「旧ドラ」鑑賞記

 今月5日に藤子不二雄ファンサークル「ネオ・ユートピア」主催の藤子アニメ上映会が開催されたことはこのブログでも触れたとおりだが、このイベント最大の目玉は、なんと言っても日本テレビ版『ドラえもん』(通称「旧ドラ」)の上映であった。このアニメの制作に携わったかたのご厚意により、「旧ドラ」全52話(26回)のうち2話を鑑賞することができたのである。


「旧ドラ」は、昭和48年4月1日から9月30日まで日本テレビで放送されたテレビアニメだが、ソフト化されることもなく、近年のテレビで動く画像が紹介されることもなく、1980年代以降は再放送もなく、藤子ファン・ドラえもんファン・アニメファンのあいだでは幻の作品として語られ続けてきた。昭和54年にスタートしたテレビ朝日版『ドラえもん』が人気を博し長寿番組化する流れのなかで、この「旧ドラ」は、〝アニメドラえもん黒歴史〟という扱いさえなされてきたのだった。「作品の出来が悪く人気が出なかっため打ち切られた」などとマイナスの噂が独り歩きする半面、「死ぬまでに一度は観たい」と憧れを語るファンも多く、存在が謎めいている分、毀誉褒貶にさらされてきたとの印象が強い。


 私自身は、放送当時に観た記憶がなく、現在得られる限られた情報を咀嚼しながら、「旧ドラ」のイメージを頭のなかで勝手につくりあげるくらいしかできずにきたが、そうやってイメージを勝手につくればつくるほど、「ああ、実際の旧ドラはどんなものだったのか、この目で確かめてみたい」という気持ちが募っていった。そんな気持ちを抱きつつ、いつか「旧ドラ」を観られるときがくる、と根拠もなく信じてきたのだけれど、〝そのとき〟が思った以上に早く訪れたのだから幸せである。


 上映された作品は、「男は力で勝負するの巻 」と「潜水艦で海へ行こうの巻 」だった。OPとEDも観ることができた。
真佐美ジュンさんのサイトおおはたさんのサイトによると、「男は力で勝負するの巻 」は昭和48年6月17日、「潜水艦で海へ行こうの巻」は同年8月5日に放送されたエピソードのようだ。「旧ドラ」ではドラえもん役の声優が途中で富田耕生さんから野沢雅子さんに交代しているのだが、今回上映された2作品を鑑賞すれば両者の声を聴くことができるという、粋なはからいがなされていた。


「男は力で勝負するの巻」は、「ソノウソホント」を原作にしつつ、その原作を大きくアレンジした内容だった。何よりも衝撃的だったのは、ドラえもんの声である。富田耕生さん演ずるドラえもんの声は、まさに下町のオヤジそのもので、現在われわれが抱くドラえもんのイメージから掛け離れていて違和感ありまくりだった。ドラえもんがしゃべるたびに、会場内は戸惑いの空気と爆笑の渦に包まれた。この声を聴けただけも大満足である。
 ストーリー的には、のび太スネ夫ジャイアンが、自分の父親の腕力を競いあうというもの。まずスネ夫が自分のパパに板を割ってもらおうとするが、パパは、そんな無茶なことはできない、と消極的。そこにスネ夫のママが介入してきたと思ったら、そのママが奇矯な雄たけびを上げて素手で板を割ってしまうという凄いシーンが繰り広げられた。スネ夫のママは空手3段という設定らしい。
 のび太は、ソノウソホントを使ってパパに石を割らせる。そしてクライマックスは、ジャイアンの父ちゃんの場面である。
 ジャイアンの父ちゃんは、空き地に置かれた土管を割ろうと何度も素手で土管を叩くが、まったく割れる気配がない。それでも父ちゃんはめげることなく、かわいい息子の名誉のため、繰り返し繰り返し土管を叩き続け、痛々しいまでに手が腫れ上がってしまうのだった。私は、その光景を観ているうちに、この話はドタバタギャグのなかに横丁人情物のテイストも入っていて、笑いあり涙ありの娯楽作品なんだなあと感じ入った。ジャイアンの父ちゃんの姿はジャイアンに似ているが、ジャイアンよりかなり小さくて、体格だけ見ると子どもみたいだ。
 何はともあれ、ドラえもんのオヤジ声が最大のインパクトを残したのは間違いない。


「潜水艦で海へ行こうの巻 」は、「せん水艦で海へ行こう」を原作にしているが、こちらも大幅にアレンジされていた。
 しずかちゃんの家に居候中のガチャ子が登場したのが、まずは大きな見どころだった。ガチャ子のちゃっかり者なところがよく出ていたと思う。野沢雅子さんが演じるドラえもんは、富田さんの衝撃的な声を聴いたあとだったので、実に無難に聴こえた。
 スネ夫のママが、オープンカーにみんなを乗っけて海までドライブ。それをドラえもんのび太が潜水艦を使って別ルートで追いかけ、海に着いてから全員であれこれドタバタが演じられる。水上スキーのシーンなど動きがダイナミックで見応えがあった。


 今回「旧ドラ」を観た限りでは、ジャイアンよりスネ夫のほうが積極的に意地悪をするタイプで、ジャイアンは少しおっとりとした印象。これは連載が始まった当初の原作に近い性格設定だ。
 スネ夫のママが、空手の有段者で板を割ったり、皆を引き連れて海へドライブに行ったりと、強烈に目立っていたのがまことに印象的。



「旧ドラ」に関しては、失敗作だった駄作だったとの不名誉な噂がささやかれているが、実際に観てみれば、現在の『ドラえもん』のイメージとは違うものの、原作初期のスラップ・スティックなノリとキャラクターの性格を活かしつつ、独自のアレンジと解釈を施すことで、おもしろい娯楽作品に仕上がっていると感じた。少なくとも、失敗作などというイメージからは程遠いものだった。
「男は力で勝負するの巻」で感じたような、横丁人情物の味わいもよかった。この話で垣間見えたジャイアンと父ちゃんの関係については、「男は力で勝負する」の前に「ガキ大将をやっつけろ」を観ておくと、より深みを感じられるとのことで、いずれ「ガキ大将をやっつけろ」を観られる日がくるといいなあと切に思う。


 放送された時代が近いことや、のび太の声が太田淑子さん、ジャイアンの声が肝付兼太さんだったことなどあって、アニメ『新オバケのQ太郎』のムードを感じさせる部分もあった。『新オバケのQ太郎』は、昭和46年9月1日から47年12月27日まで放送され、正ちゃんの声を太田淑子さんが、ゴジラの声を肝付兼太さんが演じていた。



 2月5日は、いつか観ることができるだろうと信じながらも、一生観ることがかなわないかもしれないと悲観することもあった幻のアニメ「旧ドラ」を、ついに、本当に、確かに観ることができた記念日として、鮮烈に記憶に刻み込まれることになるだろう。