藤子・F・不二雄先生の傑作SF短編『老年期の終り』

 公式サイト「ドラえもんチャンネル」が、藤子・F・不二雄作品を期間限定で無料配信するSTAY HOME企画を4月25日に復活させました。

 

STAY HOME SPECIAL

まんが&TVアニメ無料配信!

 

特別企画!!TVアニメ「ドラえもん」と原作まんがを同時公開!観てから読むか?読んでから観るか?好きな順番で楽しんでくださいね♪

加えて、ドラえもんチャンネルがセレクションした藤子・F・不二雄作品も無料配信。 ドラえもんたちと一緒に、おうち時間をたのしく過ごしましょう♪

 

[現在配信中の作品]4/25(日)AM10:00~4/29(木)AM10:00

バイバイン」(てんとう虫コミックスドラえもん」17巻より)(TVアニメ『ドラえもん」より)

「ひっこしハイキング」(てんとう虫コミックス「新オバケのQ太郎」3巻より)

「老年期の終り」(藤子・F・不二雄SF短編集Perfect版4巻より)

 

 この3作品の配信はもう終了しており、今は別の作品が配信中ですが、ともあれ、この機会に『老年期の終り』を読み返してみて、あらためてその完璧なまでの素晴らしさに感嘆しました。

 

 凝ったカメラワークで映し出される未来的な街の風景……。しかしなぜか荒涼たるムードが漂っている……。

 そんな冒頭シーンから、一気に作品世界に引き込まれます。

 そして、『マギー若き日の歌を』が流れるラスト3ページの壮大なる抒情に胸が震え、深い余韻にひたることになるのです。

 

 10代で初めて読んだときは「個人じゃなく種の老年期か!そういう概念もあるんだ!」と自分のなかのモノゴトの尺度が揺らぐようにハッとさせられ、年齢を重ねて50代になったいま読むと、この作品で描かれた種や文明の老いが他人事でも余所事でもないリアリティを帯びてこちらへ響いてきました。

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 藤子・F・不二雄大全集『少年SF短編』2巻(2011年4月30日初版第1刷発行)の解説でSF作家の新井素子さんがこんなことを書いておられたのを思い出します。

 

特に、『老年期の終り』は……この本を読んでらっしゃる方は、いくつくらいの人なんだろう、やっぱり若い人がおおいのかなあ、多分、このお話、若くても楽しめると思うんだけれど、でも、これは、ぜひ、「自分はもう人生の折返点になったんだな」って思った時に、もう一回読んでもらいたいお話だ。

(略)

二十代で読んだ時も、頭では、このお話のおもしろさと寂しさと哀しさ、理解できていたと思う。

けど、五十になって読むと、印象が微妙に違ってるのっ。

(略)

この、“時”の凄味は、多分、若い人には、頭でしか理解できないと思うから。頭で理解するのとは違う、肌で理解する凄味は……あなたが、四十から五十になる時まで、楽しみにとっといてください。

 

 そうなんですよねえ。

 まさに、新井さんがおっしゃったとおり、私も10代で読んだときと50代で読み返した今との違いを実感したのです。

 

 どちらかといえば渋い系統の作品である『老年期の終り』ですが、この物語のいろいろなシーンの端々にマスコットキャラクターのパロがいるのも好きなところです。さりげなく作品のチャームポイントになっていると思います。

 

 作中で効果的に流れてくるアメリカ民謡『マギー若き日の歌を』もいいですねえ。『老年期の終り』を初めて読んだ当時(1980年代)は、実在する歌なのか架空の歌なのかよくわからなくて私のなかではしばらく謎だったのです。

 それが今は検索すればアッという間に情報が出てくるし簡単に聴くこともできます。『マギー若き日の歌を』をBGMにしながら『老年期の終り』を読むという至高の時間をすごすことも手軽にできてしまうのです。

 

  そして、なんといってもラスト一コマの見事さよ!

 それぞれの道を選んだ三者が美しくおさまった構図は、天才的なまでにパーフェクトです。

 人類の新たなる青春を求めて未知の世界へ冒険に出る者、老衰していく運命をそのまま受け入れて余生をすごそうと母なる星へ向かう者、一人の人として青春時代をすごした思い出の地にとどまる者。

 まったく異なる道を選んだ三者が一つのコマにきれいにおさまっていて感銘を受けます。

 あるSNSで、その三者三者とも同じ方向を向いていることに注目されている方を見かけました。

 そうなんですよ!

 異なる道を選んだ三者三者とも同じほうを向いているというのは、じつに象徴的で示唆的で感動的です。

 三者は互いに対立しているのでも、いがみ合っているのでも、逆らい合っているのでもない。誰がおかしいわけでも間違っているわけでもないのです。

 それぞれが自分の思いや運命にまっとうにしたがった結果として、三通りの道が選ばれたわけです。

 異なる道を選んだ三者三者とも同じ方向を向いている…というこのラスト一コマの光景を、私は静かに希望と愛のある大団円だなと感じます。

 切なさや寂しさや空しさと無縁ではないラストシーンのなかに、かすかな可能性にかけて冒険に出る者の希望と、作者のひそやかな愛を感じるのです。

 

 ※『老年期の終り』という作品名は、アーサー・C・クラークSF小説幼年期の終り』のもじりです。内容的には『幼年期の終り』のオマージュとかパロディの要素は薄いと感じますが。