藤子マンガと魔女狩り

 先日、名古屋市博物館へ「魔女の秘密展」を観に行きました。全国巡回している展覧会で、名古屋市博物館では7月18日(土)から9月27日(日)にかけて開催されました。
 
 
 
 魔女の歴史と真実に触れられる品がいろいろと展示されていて、見応えがありました。

 第1章「信じる」
 第2章「妄信する」
 第3章「裁く」
 第4章「想う」

 以上の4つのコーナーに分かれ、その順路を歩くことが魔女の歴史をたどることになるのです。第1章から第3章にかけては、魔女が忌み嫌われながらも受け入れられていた時代から、魔女が人々の不満や憎悪の対象となり、やがて魔女狩り魔女裁判が行われていくまでの歴史。そして第4章は、魔女裁判が終わって以降の魔女のイメージに着目する展示でした。すなわち、魔女狩り魔女裁判が今回の展示の中軸にあったわけです。


 第1章「信じる」では、魔女が起こす災いを避けるための各種道具が展示されていました。解説文に「中世・近世の世界では、魔術や神秘的な力は日常の生活と結びついていました。現在では科学的に証明できる事柄も、当時は魔術や神によるものと考えなければ説明できなかったのです。」とありました。当時の人々はそんなふうに感じていたものですから、良いことも悪いことも魔術や神など神秘的な力が働いていると信じていました。
 ですから、悪いことを引き起こす魔女から身を守るのはとても切実な問題で、そのためにいろいろな道具を使っていたのです。今回の展示品で言えば、「魔除けの処方箋」「ブレーフェルル(護符)」「お守り紐」「モグラの前脚のお守り」「飲むお札」「五芒星のゆりかご」などがそんな品でした。
 また第1章では、錬金術に関する資料もいくつか展示されていました。解説の言葉を借りれば、錬金術とは「中世、近世のヨーロッパで流行した卑金属から金を科学的な方法で精製する術のこと」です。多くの錬金術師にとって、その真の目的は自然界の秘密を明らかにすることであり、現在では錬金術がのちの化学の基礎になったと言われますが、当時の人たちには魔法のように感じられていたそうです。
 1700年の地球儀と天球儀もありました。「16世紀になると、地球儀と天球儀が一対のものとして作られるようになりました。地球儀と天球儀は、新しい科学的な世界像を明確に示していたので、以後、教養や常識、啓蒙精神を表すものとされました」「地球儀と天球儀は、教会の抑圧にもかかわらず、ガリレオ・ガリレイヨハネス・ケプラーらによって発展してきた学問上の革新にも役立ちました」と解説。
 こうした各種展示品や解説を見ていて真っ先に思い出したのが、『大長編ドラえもん のび太の魔界大冒険』です。この作中で、のび太出木杉に魔法は本当にあるのか?と訊いたとき、出木杉が答えた説明が、まさにこの展示と重なり合うのです。

・魔法も昔はちゃんと学問として研究されていたんだから。
・昔の人びとは、世界は人間以上の大きな力で動かされていると考えた。神とか悪魔とか精霊とか。彼らは、その大きな力が自分たちになにをあたえようとしているのか、幸福か……災いか……、それを知りたいと思った。
・古代バビロニア人は「占星術」を発明した。星の動きで運命を占おうというわけだ。これが現代の天文学の基礎になったんだよ。
・「錬金術」なんて学問もあった。ほかの鉱物を金に変える術だ。成功はしなかったが、さまざまな実験が化学の進歩に大きく役だったんだ。

 出木杉はそうした説明をして、「だから科学も魔法も根はひとつなんだよ」とまとめます。
 根がひとつなのに魔法が廃れたのは、あとから発達した科学がそれまでの迷信のウソを徹底的に暴いてしまったからです。それで魔法は息の根を止められたのです。
 私はこのくだりを初めて読んだとき、目から鱗が落ちるような感覚を味わいました。のび太は、科学ではなく魔法のほうが発達すればよかったのに、と思います。科学文明じゃなく魔法文明が栄えていたら…。その“IF”の発想が、『のび太の魔界大冒険』の舞台となる“魔法の世界”“魔界”へとつながっていくわけです。
 そんなわけで、今回の展覧会では『のび太の魔界大冒険』のバックグラウンドとなった知識を、実物を見ながら学習・再確認できる機会となったのです。今回の展示品にあった地球儀・天球儀と似たものが、魔学研究者・満月博士の邸宅の中に置いてありましたし、満月博士の娘・美夜子さんが魔力を防ぐための結界として五芒星を使う場面もありました。


 さて、出木杉の説明によれば、学問として研究されてきた魔法が廃った理由は、あとから発達した科学のせいだったわけですが、出木杉はそれ以外にも理由を述べます。
「魔法ってのは悪魔の力を借りる術だと思われたんだね。神にそむく学問だということになったんだ」「十五世紀から十七世紀まで徹底的な魔女狩りがおこなわれた。魔法を使った者、使ったとうわさされた者をかたっぱしから捕え、拷問し、死刑にしちゃったんだ」と。
 今回の「魔女の秘密展」では、第2章・第3章がちょうど、出木杉がしたその説明に関連する展示内容でした。第2章は「妄信する」…。「近世(16世紀‐18世紀頃)になると、それまで魔女というものを嫌っていながらも受け入れていた世界が一変します。魔女が人々の不満や憎悪の標的となり始めたのです」と解説がありました。当時ヨーロッパで発生した戦争や不作やペストなどの災いは、あれもこれも魔女のせいだと妄信され、それが魔女狩りへと進んでいくのでした。


 第3章は「裁く」…。「裁く」とは、魔女裁判のことをさします。魔女狩りで魔女だと告発され捕えられた者は、裁判にかけられます。審問官は被告人を厳しく尋問し、どんなことをやったのか細かく調べます。しかし、魔女であることを証明するのはとても難しいため、被告人が魔女であると判決をくだすのに最も必要とされたのは自白でした。自白を引き出すために苛烈な拷問が行われたのです。
 魔女裁判は、法的には公正な方法で進められなければなりません。拷問は自白を引き出すための正当な手段、と考えられたのです。
 拷問に耐えられず自白する者が大勢出ました。もちろんその人たちは客観的に見れば魔女であるわけがないのですから、無実の罪で処刑されたことになります。魔“女”といいますが、魔女とされたのは女性に限りません。それでも大半は女性だったのですが…。
 魔女裁判で使われた拷問具の展示はやはり強烈な印象でした。歯を折り顎を砕く「苦悩の梨」とか、指を潰す「親指締め」とか、トゲだらけの拷問椅子とか…。


T・Pぼん』の中の一つのエピソード「魔女狩り」で、セリーヌという15歳のフランス少女が魔女狩りにあって拷問にかけられます。彼女は苛烈な拷問に耐えきれず魔女だと自白、火あぶりに刑に…。
セリーヌの場合はタイムパトロールのおかげで助かったのですが)こんなふうに、無実でありながらひどい拷問に耐えられず自白する者が、現実に大勢いたのです。現代の魔女研究によると、15世紀なかばからの300年間で、およそ6万人強が魔女として処刑されたそうです。


 魔女狩りと藤子作品という観点では、SF短編『アン子、大いに怒る』と、それをプロトタイプとして膨らませた連載作品『エスパー魔美』も思い出します。アン子も魔美も超能力少女ですが、魔女狩りで火あぶりの刑に処された先祖がいるのです。
 アン子の母親は由緒正しき魔女の名門の家系。遠い先祖はギリシアテッサリア地方の出らしく、18世紀にアメリカのサレムに移住。「中世におこなわれた魔女狩りでは、火あぶりにされたご先祖もいる」そうです。
エスパー魔美』の「勉強もあるのダ」というエピソードで、魔美の先祖について語られます。パパが魔美の担任の先生にこんな話をするのです。

・パパ「わたしの祖父がやはり画家なんですが……明治42年フランスへ留学しましてね、フランス女性と結婚してかえったんですよ。国際結婚のはしりってわけですな」
・先生「なるほど、魔美くんのみごとな赤毛は隔世遺伝ですか!」

 つまり、魔美の曾祖母がフランス人だったわけです。
 そして、同じ回でパパは魔美に「うちのフランスのご先祖には火あぶりになった人がいたそうだ」と伝えます。


 現代でも、本物の超能力者が公の場に出たりすれば、魔美のパパが言うように、最初はちやほやと脚光を浴びても、やがて恐れや嫉みもあって異端視され、迫害され、魔女狩りのようなことが起こるかもしれません。 パパのセリフ「人間には先天的に自分とは毛色のちがうものをきらう性質がある。エスパーもけっしてかんげいされないだろう」は胸に刺さります。自分にも先天的にそういう性質があるのだと用心して、そういう性質が表に出そうになったときにはできるかぎり理性的でありたい、と思うのでした…。


 
 ・写真撮影コーナーに魔女が乗るほうきが!
のび太の魔界大冒険』には、人々がほうきにまたがって空中を飛ぶ場面がいくつもあります。のび太もしもボックスでつくった魔法世界では、一般の子どもたちも空飛ぶほうきに乗っており、ほうきで遠乗りすることを「ホーキング」と呼んでいます。空飛ぶほうきは、我々の世界から見たら自転車のような手軽な乗り物なのでしょう。魔界のメジューサに追われたのび太ドラえもんはほうきに乗って逃げますが、その状態で石にされてしまいます。その石化される場面も強い印象を残します。
 そして、空飛ぶほうきといえば、『ドラえもん』の「魔女っ子しずちゃん」(てんとう虫コミックス26巻)がどうしたって思い出されます! しずちゃんは、竹ぼうきで庭を掃除している最中、自分が魔女っ子しずちゃんになった場面を夢想します。小さなころから魔女に憧れていたのです。魔法を使って困っている人を助けてあげたらどんなに楽しいだろうかと。
 それを聞いたのび太ドラえもんに頼んで、しずちゃんを魔女っ子にしてあげるわけですが、しずちゃんは空飛ぶ道具としてタケコプターを拒みます。ほうきで飛びまわって、かわいそうな人を探したいと言うのです。その理由は「サリーちゃんもメグちゃんもララベルも、みんなほうきにのってるわよ」…。アニメで観た憧れの魔女っ子たちに影響を受けているのですね。
 それでドラえもんは、無生物さいみんメガホンで普通のほうきを空飛ぶほうきにし、四次元ポケットをまるごとしずちゃんに貸して、魔女っ子にしてあげたのです。
 喜んでほうきにまたがって空を飛んでいたしずちゃんが、ちょっとつらそうな顔で地面に降りてきて、「長い間のってるとどうも……」「サリーちゃんもメグちゃんも、いたかったのかしら」とつぶやく場面は、ほうきにまたがって飛ぶときの現実的問題を突きつけてきてハッとさせられます(笑)