「つめあわせオバケ」「どっちがウソか!アワセール」レビュー

 7月28日(金)のアニメ『ドラえもん』で「ドラミ復活プロジェクト」第2弾が放送され、ドラミちゃんの新声優が千秋であることが明らかにされた。さらに、千秋がドラミちゃんの声を何度発しても音響監督から駄目出しをくらうという根性もの仕立ての寸劇が展開された。この寸劇、次回へ続くようだ。



●「つめあわせオバケ」
【原作】

初出:小学四年生1980年9月号
単行本:てんとう虫コミックス第31巻など

「つめあわせオバケ」をひととおり読んでいくと、スネ夫のび太に対する執拗な意地悪ぶりが目にとまる。
 いつもは別荘に誘ってくれないスネ夫が、今回は珍しくのび太を誘ってくれた。どうやらスネ夫は、肝試しをしてのび太を怖がらせ、笑いものにしようと企んでいるらしい。確かめてみると、案の定、ジャイアンとともにのび太を怖がらす計画を立て、その日が来るのを楽しみにしているのだった。
 皆が別荘へやってくると、スネ夫は要所要所でのび太への意地悪を忘れない。皆で泳いでいるのに一人だけ砂浜で遊ぶのび太に対し「お〜い、のび太はどうして泳がないの」と大声で尋ね、クーラーも扇風機もない別荘内で友達にうちわを配りながら「のび太のぶんはなかった」と言い放ち、夜の肝試しでのび太の番になったら「あれ、電池がきれたらしい」とのび太に懐中電灯を使わせず、という徹底ぶりである。肝試しを企画してのび太を怖がらせようとした行為そのものより、こうした事あるたびの執拗な意地悪のほうが悪質に感じられる。



 肝試しといえば、個人的には小学5年生の林間学校を思い出す。ふだんクラスの中で威張っていた●●くんが、肝試しで自分の番がまわってくる寸前に泣きだしてしまったのだ。私はその姿に驚き、「な〜んだ」と少しホッとしたのを憶えている。




【アニメ】(うらめしやー、肝だめしを切り抜けろ! つめあわせオバケ)


・冒頭、珍しくスネ夫の別荘に誘ってもらえたのに嘆き悲しんでいるのび太に対し、ドラえもんが口を縦長にあんぐり開けるところが笑えた。


・目の前に一つ目・一本脚の唐傘オバケが出現しても何の驚きも見せず、「助かったわぁ」と喜んで唐傘オバケをさして外出するママ。その平然とした態度がいい。


・肝試しのシーンが、原作より綿密に描かれた。肝試しのルールは、神社の石段をのぼって境内を通り、本堂の賽銭箱の上にある茶碗を取って鐘楼の台座に置いてくる、というものだった。
 のび太の番になると、スネ夫ジャイアンまでスタート地点からいなくなるので、しずかちゃんはその場に一人ぼっち。そんな寂しい状況に置かれたしずかちゃんの心細げな様子がちらりと描かれたので、のび太が肝試しから無事帰還したとき、二人が両手を広げながら抱き合わんばかりに駆け寄った気持ちが理解しやすかった。二人が駆け寄っている最中、二人の間にどこでもドアがいきなり出現し、のび太がそこにぶつかるところは可笑しかった。




●「どっちがウソか!アワセール」
【原作】

初出:小学五年生1980年7月号
単行本:てんとう虫コミックス第38巻

 冒頭。セミをたくさん捕った幼い子ども二人が、のび太に尋ねる。「そこのおにいちゃん、とれた?」と。のび太は「アハハハ、セミとりなんてぼくはそんなこどもみたいな遊びはやらないの」「それにさ、楽しくとびまわっているセミをとるなんて、かわいそうじゃないか」と答える。そんなことを言いながら、実はのび太も、虫捕り網と虫かごを持ってセミ捕りに来ていたのだった。
 のび太が幼い子どもに語ったその負け惜しみを見ると、ちょっとばかり、イソップ童話の『すっぱいぶどう』を思い出す。藤子・F先生の異色短編『権敷無妾付き』の最終コマで主人公の朴念寺氏が娘に読み聞かせている作品だ。
 腹を空かしたキツネが鈴なりに実った山ブドウを見つける。しかし、山ブドウは高い木の上になっていて、手が届かない。それでキツネは、「ふん、きっとこの山ブドウは、とってもとすっぱくてまずいのさ」とつぶやいてその場を去っていく… そんな話である。
 キツネは自分自身に言い聞かせ、のび太は他者に向かって語っているのだが、両者とも、本当はその物が欲しかった自分の気持ちをごまかしながら、それを手に入れられなかった結果を無理やり正当化しているところが共通している。のび太は、本当はセミをたくさん捕りたかったし、キツネは、本当は山ブドウを腹一杯食べたかったのに、両者は、その欲求が満たされなかった現実に対し、自分の気持ちを粉飾するような欺瞞的な理由を与え、自分に到来した不本意な状況を合理化しようとしたのだ。
 それでものび太は次の場面ですぐ、「(欲しかったセミを)一ぴきもとれなかった」と落胆した態度をとって、自分の気持ちに正直な反応を見せているからまだ健全だが、『すっぱいぶどう』のキツネのような心的態度をとりつづけ、自分の欲求をごまかしつづけていると、そのうち精神的な歪みを生じさせることにもなりかねない。哲学者の永井均氏は、「あのブドウはすっぱくてまずい」と自分をごまかす心理を、「そもそも甘いブドウを食べるのは健康に悪い」「甘いブドウを食べない生き方こそ正しい」などという思想や価値観にまで進展させてしまったら、その人はルサンチマンにとらわれたことになると述べている。ルサンチマンとは日本語にすれば「怨念」とか「恨み」といった意味だが、永井氏の定義によると「現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想像上の復讐によってその埋め合わせをしようとする者が心に抱きつづける反復感情」ということである。



 ひみつ道具アワセールの効力で、誰も彼もが、セミは木の上に巣をつくり親がタマゴをあたためる、それが常識だ、と当たり前のように語るものだから、それを聞いたスネ夫は、“セミの幼虫は何年もかけて土の中で育つ”という、自分が信じていた常識を覆されつつあった。それでも頑なに「い〜や、ぼくが正しい!世の中がおかしいんだ」と自分を信じ続け、自分の目で事実を確かめようとする。しかし、アワセールの効力はセミの生態にまで及び、スネ夫セミが木の上に巣をつくるシーンを目の当たりにする。自分の常識が完璧に否定され、立ち直れないほどショックを受けるかと思いきや、当のスネ夫は、そのセミの生態を観察ノートにとって「夏休みの宿題にしよう」と平然と言ってのけるのだから、彼のちゃっかりした性格や適応能力は並大抵ではない。




【アニメ】(そっちがウソでこっちがホント? どっちがウソか!アワセール)


・冒頭に登場する幼い子ども二人、原作では純朴そうな性格だったが、アニメでは負け惜しみを言うのび太の心理を見透かしてニヤニヤ笑うような、小憎らしいところがあった。


・大真面目にセミの巣箱を設置したのび太に対し、ドラえもんが口を縦長にあんぐり。Aパート「つめわせオバケ」でも同様に口をあんぐり開ける場面があったので、その映像が思い出されて、面白さが倍化した。


・しずかちゃん、ジャイアン、(スネ夫の)ママの話によって、セミをめぐる自分の常識がひっくり返されたスネ夫に、アニメではさらなる試練が待ち受けていた。揺れる町内の風景は、夏の暑さとともに、スネ夫の常識のぐらつきを表現しているようだった。
 そこでスネ夫が目撃したのは、出木杉セミの輪唱を指揮し、先生の飼うセミが人間の言葉を話す光景であった。そんなシュールな異常世界を体験したスネ夫は、最後、セミのつがいが巣に産卵し子育てするさまを見て、「いのちって感動的!」と生命の神秘に深く感銘する境地に到達。そのとき、バックの柄がピンクに染まり、白い花が舞って、スネ夫の(やけくそぎみな)悟りの境地が効果的に演出されていた。




※『ドラえもん』関連本の新刊情報


●ビッグ・コロタン103『ドラえもん深読みガイド てんコミ探偵団』が、7月24日(月)から発売中
ドラえもん専門誌『ぼく、ドラえもん』『もっと!ドラえもん』に連載された「てんコミ探偵団」「てんコミ探偵団プラス」の内容に新しい記事を加えた、『ドラえもん』解説本。


ぴっかぴかコミックスドラえもん』第13巻が、8月1日(火)発売予定
収録作品11話中、6話がてんとう虫コミックス未収録作品(うち完全未収録は3話)。(ネオ・ユートピアMLの情報)


●別冊コロコロコミック増刊『ドラえもん総集編』2006夏号が、8月17日(木)ごろ発売予定
ドラえもん』を29本収録(おそらく、29本とも、てんとう虫コミックス収録済みの作品)。『みきおとミキオ』を特別収録。