にはなじまない。かといって精製された小麦粉では(白米よりましとはいえ)せっかくのビタミン類が除かれてしまう。そこで日本人が食べやすい白色小麦粉にビタミンを取り入れる製粉技術が必要である。
 林学説とは、そういったものでした。(参考:『昭和40年代思い出鑑定団』串間努、1999年、ぶんか社


 頭脳粉の開発とともに頭脳パン連盟が結成され、頭脳パンが生まれました。まず石川県で頭脳パンが売り出され、たいへん売れたといいます。それが昭和35年ごろのことですから、藤子F先生がアンキパンを発想したとき、すでに巷に流通していたことになります。
 F先生は、『ドラえもん』のなかで頭のよくなるひみつ道具を出したいと思い、どんな道具にしようかと考えたとき、この頭脳パンのイメージが頭をよぎり、それで「頭のよくなる道具+パン」というアイデアへと進展していったのではないか、と私は推測します。
 そして、アンキパンがさまざまなパンがあるなかで食パンの形をしているのは、“ノートに書いてある記号や文字を写す”というアイデアと結びついているのでしょう。食パンの白い平面部分がノートを写す場所として視覚的に絶好ですから……。


 と、あるところでこういう話を気軽に述べたら、次のようなご指摘をいただきました。

藤子・F・不二雄先生がこんなお話をされていたのを憶えています。「学生時代、暗記すべき参考書のページを破って食べていたことがある。そこからアンキパンを着想した」(大意)

 藤子F先生のその発言の典拠は現時点で未確認ですが、アンキパンがそうやって着想されたものだとすれば、アンキパンが食パンの形をしているのは、「参考書のページ」のイメージと、そのページを「破って食べた」というF先生自身の体験がベースになっているのであって、私が上述した頭脳パンはあまり関係ないことになりましょう。
 ですが、F先生がアンキパンを発想されたとき、少しは頭脳パンのイメージも含み込んでいたのでは…という私の期待と想像を込めまして、アンキパンと頭脳パンとの関連の可能性を完全否定することはいたしません(笑)