火星の話からヤドカリ一家の話へ

 当ブログで前回「火星大接近のニュースに触れて」という記事を載せました。火星が地球に大接近、という報道に触発されて、火星が何らかのかたちで出てくる藤子マンガを読み返してみたのです。
 http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20180801


 今晩(8月3日・金)には、火星大接近記念として(藤子作品ではありませんが)映画『オデッセイ』がテレビ放映されました。この『オデッセイ』の公開当時、劇場で観たときの感想を当ブログで書いたのですが、藤子ファン目線で言うと、この映画の主人公が火星で畑を耕しイモを栽培するところで『21エモン』のゴンスケを思い出させてくれるのが楽しかったです。『オデッセイ』の中で栽培されるのはジャガイモ、ゴンスケが栽培するのはサツマイモですが、地球外の荒涼とした星の地表でイモを作るところに魅力的な共通性を感じるのです。
 http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20160223

 
 
 何らかのかたちで火星が出てくる作品ということで、(藤子作品ではありませんが)安部公房の小説『人間そっくり』をこのたび再読しました。
 主人公は「こんにちは火星人」というラジオ番組の脚本家をやっている男性です。その主人公の家に、火星人を名乗る男が訪問してくることで、不条理な会話劇の幕があきます。
 主人公は、自分の家へやってきたその訪問客に接し、自分のことを火星人だと思い込んでしまった頭のおかしな奴だろうからあまり刺激せぬよう無難にあしらおう、ととりあえず言葉を交わしていきます。そうするうちに、主人公が信じていた正しさや現実の確かさが揺らぎだし、ラストは喪黒福造にドーンとやられたあとみたいな気分にさせられます。
 その訪問客の語る内容が奇妙な説得力を持ちながら詭弁めいて変転していくさまからは、『ドラえもん』の「うつつまくら」を読んだときのような眩暈感もおぼえました。「うつつまくら」では、どこまでが現実でどこまでが夢だったのか…という感じで現実と夢の境界に混乱が生じますが、この小説では、それが真実か虚偽か、正気か狂気か、地球人か火星人か、といったふうに複数の事象がぐらつく感覚がもたらされます。


 火星の話から強引に脱線しますが、安部公房といえば、藤子不二雄Ⓐ先生の『魔太郎がくる!!』の一編「無気味な侵略者」を想起したりもします。「無気味な侵略者」は、安部公房の『闖入者』(初出:「新潮」1951年11月号、新潮文庫『水中都市・デンドロカカリヤ』所収)という小説にインスパイアされた作品だと思うのです。どちらも自分の家が見知らぬ家族に乗っ取られていく話です。
 そこで、この2作品をちょっと読み比べてみようと思います。
 以下の5つの項目を比較します。


 1、乗っ取り一家が最初にやってきたときの状況
 2、一家の厚かましさの露呈の仕方
 3、一家の中にいる格闘技経験者
 4、一家の家族構成
 5、話の結末


 ●『魔太郎がくる!!』「無気味な侵略者」
 1、パパが土曜の夜遅く家へ連れてきた男が侵略者一家(ヤドカリ一家)の最初の一人。その男と飲み屋で意気投合して泥酔したパパは、男に家まで送ってもらい、その流れで男は家に上がり込んできた。巧妙でソフトな手口。
 2、魔太郎の家に上がり込んだ男はそのまま泊まって2日目になっても帰らず、善人ふうではあるがしだいに図々しくなっていく。2日目の夜、長男が魔太郎の家にやってくる。長男は最初から乱暴。
 3、長男は暴太郎という名前。空手部のキャプテンだった。
 4、侵略者一家の構成は、主人、妻、長男、次男、三男(母におんぶされた赤ん坊)、長女、爺さん、婆さんの計8人。
 5、魔太郎が他の家(裕福そうな家)に侵略者一家をなすりつける。魔太郎の家は乗っ取られずに済んだ。


 ●『闖入者』
 1、主人公Kの住む部屋を闖入者一家全員が訪問してきて、Kがドアを開けたら一家がズカズカと勝手に上がってきた。露骨で粗っぽい手口。
 2、上がり込んだそばから闖入者一家は図々しさ丸出し。一方的に多数決をして、ここは自分らの部屋だと採決してしまう。
 3、紳士(一家の主人)は柔道5段で警察学校で指導していた。長男は大学でレスリング選手。次男はボクシング選手らしい。
 4、闖入者一家の家族構成は、紳士、妻、長男、次男、長女、いたずら盛りの男の子(3男)と女の子(次女)、産まれたての赤ん坊、老婆の計9人
 5、主人公は闖入者一家の支配に耐えられず自殺する。



 『魔太郎がくる!!』の「無気味な侵略者」は、ヒュー・ウォルポールの小説『銀の仮面』からも影響を受けている、と思われます。そもそも『銀の仮面』は“自分の家が見知らぬ他人に乗っ取られていく物語”全般の源流といえる作品ですから、安部公房が『闖入者』を書いたのも『銀の仮面』からのインスパイアがあったのではないか、と推測します。
 「無気味な侵略者」は、魔太郎の家を乗っ取ろうとしたヤドカリ一家の家族構成などを見ると『銀の仮面』よりも『闖入者』からの影響が色濃い、と感じられますが、“家の外で知り合った人物を家へ連れてきて中に入れてしまったことを発端として家が乗っ取られていく”という展開は、『闖入者』よりも『銀の仮面』に近い気がします。
 現在発売中の本で『銀の仮面』を読むならこれです。国書刊行会から出ています。
 http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336042446/


 藤子Ⓐ先生は「無気味な侵略者」のほかにも他人の家に上がり込んでくる厚かましい家族を描いています。
 たとえば『小池さんの奇妙な生活』(「COM」1968年3月号)のアタリヤ一家がそれです。主人公は一人暮らしの売れていない漫画家・小池紳一(25歳)。ラーメンが大好きだけれど、ラーメンを目の前にした自分の顔のあさましさを見て「ああ!おれは毎日仕事もしないでラーメンを食べるために生きているようなもんだ」と自戒し、できあがったばかりのラーメンを窓から投げ捨てます。すると、ちょうど窓の外にいた男にラーメンが当たってしまい、その男は因縁をつけてきて小池の部屋に上がり込みます。その後、その男の家族もやってくることになるのです。アタリヤ一家は、その男と妻と5人の子どもの計7人家族です。
 藤子Ⓐ先生の単独作品ではありませんが、『小池さんの奇妙な生活』より前に描かれた『オバケのQ太郎』の初期エピソード「まとめてめんどうみてよ!!」(「週刊少年サンデー」1964年7号)にも、そのような家族が登場しています。なんと、18人の大家族です。父と母と子どもたちで構成されています。みんなが石ノ森章太郎先生みたいな顔をしているのが特徴的です(笑)この家族の父が急に大原家に上がり込んできて、正太のパパが「あなたどなた?」と訊くと「なんじゃ、おまえ忘れなさったんかいの? ほら、あのときああやってこうやってそうなったろ。親友だったですけんの」と答えます。パパは思い出せません。初めて会うのだから当然ですが、それが一家の手口なのです。(親友だと名乗るが記憶にはない男が家にやってきて厚かましいふるまいをする…という点では、太宰治の『親友交歓』とも通じるところがあります) 
 『魔太郎がくる!!』のヤドカリ一家や『オバQ』に出てきた18人家族は、親しさを装って他人の家に入り込んできましたが、それに対して『小池さんの奇妙な生活』のアタリヤ一家は相手の落ち度に付けこみ因縁をつけて部屋に入り込んできました。前者はソフトな手法、後者は粗暴なやり口ですね。