気がついてみれば、今年も残りあとわずか。この一年を条件反射のように振り返りたくなる時期となりました。
当ブログでとりあげたいと思いつつタイミングを逸してしまった今年の話題がいくつかあります。
たとえば、今夏に『「たま」という船に乗っていた さよらな人類編』が発売されたこと。
バンド「たま」が好きで藤子不二雄ファンの私にとって、この単行本はその2種類の嗜好をばっちり満たしてくれる一冊だったのです。ぜひここでとりあげたいと思っていました。
そんなわけで、今ごろになって『「たま」という船に乗っていた さよらな人類編』について語ってみようと思います。
比類なき個性をもった伝説的バンド「たま」(2003年解散)。そのメンバーだった石川浩司さんが2004年に上梓した活字の自叙伝を、熱狂的な「たま」ファンの漫画家・原田高夕己さんがコミカライズ、双葉社の漫画配信サイト「webアクション」で2021年1月から連載が続いています。
この作品の単行本1冊目が、今年7月21日に発売されました。
この単行本が発売日を迎えるより前に、作画担当の原田さんから本書をご恵贈いただきました。
直筆サイン&イラストを入れたうえでご送付くださいました。ありがたい限りです。
さらに、巻末のスペシャルサンクスのページに「資料協力」として私の名前を入れてくださって、ただただ感謝するばかり。
本当にありがとうございました!
ところで、このブログをお読みくださっているみなさまは、「たま」というバンドをご存じでしょうか。
1984年に結成され独自の音楽活動を続けてきた「たま」が一般に知れわたったのは、1989年~90年のことでした。89年終盤TBS系のテレビ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称「イカ天」)に出演した「たま」は、5週連続で勝ち抜いて第3代グランドイカ天キングに輝きます。翌90年にリリースされたメジャーデビューシングル『さよなら人類/らんちう』が大ヒット、たちまち「たま現象」と呼ばれる社会現象を巻き起こしました。
私も、「イカ天」で「たま」を知った一人です。テレビの画面で「たま」を初めて目撃したときの、見たことのない何かを思いがけず目にとめて素通りできなくなってしまったような鮮烈で不思議な感動は今も忘れられません。
じつに不思議でした。奇妙でした。何か得体のしれない感じがしました。
でも、ふわっと心を引き寄せられました。曲を聴いていると気持ちよくなりました。聴いたことのない音楽なのになぜか懐かしい……。懐かしいのに、今までになかった新しい世界に触れているような……。
どういうことなんだろう、この感覚は……。自分で自分が不思議でした。
当時の私には、「たま」という存在がこう感じられました。異次元からふらっとこっちへやってきた、この世のものではないわらべうたの歌い手だと。日常では出会うことのない言葉と言葉をしあわせに連結してくれる、奇妙だけどセンスのありすぎる優しい詩人にも思えました。
「たま」の虜になるまで、ほとんど時間はかかりませんでした。
「たま」の各メンバーには売れようとか有名なろうといった野心はなかったようです。本人たちの意志とは関係なく売れちゃったのです。
けれど、このときメジャーシーンに大々的に登場してくれたおかげで、私は「たま」の存在を知り、その楽曲にハマることができました。「イカ天」出演から「たま現象」発生までの一連の出来事があってくれて、本当にありがたかったと思っています。
それがなければ、たぶんいつまでも「たま」を知らないままだったか、知るとしてもずっと後年のことだったでしょう。私はこれといって音楽マニアというわけではありませんから、テレビに出ないアーティストさんを感受するほどの高いアンテナを持ち合わせていませんでした。
ともあれ、そんな「たま」のメンバーの一人だったのが石川浩司さんです。丸坊主とランニングシャツ姿で多くの人々の記憶に刻まれているであろう、あの人物です。
その石川さんが文章で綴った自叙伝『「たま」という船に乗っていた』(ぴあ、 2004年発行)を原田高夕己さんがコミカライズした作品が、この夏双葉社より発売された『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』というわけです。
『さよなら人類編』は、石川浩司さんの上京(1981年)から「たま」結成、「イカ天」出演第1週目の『らんちう』完奏(1989年11月11日)までの時代を描いています。「たま現象」前夜までの時代を漫画で読めるのです。
(その後の時代は、ただいま「webアクション」にて連載中。いずれ刊行される単行本2冊目にまとめられることでしょう)
さて、前述のとおり、私はこの単行本を原田さんからご恵贈いただきました。ふつうに読むだけならその1冊持っていれば十分です。
しかし、この単行本には特定の書店のみで配布される特典小冊子なるものがあったのです。その小冊子が欲しいじゃないですか! 読みたいじゃないですか!
リアル書店でこの本を買い物する体験をしたかったこともあって、発売当日の7月21日、特典を配布する予定の書店へ足を運んだのでした。
書店に着いて真っ先に新刊コミックスの棚へ。
ところが、ざっと探したものの見あたりません。では音楽関係の棚にあるのかしら、と移動したところ、「ポピュラー音楽評論」の棚で発見!
やった~!!と歓喜して、レジへ向かいました。
購入後、「タレントエッセイ男性」の棚に並んでいるのも見かけました。
特典小冊子は、「たま」を愛する漫画家さん・アニメーターさん9名によるファンアートを収録しています。参加した先生がたのお名前をひとりひとり眺めるだけでジーンとしてきました。
わ~!この先生もあの先生も「たま」を愛する人だったのか! なんと“俺得”な顔ぶれなんだろう!と胸がときめくばかり。
20代のころハマった『伝染るんです。』の作者、吉田戦車先生がいらっしゃる!
数々の映画ドラえもんで作画監督やキャラクターデザインをつとめられた金子志津枝さんも!
大橋裕之、押見修造、小骨トモ各先生がたの作品も愛読していたので、この特典小冊子の顔ぶれは私にはホント感涙ものなのです。
小冊子には石原まこちん先生も参加されています。2017年に開催されたトークイベント「まいっちんぐマンガ道2&コロコロ創刊伝説2 〜ダブル発刊パーティー〜」のためにまこちん先生が描きおろしたイラスト(のコピー)が当選したことを思い出します。
そのコピーイラストにまこちん先生から直筆サインを入れていただきました。なんとまいっちんぐで四次元でメラメラなイラストでしょう😆
『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』は、発売直後から大きな反響を呼んでいます。
紀伊國屋書店新宿本店の週間ランキングで総合8位を獲得。街路から見える店頭の巨大サイネージに書名と石川さん&原田さんのお名前がドジャーンと表示されました。私はその景色をSNSにアップされた画像で拝見したのですが、「たま」が解散してずいぶん経ったこの令和の時代にこんな奇跡のようなめでたい光景を見られたことに感動しました。
他の書店ランキングでもベスト10圏内に入っていました。
そして、テレビ番組『王様のブランチ』のブックランキングで3位に輝く!なんてこともありました。そのオンエア、私も観たかったなあ。なにげなく番組を視聴していて『「たま」という船に乗っていた』が急に出てきたら、さぞかし胸が熱くなったことでしょう。
ネットで読める記事でもずいぶん話題になっています。
たとえば……
■音楽ライター安藤さやかさんのnote
「【ネオ昭和感が激エモ】漫画『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』がヤバい」2022年7月11日 18:39
https://note.com/n_amemiya/n/n0ac72569c28d
■コミックナタリー
「元たま・石川浩司の少年期からイカ天までを追う「『たま』という船に乗っていた」発売」2022年7月21日 20:22
https://natalie.mu/comic/news/486351
■TSUTAYAの名物企画人“仕掛け番長”のススメ
「今日人類がはじめて木星についたよ」たまの石川浩司自伝漫画!『「たま」という船に乗っていた』(さよなら人類編)2022年8月5日 (金) 15:00
https://tsutaya.tsite.jp/news/book/41577265/?sc_cid=tsutaya_a99_n_adot_share_tw_41577265
ほかにもいろいろなところで話題にのぼっています。いわゆる業界人から一般読者まで、本当に多くの方々が話題にしているのです。
ここで、当ブログの主旨にのっとって、「藤子不二雄」という切り口から『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』を見てみようと思います。
この漫画を読むと一目瞭然ですが、キャラクターデザイン、コマ割り、描き文字、影の付け方など、明らかに藤子不二雄Ⓐ先生のタッチを基調としています。「藤子不二雄」の話題に無理やりこじつけるまでもなく、この漫画は正面から藤子不二雄Ⓐリスペクトあふれる作品なのです。
画風が歴然と藤子Ⓐタッチであるということもさることながら、各話のタイトルや構成から『まんが道』あすなろ編のスタイルを強く感じさせるのが心憎いです。
そう、この漫画は、「たま」版『まんが道(バンド道)』といってよい作品なのです!
本作のコミカライズを担当した原田さんは熱烈な「たま」ファンであるとともに、熱心なトキワ荘ファンでもあります。それゆえ、この漫画が『まんが道』のイメージを帯びるのは、原田さんにとって内的必然だったのかもしれません。
若き日の石川さんが上京して住んだ高円寺の三岳荘は、木造モルタル・四畳半部屋のアパートです。トキワ荘を思い起こさずにはいられません。その三岳荘の石川さんの部屋にはクリエーターのたまごたちが日々集まっていたそうです。そんな人間模様もまたトキワ荘のイメージと重なります。
『「たま」という船に乗っていた』を「たま」版『まんが道』とするならば、『まんが道』のトキワ荘に当てはまるスポットが三岳荘なのです。
原田さんと私は、藤子先生・トキワ荘つながりで知り合って、知り合ってから互いに「たま」が好きとわかった仲です。『「たま」という船に乗っていた』には、そんな原田さんの「たま」愛とトキワ荘・藤子先生愛がふんだんに投入されています。
本書の発売を藤子ファン視点で見たとき、私にはもうひとつぜひ触れておきたいことがあります。
小冊子に金子志津枝さんが参加されたことです。
『のび太のワンニャン時空伝』(2004年)で金子さんが描いた猫耳しずかちゃんが、心あるファンたちを萌えさせました。『のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜』(2007年)の美夜子さん、『新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜』(2007年)のリルルのキャラクターデザインも金子さんです。
さらにいえば、『新・のび太の日本誕生』(2016年)と『のび太の月面探査記』(2019年)のステキなED原画も金子さんのお仕事でした。
映画ドラえもんでこんなにも精神に栄養を注いでくださった金子さんが「たま」ファンだったなんて!私には、その事実を知れたことが大きな驚きであり喜びだったのです。
『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』は、藤子不二雄Ⓐタッチをベースにしつつ他の漫画家さんのタッチが突如混入してくるところも特徴的です。「これ、水木しげる先生のタッチ!?」「これは楳図かずお先生!」「わ、つげ義春先生」「寺田ヒロオ先生も!!」といったふうに、いろいろな漫画家さんの画風模倣やパロディがところどころで見られます(いま挙げた先生のほかにもネタ満載)。
そういうネタに気づくたびに、漫画ファンとしての血が騒ぐのでした。
『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』のクライマックスは、「イカ天」で『らんちう』を完奏するシーンです。
このシーンを読んで、思わず涙ぐんでしまいました。私が「たま」をリアルタイムで体験したのが、ここからだったのです。自分の「たま」体験の原点がここなんだ!と思うと、それを漫画で読めていることの不思議と幸運を噛みしめたくなりました。
「たま」のメンバーは、メジャーになることを目指して活動してきたわけでありません。「たま」の「イカ天」出演によってその後巻き起こる「たま現象」は、「たま」自身が目的としていた成果ではありません。「たま」というのは、そういう次元のバンドではなかったのです。それはわかっています。
それでもこの漫画で『らんちう』完奏シーンを読んだら、そこにみなぎる達成感にブワッと泣けてきました。泣かずにはいられませんでした。
漫画という表現媒体は、実際の音を出せません。それゆえ、今まで多くの意欲的な漫画家が音楽を表現することに苦心してきました。手塚治虫先生の遺作のひとつ『ルードウィヒ・B』もそういう表現に果敢にチャレンジした代表例でしょう。
『「たま」という船に乗っていた』の『らんちう』完奏シーンを読んだとき、“漫画による音楽表現のしあわせな結実”と感じました。それほどまでに、このシーンから“音楽”が聴こえたのです。「たま」が奏でる“音楽”が、視覚を通して、コマからコマへの視線移動によって聴こえてきたのです。
この単行本をきっかけに、「たま」のファンが新たに増えることを期待しています。
石川さん、原田さん、単行本発売おめでとうございます!
と今ごろになってお祝いの言葉を記していたら、年末になってさらなる吉報が舞い込みました。
12月14日に発売された『このマンガがすごい!2023』で『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』がオトコ編23位をにランクインしたのです! 1年間に膨大な数のコミックスが刊行されるなか、23位というのは大健闘、といいますか、全身で喝采をおくりたい好順位です。
さらに、「フリースタイル」誌の『このマンガを読め!』で31位にランクインしたとの報も!
おめでとうございます!!
来年も本作の続きを思いきり楽しみたいです。