瀬名秀明『この青い空で君をつつもう』

 小説家の瀬名秀明さんからご恵贈いただいた新作小説『この青い空で君をつつもう』を読了しました。(読了したのはもう何日も前ですが、ここに感想をアップするのが遅くなりました。10月19日に発売された本です)
 
 瀬名秀明流の青春ラブストーリーです。作品の舞台は、瀬名さんの故郷(静岡市)がモデルになっています。出てくる高校も瀬名さんの母校がモデルです。


 もういなくなった大切な人とどんなかたちで再会できるのか…。もう蘇ることのない人と未来を共有するには、どんな道があるのか…。
 裏を返して言えば、
 もういなくなった人はまだ生きている大切な人とどんなかたちで再会することができるのか…。蘇ることのない人が未来とつながるには、どんな道筋があるのか…。


 現実には、死んだ人は生き返らないし、人は時空を超えて過去や未来へ行けないけれど、それでも、もういない人の存在がありありと感じられるような未来はあるうるのか…。いなくなってしまうその人が、まだ自分がそこにいるんだと信じられる未来は可能なのか…。
 そんな希望的な未来の可能性を信じさせてくれる人物や世界や道筋があることのすばらしさを、この小説から感じました。
 全体をつらぬくキーアイテムは折り紙です。折り紙を軸に物語が展開します。折り紙を折るシーンや折り紙に関する情報が多く出てきます。


 瀬名さんから「この小説は一種のドラえもん小説…」といった言葉をいただきました。 
 「本書を、故 藤子・F・不二雄先生に捧げる」という献辞の添えられた『八月の博物館』、藤子・F・不二雄先生の原作を独自の掘り下げ方でノベライズした『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団』に続く、瀬名さんの藤子Fオマージュ小説としてこの『この青い空で君をつつもう』を読んだ場合、アニメ『ドラえもん』の声優交替以降を受けて書かれているところが興味深いです。主人公の女子高校生が、声優交替後の『ドラえもん』になじんだ世代なのです。
 主人公は水田わさびさんの『ドラえもん』になじんだ世代ですが、そのお父さんが語ったドラえもん観に心を惹かれました。
ドラえもんというのはな、その人が子供のころ見たものがその人にとっての正解なんだ。ぼくは漫画から入ったから“のび太”“しずちゃん”だが、いまの子たちなら“のび太くん”と“静香ちゃん”だろう。いまの子たちにはそっちが正しい。子供のころふるさとで接したドラえもんが、いつでもその人にとっては本当のドラえもんなんだ」
 それぞれの人にとってそれぞれに正しいドラえもんがあって、それをお互いに尊重し合う…。世代やその他の差異を超えて「ドラえもんが好きだ!」というその一点でつながり合えれば、それはすばらしいことではないか、という精神が感じられます。

 この小説の中で『ドラえもん』に直接言及される場面は限られていますが、すべてを読み終えたとき、『ドラえもん』が本作のテーマに深いところで影響を及ぼしていることを得心できます。とくに、現在のアニメ『ドラえもん』の主題歌『夢をかなえてドラえもん』と、大山のぶ代さん時代の初代エンディングソング『青い空はポケットさ』の歌詞が小説のテーマと感動的に手を握り合っているように感じました。