幽霊の日と『ドラえもん』

 7月26日は、幽霊の日でした。

 

 なぜ7月26日が幽霊の日なのか?

 ちょっと調べてみたところ、1825年の7月26日に四代目鶴屋南北作の歌舞伎『東海道四谷怪談』が江戸三座のひとつ中村座で初演されたことに由来するらしいです。

 

 『東海道四谷怪談』といえば、やはり劇中の中心人物である“お岩さん”の印象が強いです。お岩さんは、夫に手ひどく裏切られ、毒を飲まされて容姿がおそろしく変貌したあげく悶死してしまう悲劇的な女性です。そんな悲惨な死に方をした彼女は、死後幽霊になり、夫や関係者に思いきり恨みを晴らすのです。

 私は『東海道四谷怪談』の内容を知る以前の幼いころから、お岩さんの姿とか名前は本やテレビでよく目にしていて、非常に怖そうな幽霊であるとともにひとつのキャラクターとして記憶に刻まれてきました。

 お岩さんといって思い浮かぶ基本的なイメージは、片目がひどく腫れ上がっていて、額には三角形の布をつけ、脚がなく、「うらめしや~」と言いながら人前に出てくる、おどろおどろしい姿です。幽霊といえばまずはお岩さんのイメージが浮かんでしまうくらい、日本の幽霊の典型のひとつがお岩さんだと思うのです。

 

 『ドラえもん』の「お化けたん知機」(藤子・F・不二雄大全集2巻収録)や「オバケせんこう」(大全集4巻)といった作品に、そうした“お岩さん”風のルックスをした幽霊が登場します。

 『ドラえもん』には、なんらかの形で幽霊を題材にした作品がいくつもありまして、そのなかから幽霊の日の7月26日には「ゆうれいの干物」(てんとう虫コミックス12巻収録)をチョイスして読み返しました。

 もうなんと言いましょうか、魚の干物みたいなノリで幽霊の干物がパッと出てくるだけでサイコーなお話です(笑)

 ドラえもんが四次元ポケットから出した“ひものゆうれい”を見たのび太は、「そのにぼしみたいのが?」と正直に感想をこぼします。ドラえもんは「水をかけるとふくらむんだ」と教えてくれます。この、「そのにぼしみたいのが?」→「水をかけるとふくらむんだ」のやりとりが描かれたひとコマを読むと、思わず煮干しに水をかけたくなるくらいです(笑)

 本来おどろおどろしくて恐ろしいイメージの幽霊がよくある煮干しのようになっている…というそのミスマッチな状態と、水をかけたら簡単に膨らむ…というお手軽な即席感に心をくすぐられます。

 

 ドラえもんのび太に頼まれて、その“ひものゆうれい”を水で膨らませ幽霊らしい幽霊の状態にしてから人を脅かそうとするわけですが、扇風機の風に軽く飛ばされたり、待ち伏せているうちに乾いて元の干物に戻ったりと、あまりにも頼りない幽霊なのでした。結局、この幽霊を怖がったのはのび太だけ…というオチに(笑)

 

 そうやって「ゆうれいの干物」を読んだところで、先述の『東海道四谷怪談』の作者・鶴屋南北に再び着目します。

 鶴屋南北に『盟三五大切』という歌舞伎作品があり、その一場「四谷鬼横町の場」のエピソードが「ゆうれいの干物」の内容とつながってくるのです。

 どういうことか?

 

 こちらの物語要素事典に「にせ幽霊」という項目があります。

 https://www.weblio.jp/content/%E3%81%AB%E3%81%9B%E5%B9%BD%E9%9C%8A

 

 このサイトでは「にせ幽霊」が次のように分類されています。

 

 1.生きた人間が幽霊のふりをして、人を脅す。

 2.幽霊のふりをして、家から人を追い出す。

 3a.「幽霊を見た」と誤解する。

 3b.本物の幽霊を見ても、「これは幻覚だ」と考える。

 

 今回ここで注目したいのは、「2.幽霊のふりをして、家から人を追い出す」です。

 「幽霊のふりをして、家から人を追い出す」というその物語要素が「ゆうれいの干物」に含有されているのです。

 「ゆうれいの干物」を収録したてんとう虫コミックスドラえもん』12巻には、もう一作、「ゆうれい」の語をサブタイトルに入れた話があります。

 「ゆうれい城へ引っこし」です。

 「ゆうれいの干物」だけでなくこの「ゆうれい城へ引っこし」も、「幽霊のふりをして、家から人を追い出す」という要素を含んでいます。

 

 「ゆうれいの干物」は、借家に入居したばかりの借家人を干物の幽霊で脅かして追い出そうとする話です。

 一方の「ゆうれい城へ引っこし」は、城を他人の手に渡したくない人物が城内で幽霊のふりをして城を訪れた人を脅かし追い返していました。

 そういった点で、どちらの話も「幽霊のふりをして、家から人を追い出す」という分類に当てはまると思うのです。

 

 比較のために、鶴屋南北の「四谷鬼横町の場」のあらすじを引用してみましょう。

四谷鬼横町の長屋の家主・弥助は、新しい店子(たなこ)が家へ入ると、その晩に幽霊の格好をして現れ、店子を脅す。店子はこわがって、翌日には他所へ引っ越して行く。それでも弥助は「長屋の決まりだから」と言って、1ヵ月分の店賃(たなちん)を取り上げる。笹野屋三五郎と小万が越して来た晩も、弥助は幽霊となって脅す。しかし三五郎も小万もまったく恐れず、つかみ合いの喧嘩のあげくに、幽霊の正体を暴いた。

 

■「Weblio国語辞典 物語要素【にせ幽霊】」https://www.weblio.jp/content/%E3%81%AB%E3%81%9B%E5%B9%BD%E9%9C%8A 

 

 “借家に入ったばかりの借家人(=店子)をにせ幽霊で脅して追い出そうとする行為が描かれている”という点で、「ゆうれいの干物」と「四谷鬼横町の場」はかなり共通性を有しています。「干物のゆうれい」の元ネタは「四谷鬼横町の場」なのではないか、と思えてきます。

 

 また、「四谷鬼横町の場」のなかの“幽霊の正体を暴いた”という要素に関しては、「ゆうれい城へ引っこし」と共通していますね。

 その「ゆうれい城へ引っこし」に、のび太のこんなセリフがあります。

「さっきのゆうれい……あれ本物だとおもう!? まんがなんかだとさ、たいていニセ物なんだよ。その城とか家とかに秘密があってさ、悪いやつがゆうれいにばけて…人をよせつけないようおどかすんだ!!」

 ここでのび太が言った、“城とか家とかに他人を寄せつけないよう(長居させないよう)ニセ物の幽霊で脅かすいろんなお話”の大きなルーツが、鶴屋南北の「四谷鬼横町の場」なのではないでしょうか。

 

 「ゆうれいの干物」の初出は「小学四年生」1976年8月号、「ゆうれい城へ引っこし」は「週刊少年サンデー増刊」1976年6月15日号でした。非常に近い時期に描かれているわけです。

 この時期の藤子・F・不二雄先生は“幽霊のふりをして家から人を追い出す「四谷鬼横町の場」的なネタ”をとてもやりたい気分だったのかもしれません。

 

 

※備考

 藤子・F・不二雄先生の青年マンガ『中年スーパーマン左江内氏』の「幽霊が団体で」(「週刊漫画アクション」1978年7月27日号)でも、幽霊の格好をした人間が借家人を脅かして追い出そうとする行為が描かれています。

 この話のなかで借家人は左江内氏にこう言います。

 「幽霊の正体ははじめからわかっているのです」「わたしをこの家から追いだそうとして、夜な夜なお化けのかっこうをしておどかしにくるのです」

 それを聞いた左江内氏は

 「落語にそんな話がありましたな」

 と反応します。

 F先生がそういうセリフを入れたということは、“幽霊の恰好をして借家人を脅かし追い出そうとする行為が出てくる話”が古典落語のなかにもあるのでしょうね。それは先ほどから紹介している鶴屋南北作の歌舞伎『盟三五大切』「四谷鬼横町の場」のエピソードを元に落語化したものではないか、と推測します。

 

 

 そうして今日(7月30日・土)、アニメ『ドラえもん』で「しかしユーレイはでた!」(原作はてんコミ37巻に収録)が放映されました。2008年8月に放送された作品の再放送です。今日はこの中編エピソード1本のみのオンエアでした。

 「しかしユーレイはでた!」は、この季節にふさわしい怪談ミステリーです。話のなかで何度悲鳴が聞こえたことでしょう。山奥の自然や山寺の建物といった田舎の風景の描き込みも見どころでした。

 子どものころこの話の原作マンガで「八百長」という言葉を知った、という人もけっこういるようです。