映画『トキワ荘の青春』デジタルリマスター版、2回目の劇場鑑賞

 3月16日のことです。

 映画『トキワ荘の青春』デジタルリマスター版、2回目の鑑賞をしてきました。

 

 ※1回目の鑑賞時の記事はこちらです。

 https://koikesan.hatenablog.com/entry/2021/02/28/164435

 

f:id:koikesan:20210316112422j:plain

f:id:koikesan:20210316144731j:plain

 2回目の鑑賞をした劇場は、前回と同じく名古屋シネマテークです。

 

 前回は後方の席に座ったので、今回は前から2列目の席を選択。座椅子状態の席なので、足を前に投げ出して半分寝そべったような姿勢で観られました。 

 

 映画の本編が始まる前、テラさん役の本木雅弘さんによる舞台挨拶代わりの映像が数分間流れました。そのなかで、本木さんが「定点観測」という語を使っていたことに触発され、私も自分なりに定点観測的な視点を意識して鑑賞しました。とくに、トキワ荘の「廊下」と「玄関前通路のベンチ」に注目してみました。

 

 この映画では、トキワ荘の廊下でさまざまな人間模様が生じます。 テラさんと藤子先生の初対面も、テラさんと石森先生のお姉さんの出会いも廊下でした。

 編集者が廊下に立って、急遽休載となる漫画家の代理原稿を描いてくれる者を募るシーンも印象的。複数の漫画家が住んでいるアパートだからこそ成立する方法です。

 郵便配達員から原稿料(現金書留)を受け取る場所もまた廊下でした。みんながひととおり原稿料を受け取ったなか、受け取るのを待っていた様子の森安先生には何も届いていない……というそのシーンには、幾ばくかのおかしみとともに哀感をおぼえずにはいられませんでした。

 共同トイレから出てきた藤本先生が水野英子先生とばったり対面してドギマギするところ、なんだか好きだなあ(笑)

 空き瓶や食べ終えた出前の食器、古新聞などが置かれているだけで誰もいない、ひっそりとした廊下の情景もよかったです。

 

 トキワ荘の玄関から公共の道路までまっすぐのびる通路があります。トキワ荘ヘ出入りする人のための通路です。通路には塀が沿っています。その塀にくっつくように置かれたベンチに座る人々にも注目しました。

 トキワ荘の漫画家からサインをもらって喜んで帰る少年たちや、シャボン玉遊びをする少女たちがそこに座りました。

 そして、トキワ荘を訪問したつげ義春先生が赤塚先生とこのベンチに座るシーンが、この映画の全ベンチシーンのクライマックスだと感じました。ベンチに座った二人は、テラさんはいい人だと言い合ったのち立ち上がります。トキワ荘をあとにするつげ先生に、赤塚先生は「また来いよ」と声をかけます。ところがつげ先生は「いや、もう、来ないよ…」と去っていくのです。

 この件について、赤塚先生の盟友・よこたとくお先生から直接うかがったことがあります。赤塚先生がトキワ荘へ入居する前の時代(小松川時代)、つげ先生、赤塚先生、よこた先生の3人で頻繁に会っていたそうです。赤塚先生がトキワ荘に入居すると、つげ先生は赤塚先生に会うためトキワ荘を何度か訪問します。しかし、お二人のマンガに対する考え方が違っていって、ある日を境に会わなくなったのです。

 つげ先生は漫画家デビューする前の少年時代にも、一度トキワ荘を訪れています。手塚先生に会うためです。このときつげ先生はプロになる決意を固めたらしいです。

 

 藤子不二雄Ⓐ先生にもつげ義春先生との交遊についてお聞きしたことがあります。つげ先生がトキワ荘を訪れていた件や新漫画党のイベントに参加していた件は知っているものの直接会話をしたことはない、とのお答えをいただきました。

 しかし、つげ先生の『李さん一家』や『ねじ式』や紀行文などは読んでいて、自分らが描くものと傾向は異なるがよい作品だと評価しており、とくに『李さん一家』のラストシーンが印象的だった、と藤子Ⓐ先生はおっしゃっていました。

 

トキワ荘の青春』には、順調に売れていく側となかなか認められない側を対比的に映し出したシーンがいくつかあります。それらのシーンに漂う“自分だけが取り残されている”感じに胸が詰まる思いが……。残酷さすら感じました。

 

 この映画は、そうした群像劇の人間模様とともに、細かいところまで丁寧に作り込まれたトキワ荘のセットにも魅了されます。アパートの屋内外の情景にひたすら見とれてしまうのです。

 当初はトキワ荘の外観用にどこか適当なアパートを探したのだそうです。しかし良いところが見つからず、結局オープンセットを建てたのでした。

 

f:id:koikesan:20210318083214j:plain

トキワ荘の青春』は劇中で流れる昭和の歌謡曲も素敵です。懐かしいムードを高めてくれます。私はあの時代に生まれていないので本来なら「懐かしい」という実感はわかないはずですが、それなのに「懐かしい」と感じてしまうのです。

 なかでも、映画の冒頭とエンディングで流れる霧島昇の「胸の振子」はまことに心に沁みました。藤子Ⓐ先生は、この曲が流れるエンディングを見ると自分がまたトキワ荘時代に戻ったような気持ちになって涙が出てくるそうです。

 

f:id:koikesan:20210318083256j:plain

 桃井かおりさんが藤本先生(藤子F先生)のお母さん役で出演しています。藤子Ⓐ先生は以前から桃井さんのファンだと発言されていましたから、桃井さんにお母さん役をやってもらえる藤子F先生のことをさぞかしうらやましがられたことだろう……と思いきや、桃井さんが「モトオちゃん」と自分の名前を呼んでくれるシーンがあることを喜んでおられました。

 

 

  というわけで、『トキワ荘の青春』デジタルリマスター版、2回目の鑑賞も堪能しました。

f:id:koikesan:20210316152730j:plain

 映画を観たあと無性にチューダーを飲みたくなってコンビニでチューダーのもとを購入(笑)

 

f:id:koikesan:20210316230848j:plain

 この日の夕食時には笹かまぼこを食べました。劇中で石森先生のお姉さんが初めてトキワ荘を訪れたときお持ちになっていた手土産です。そのとき石森先生は留守で、廊下の雑巾がけをしていたテラさんに石森先生のお姉さんが声をかけ、持っていた笹かまぼこはテラさんに手渡されました。

 その晩のことでしょうか、テラさんの手に渡った笹かまぼこは、テラさんの部屋で編集者への愚痴をこぼしまくる森安先生がうまそうに食べることになります。

 石森先生のお姉さんからテラさんを経て森安先生の腹におさまるという、笹かまぼこがたどった少し数奇な経路にちょっとおかしみを感じてしまいました(笑)

 

トキワ荘の青春』を観た帰り、駅でこんなポスターを見かけました。

f:id:koikesan:20210316103509j:plain

 思わず「テラさーん」と声をかけたくなりました(笑)