時間ループもの、いろいろ

 今年の1月から4月にかけて放送され話題になったアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』全12話のうち、第3話まではすでに視聴済みだったのですが、それ以後の話をこのたびようやく観終えました。私のなかでは、第5話・6話あたりから我然盛り上がってきて、その後ぐんぐんと引き込まれていった感じです。
 学園・家庭など日常圏内を舞台にした、かわいらしい絵柄の魔法少女もの……でありながら、しだいにハードかつダークな話になっていきます。さまざまな真実が明らかになっていく構成、それにつれて見え方が変化していくキャラクター像や世界観、物語の終盤における壮大な時空間的広がりなどに心惹かれました。
 非常にかわいらしい絵柄でこんなにもハードな物語を描いた、というところも魅力的です。
 ダークファンタジーであり、SF的な面白さも感じられて、第1話から最終話まで観てよかった、と思える作品でした。
 
 ・『魔法少女まどか☆マギカ』が表紙を飾る雑誌


魔法少女まどか☆マギカ』を通して観ていた最中のある日、散乱した部屋を整頓していたら、これが出てきました。
 
時をかける少女』(大林宣彦監督、1983年)と『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(押井守監督、1984年)のVHSソフトです。紙パッケージで定価が14800円/14000円…と高額なところが時代を感じさせます。懐かしいなあ、と思いながらこの2作品を観返しました。(私はこのソフトを定価で買ったわけではなく、後年中古で購入しました)



 たまたま同じ時期に鑑賞した『魔法少女まどか☆マギカ』『時をかける少女』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の3作ですが、これらの作品は“時間ループもの”という共通項があります。
 時間ループものとは、簡単にいえば、作中人物が同じ期間(同じ1日間とか、同じ1ヶ月間とか、同じ10年間とか…)を何度も繰り返し体験するさまを描いた作品のことです。
魔法少女まどか☆マギカ』では、特定の1ヶ月間を何度も反復するエピソードが見られますし、『時をかける少女』の主人公は、現在から数日前へとタイムリープしてその数日間を反復します。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は、学園祭の前日がずっと反復してしまう話です。


 近年のアニメの時間ループものでは、『涼宮ハルヒの憂鬱』(2009年版)のなかの「エンドレスエイト」がよく知られた作品かと思います。ほぼ同じストーリーを8回続けて放送する、などというとんでもないことをやって物議を醸しました。
エンドレスエイト」は、作中人物たちが8月17日から31日までの2週間を何度も何度も反復する、という話なのですが、その反復する同じ2週間の出来事が、丹念に、というか、執拗に、というか、8回にわたって放送されたのです(絵や声などは毎回新たなものになっていますし、細かいところで違いはあるのですが、ストーリーはほぼ同じ)。
 私はその8回分すべてを観たわけではないのですが、リアルタイムで視聴していた人は、いったいいつまで続くんだ、と驚いたり呆れたりげんなりしたことと思います。あるいは、そんな前代未聞の試みを評価した方もいらっしゃるでしょう。
 作中人物の会話によると、同じ2週間が15532回も反復したということですが、その15532回の反復のうちの8回がアニメで律義に描写されたわけです。(原作での反復数は、15498回)
 角川スニーカー文庫涼宮ハルヒの暴走』所収の原作小説(谷川流・著)を読みましたが、こちらは短編作品でして、15498回も反復する2週間の出来事のうち、ラストの1回のみが描写されています。
 
 ・角川スニーカー文庫涼宮ハルヒの暴走


 そうした時間ループのアイデアは、古今東西の多くの物語で使われています。作品名を挙げていったらキリがないでしょう。ここでは、私が鑑賞して面白かった・印象深かった時間ループものの小説・映画・マンガを取り上げてみます。(ここで言う時間ループものは、作中人物が最初の時間軸を体験したあと、少なくとも2回以上同じ時間を反復している作品とします)


 小説では、北村薫さんの『ターン』や、乾くるみさんの『リピート』が面白かった。
『ターン』の主人公は、ある決まった時刻が訪れると前日の決まった時刻に戻ってしまい、何度も同じ1日間をやり直さなければなりません。『リピート』では、作中人物たちが10月30日になると同じ年の1月13日に戻り、その9ヶ月半の間を何度も反復します。『リピート』にはささやかな藤子ネタがあって、作中人物が“ワームホール”という概念を説明するくだりで、どこでもドアが引き合いに出されます。
 
 ・新潮文庫『ターン』と文春文庫『リピート』


 私は筒井康隆さんの小説にハマって立て続けに読んだ時期がありまして、筒井版時間ループものである『しゃっくり』や『時をかける少女』も好きです。筒井さんは、日本における時間ループものの書き手の先駆け的なお一人ではないでしょうか。『しゃっくり』なんて、同じ10分間が世界まるごと何度も繰り返す話ですから、そのループのスパンの短さだけもかなり面白いです。午前8時41分から51分までの10分間をループするのです。
時をかける少女』については、先ほども触れましたが私の世代的に大林宣彦監督・原田知世主演の角川映画(1983年)を懐かしく思い出します。それから、2006年に公開された劇場版アニメ(細田守監督)もよかった。原作を大幅に改変したストーリーでしたが、とても楽しめました。
時をかける少女』は、ほかにも何度か映像化されていますね。
 
 ・角川文庫『時をかける少女』の旧表紙(大林宣彦監督の実写映画公開時のもの)と新表紙(細田守監督の劇場アニメ公開時のもの)


 映画作品ではほかに、2004年公開の米国映画『バタフライ・エフェクト』(日本公開は05年)が好きです。主人公が過去に起きた問題を軌道修正することで現在の状況をよくしようとする話です。過去に戻り「よかれ」と思ってやったことが、思わぬところでひずみを生じさせ、時には大きなしわ寄せをもたらす、という展開は、おおまかに見れば、細田守監督の劇場版アニメ『時をかける少女』と共通しているかな、と感じます。
 この映画のタイトルになっている「バタフライ・エフェクトバタフライ効果)」とは、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで竜巻が起こる」といった比喩で表現されるカオス理論の一現象のことです。
 それから、『恋はデジャ・ブ』(1993年、米国)が印象に残っています。主人公は、同じ2月2日をループします。 
 
 ・『バラフライ・エフェクト』のDVDソフト


 時間ループもののマンガだと、萩尾望都先生の短編『金曜の夜の集会』が印象深いです。町ぐるみで繰り返し1年前に戻る話でした。
 手塚治虫先生も何か描いていたような…と思って探してみたら、『ザ・クレーター』のなかの「大あたりの季節」がそれでした。この短編マンガの主人公は、現在から過去へ流れる川を泳いで時間を繰り返します。


 そして、時間SFを得意としていた藤子・F・不二雄先生も、時間ループものを描いています。
 その代表的な一作が『未来の想い出』です。
 主人公の名前は、納戸理人(なんどりひと)。“何度もリピート”をもじったネーミングです。主人公名からして、このマンガが時間ループものであることを示しています。
 中年の漫画家・納戸理人は1991年に突然死して20年前の青年時代(1971年)に戻り、そこからまた1991年まで生きて突然死を迎え20年前へ、と人生を反復します。ループする期間が20年と長めですから、人生やり直しもの、ということもできるでしょう。意識(記憶、魂)が過去の若かりし自分に移って人生をやり直す、というアイデアの作品がいろいろと登場したのは、ケン・グリムウッドの『リプレイ』(1987年、アメリカ)の世界的ヒットの影響が大きいようです。『未来の想い出』も『リプレイ』の影響下で描かれています。


 とはいえF先生は、『リプレイ』よりも前に、たとえば『ドラえもん』のなかで「人生やりなおし機」(1977年)という話を描いています。この話は、現在(=小学生)ののび太の記憶を過去(=幼児)ののび太の身体に移すことで、幼年時代の日々をやり直す、というものです。
 またF先生は、『未来の想い出』の作中でF先生の分身的なキャラクターである納戸理人にこんなことを語らせています。
 「(若返って人生をやり直すという話は)古いね。ファウスト以来、手あかのついた題材じゃないか」
未来の想い出』の物語の基本構造は、『ファウスト』が意識されたものだったのです。F先生は、その『ファウスト』の構成要素を分解して再構成したSF短編マンガ『未来ドロボウ』を1977年に発表しています。
 こうした点から、F先生が『リプレイ』よりずっと前から人生やり直しテーマに強い関心をお持ちだったことがわかります。
ドラえもん』の「人生やりなおし機」も、『未来ドロボウも』も、1977年に発表された作品です。それと、のび太が現在の記憶のまま赤ちゃん時代ののび太に乗り移る「タマシイム・マシン」(『ドラえもん』)という話も、「小学四年生」1977年1月号で発表されています。F先生は、1977年あたりに“若返りと人生のやり直し”というファウスト的テーマに特に関心をお持ちで自身の創作に反映させていた、ということが言えそうです。
(ちなみに、「人生やりなおし機」、「タマシイム・マシン」、『未来ドロボウ』は、今回の記事で定義した時間ループものには当てはまりません)
 
 ・ビッグコミックススペシャル『未来の想い出


ドラえもん』の「ドラえもんだらけ」は、2時間ずつ異なる時間軸を生きる5人のドラえもんが、のび太の宿題を共同で片づけるという目的のため、それぞれが同じ時間を何度も反復するという、変則的な時間ループものです。この錯綜した時間ループのアイデアを、テンポも勢いも抜群の傑作スラップスティックギャグに昇華しており、読むたびに天才的だなと感じます。
 まあ言ってしまえば、『ドラえもん』という作品自体が“のび太たちがずっと小学生のまま、何度も何度も春夏秋冬を繰り返す”というループ構造を持っているわけですが…、これに関しては、ここで言う時間ループとは別次元の問題です。別次元の問題ながら話を続けますと(笑)、こうした構造を持っていて国民的に有名な作品といえば、『ドラえもん』のほかに『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』が思い浮かびます。
ちびまる子ちゃん』の初期の話に、作者の言葉としてこんなことが書かれていました。
 「新学期になったのに、まるちゃんは今年も3年生 なぜって3年生がカワイイから作者がかってに進級させなかったのです(サザエさんをお手本にしました) まるちゃんはずっと3年生だよ よろしくね!!」
 まさにそういうことですね(笑)
 藤子F先生も、ある人から「『のらくろ』の失敗は、毎年ランクが上がったところにある、と言われていますよね。のび太君は、全然進級せずに、永久にあのような形でこれからも続けるつもりですか」と質問されたさい、「ええ、そのつもりです。漫画が始まった時のままで年齢はストップ。その中で何度もお正月を迎えて、何度も夏休みを迎えるんです」と答えています。(『ドラえもん研究 ―子どもにとってマンガとは何か―』南博編、ブレーン出版、1981年)。



 時間ループものをざっと見渡してみると、「作中人物が一度体験した時間をやり直すため、自分の意志で時間ループする話」と、「作中人物の意志とは関係なく勝手に時間ループしてしまって、そのループから脱することが目的となる話」とに大別できそうです。


 追記
 時間ループもののお薦め作品として、複数の知人から、ゲームを原作としたアニメ『Steins;Gate』(シュタインズ・ゲート)を紹介してもらったので、この作品が相当気になっています。現在も放送中の作品のようですね。



●友人からの情報
オトナファミ」10月号に、藤子・F・不二雄ミュージアムの特集記事「特報 すきにふらふら(SF)あそぼうよガイド」が掲載されています。カラー3ページ。ページ数は多くないですが、けっこう細かい情報が載っています。伊藤善章ミュージアム館長のインタビューも読めます。