「バイバイン」

 13日(金)放送のアニメ『ドラえもん』で「バイバイン」が放送されました。アニメ『ドラえもん』の放送自体が久しぶりだったこともあって、とても待ち遠しい気分でした。


 私は今回の「バイバイン」前半部分を観ながら特にこんなところを楽しみました。

 ・冒頭の「この栗まんじゅう、食べるとおいしいけどなくなるだろ。食べないとなくならないけどおいしくないだろ (中略) 食べてもなくならないようにできないかなぁ…」とこぼすのび太哲学が、話のつかみとしてまことに秀逸だ!ということを再認識しました。


 ・ドラえもんバイバインをいったん出したのに、またポケットへ引っ込めます。のび太ドラえもんの顔をギュッとつかみ、バイバインを出してほしいと懇願。そのさい、のび太ドラえもんの頬をグニュグニュとこねくるように引っぱるのですが、その引っぱり加減が優しすぎもせず、やりすぎてもおらず、いい按配にドラえもんの柔らかみを表現していて好きでした。


 ・栗まんじゅうが分裂する瞬間の効果音が心地よかった。栗まんじゅうが4個に増えた瞬間、そのうちの1個が弾き飛ばされて皿から落ちる演出がお茶目でした。


 そんなふうに話の前半部分は原作どおりの展開ということもあって細かい表現や演出を楽しんだのですが、後半の、栗まんじゅうの増え方をドラえもんが数字で説明するあたりから原作にない部分となり、ダイナミックな画面になっていきます。
 ・バイバイン効果を有した栗まんじゅうがこの世に1つでも残っていたら1日でどんな事態になるか…の予想図3枚が、とんでもないスペクタクルシーンで面白かった(笑) 無数の栗まんじゅうに埋もれた大都市の風景とか、栗まんじゅうによって砂漠化したニューヨークに埋もれる自由の女神像(「猿の惑星」!?)とか、笑いながら感心してしまいました。


 ・ゴミ箱に捨てた栗まんじゅうが大増殖して洪水か雪崩のごとく押し寄せるシーンは、スペクタクル感満載! のび太の部屋の窓を突き破るところや、野比家の前の道に大量に流れ出るところなど、栗まんじゅうの動きに見ごたえがありました。その後に野比家を覆うおびただしい数の栗まんじゅうのうじゃうじゃ感がすごい!


 さて、「バイバイン」は簡単に言えば栗まんじゅうが倍々ゲームのように増殖して大変なことになるお話です。
 「バイバイン」のように“特定の食物が永久的かつ急激に増殖する”というアイデアを使った古典的SF小説が、“ロシアのジュール・ヴェルヌ”と呼ばれるアレクサンドル・ベリャーエフ(1884〜1942)の『永久パン』(1929)です。
 
 缶に入った“永久パン(練り粉)”を半分食べると満腹になり、1日経つとまた倍に増えます。天才科学者が人類を飢餓から解放しようと何十年もかけて発明したのですが、それが人類を救うどころか人類滅亡の危機を引き起こします。どんなに奇跡的ですばらしいと思える発明品が誕生しても、人類のエゴや欲望が途方もない悪夢を生むのです。


 「バイバイン」と『永久パン』では食物がどこまで増え続けるのか。「バイバイン」における栗まんじゅうは、1つが5分ごとに倍になるので、1時間で4096個、2時間で1677万7216個、それからわずか15分後に1億個を超し、それこそ1日で地球が栗まんじゅうに埋まってしまう…とのこと。そのまま放置しておいたら人類滅亡の危機に陥るのですが、ドラえもんは増殖し続ける栗まんじゅうを宇宙のかなたに送ることで問題を回避します。宇宙に放り出された栗まんじゅうがその後どうなるかはさておき、地球上に大きな被害を出す前になんとかしたわけです。(今回のアニメ版では、野比家に被害が出ましたが…笑)
 ところが『永久パン』では、あちこちの永久パンが急激に成長しはじめて、やがて洪水のように人の住む場所を襲います。街や村は永久パンの底に沈み、何十万、何百万という人が住む家を失って、死者も多数出ました。そのまま事態が進めば永久パンが地球全体に広がり、地球をぴったり皮のように覆って、地球全体が一個の丸パンのようになってしまうだろう、と予測されます。そして最終的にどうなったか…。それはネタバレ防止の意味でここでは触れません(笑)


 「バイバイン」や『永久パン』のように“特定の食物が永久的かつ急激に増殖して、そのまま事態が進んだら地球的規模で人類存亡の危機に……”というお話は、手塚治虫先生も描いています。「炎症」(1963年)という短編マンガです。この作品のなかで増殖し続ける食物はコロッケ…。コロッケが分裂によって倍に倍にと増えていくのです。「バイバイン」の栗まんじゅうと同様の増え方です。
 このコロッケのおかげで食糧問題が好転する…と最初は歓迎されたのですが、『永久パン』の展開と同じく、その増え続けるコロッケが人類にとってさまざまな重大問題を生み出します。
 今回のアニメ版「バイバイン」では、このまま栗まんじゅうが増え続けたらどうなるかの予想図として、地球全体が栗まんじゅうに覆われてしまう絵が示されました。手塚先生の「炎症」では、じっさいに地球がコロッケに覆われるところまで行き着いてしまいます。そしてラスト、現在の世界情勢にも通じる風刺の効いたオチが待っているのです。
 

 というわけで、ベリャーエフの『永久パン』、手塚治虫先生の「炎症」、藤子・F・不二雄先生の「バイバイン」を“特定の食物が急激かつ永久的に増殖し、最初はありがたがられるけれど、そのうちえらいことになる”作品の系譜として続けて読むのも一興かと思います。
 
 『永久パン』は今年、合同会社アルトアーツからペーパーバックの単行本が刊行されました。「バイバイン」はてんとう虫コミックスドラえもん』17巻など、「炎症」は講談社手塚治虫漫画全集『SFファンシーフリー』などに収録されています。