「時限バカ弾」「あらかじめ日記はおそろしい」レビュー

 7月21日(金)のアニメ『ドラえもん』で、本編の合間に「ドラミちゃん復活プロジェクト」第1弾が放送された。新生ドラの声優オーディションをレギュラー5人分すべて受けて落選したタレントさんが、ドラミちゃんで声優に再挑戦するという。来週の放送でドラミちゃんの新声優が発表されるようだ。新声優の正体に関しては、今回だけでも結構ヒントがちりばめられていて、そのヒントを見た限りでは、たぶん芸名が漢字2文字の、ドラえもんが好きだと公言している女性タレントだと思う。
 そして9月1日、いよいよドラミちゃんが新生ドラに登場するらしい。



●「時限バカ弾」
【原作】

初出:小学三年生昭和60年7月号
単行本:てんとう虫コミックス第41巻

 本作は、すでにもう、このサブタイトル(=ひみつ道具名)が文字通りばかばかしくて、突き抜けたインパクトがある。時限爆弾をもじって〝時限バカ弾〟だなんて、本当にくだらなくて、でも異様に可笑しくて、こんなサブタイトルの『ドラえもん』があると思うだけで底抜けに明るい気持ちになれる。
 そして、その時限バカ弾の用途というのが期待を裏切らないから、また素晴らしい。これを仕掛けられた人は、時間が来て時限バカ弾が爆発すると、思い切りバカなことをやってしまうのだ。そのバカなことをやっている姿が、また見事にばかばかしくて、ナンセンス色の強かった初期『ドラえもん』を彷彿させながら、大きな笑いを喚起する。



 ママが、イっちゃった表情で「オッペケペッポー ペッポッポー」などと叫びだし、ジャイアンが「ギッチョンチョンノパーイパイ」と声をあげ、最後にのび太が鼻水をたらしつつ「ナンジャラモンジャラホニャラカピー」とやるわけだが、こうしたイっちゃった感と描き文字による支離滅裂な奇声を見ると、藤子A先生の破壊的ナンセンスギャグマンガ『狂人軍』の世界を思い出す。まあ、『狂人軍』のキャラたちは、時限バカ弾などなくても、日常的にイっちゃってるのだけれど。



 出木杉がバカなことをやってくれれば、普段とのギャップで、ママ・ジャイアンのび太のバカっぷり以上に鮮烈な笑いを生むだろうが、本作ですら出木杉の優等生的イメージが壊されることはなかった。その代わり、出木杉のお母さんが時限バカ弾の被害にあい、姿は見えずとも「パッパラパー」と奇声を発して、バカをやる人々の仲間入りを果たした。たしか、『ドラえもん』のなかで出木杉のお母さんが出てくるのはこの話だけだったと思うので、出木杉のお母さんの姿を見ることはできないことになる。出木杉のお父さんは、てんとう虫コミックス第36巻「貸し切りチップ」で顔を出している。 それにしても、出木杉のお母さん、ようやく作中に登場したと思ったら、声だけの出演、しかもバカをやっている声、というのは少し気の毒ではないか…



 ママやのび太らがバカなことをやる場面のインパクトが強すぎて印象に残りにくいが、冒頭でのび太が繰り出す「映像がええぞー」「大スクリーンより、アイスクリームのほうが…」という駄じゃれも相当ばかばかしい。そんな駄じゃれを言ったのび太を見るしずちゃんのしらけた表情が、ラストのコマでバカになったのび太を見る彼女の表情と似ていて、いくらバカなことをやってもしずちゃんに笑ってもらえないのび太が、ずいぶんかわいそうに思えてくる。



 出木杉が、「東京ディズニーランドへいってきたよ」と話す場面がある。東京ディズニーランドが今回のアニメでそのまま使われるか、ささやかに注目。




【アニメ】(ひょうきんな出木杉!? コチコチコチ…ボン! 時限バカ弾)


・「東京ディズニーランド」は、「東京サイエンスパーク」に変更された。東京サイエンスパークでは、未来の乗り物や宇宙旅行シュミレーション、恐竜の実物大模型などを楽しめるようだ。


・今回のキャラクターの絵、とりわけのび太の表情が、時限バカ弾でバカをやるところ以外でも、豊かでナチュラルに描写されていて、結構いい感じだった。作画監督の個性だろうか。


・時限バカ弾でバカをやるところは、原作では誰もがイっちゃってる感たっぷりだったけれど、アニメでは皆、ひょうきんで愛嬌があるバカっぷりといった印象だった。そのなかで最高に弾けていたのは、のび太のママだろう。厳しい説教をしている最中、いきなりテーブルの上で四つんばいになり「ベロベロバー」、そのあと原作どおり「オッペケペッポー」とか「アジャラモクレン」と叫びながら、数々の意味不明ポーズをとっていく。コサックダンスまで踊っていた。


・終盤、しずかちゃんの部屋で出木杉が、人間が物を立体的に見られる理由を解説。そのさい「目が顔の横についている馬や鹿は、奥行きがほとんど分からない」と語った。この、馬と鹿をさりげなく混ぜ込むことで〝時限バカ弾〟とひっかけた台詞がうまかった。


・ラスト、時限バカ弾をくらってバカをやるのび太を見たしずかちゃんが、「バッカみたい」と一言。きつい!




●「あらかじめ日記はおそろしい」
【原作】

初出:小学二年生昭和52年9月号
単行本:てんとう虫コミックス第16巻など

 小学生のころ〝あらかじめ日記〟という道具名に強く魅惑されていた。〝事前に必要な手段な講じておくこと〟を表す副詞〝あらかじめ〟という語が、なぜか異様にカッコよく感じられ、この語に〝日記〟を付けて〝あらかじめ日記〟としたネーミングセンスにグッと心をつかまれたのだ。前もって未来の日記をつけておくと書いた内容が必ず実現する、という機能にも感心し、「ああ、あらかじめ日記がほしいなあ」と思うことがたびたびあった。ほかにも便利なひみつ道具はたくさんあるのに、私のなかではあらかじめ日記の存在感が相当大きかったのだ。



 この話は、全部で7ページしかないが、その短いページのなかにムードの変転・心理の起伏がぎゅっと詰め込まれている。序盤であらかじめ日記のバラ色の便利さが描かれたかと思うと、その後すぐ、あれ?ちょっと様子がおかしいな、とムードが転調してきて、ついに「おそろしい」「気味が悪い」と、のび太の心理が明示される。そして終盤、スネ夫があらかじめ日記に「のび太ジャイアンになぐられ、しずちゃんにくびをしめられ…… ライオンに食べられる」と書いたことで、おそろしさが本格化し、スネ夫が書いた内容の一つ一つが実現することで、そのおそろしさが増幅していく。
 最後から2コマ目、「それはもうどうしようもない!」と絶望的にあわてふためくドラえもんのび太の様子で恐怖が最高潮に到達。そのすぐ次にくる最終コマで、最高潮に達した恐怖が一気に安堵に転じるのだが、そこでただ素直に安堵が描かれるわけでなく、あらかじめ日記を燃やしながら淡々とした表情で「だからやりすぎるなといったんだ」とつぶやくドラえもんや、ライオンに食われる恐怖を味わいながらもまだあらかじめ日記への未練を語るのび太が、同じコマのなかで一度に描写され、安堵以外の様々な要素が入り混じるのだった。
 この最終コマは、一種独特の後味を残す。とくにドラえもんの表情と台詞、燃えて消失しつつあるあらかじめ日記が、どこか突き放した印象をもたらし、なんとなく侘しさも感じられて、奇妙な情感が心に刻まれる。



 空から雨じゃなくて飴が降ってくるところは、おそろしい後半部に入る前の、ファンタスティックで夢のある場面だ。




【アニメ】(なんでも思い通りの夢道具!? あらかじめ日記はおそろしい)


スネ夫があらかじめ日記に「のび太がライオンに食べられる」などと書いたのち、アニメだけの追加シーンが長めに続く。ライオンに追われるのび太と、あらかじめ日記を探すドラえもんのエピソードを、ユーモラスかつスリリングに見せてくれた。
 のび太の首をしめるしずかちゃん、原作ではなわとびを跳ぼうとして縄をのび太の首にひっかけてしまうが、アニメでは毛虫に驚き、思い余って両手でのび太の首をしめてしまう。そのさい、しずかちゃんの口が異常に大きく開けられて、目を奪われた。



・オチは、まだ懲りずに新しいあらかじめ日記を欲しがるのび太に、「もうい〜、いらない〜」と言わせるものだった。
 のび太があらかじめ日記に未練を残したまま終わる原作が醸した余韻はなくなり、のび太の気持ちをきっちり片づけてから終わらせた格好だ。