立風漫画文庫『黒ィせぇるすまん』

 ブログにアップしたい話題がいくつかあるのですが、なかなか記事をまとめる時間的・精神的余裕がなく、今回は5月4日の出来事を今になってアップします。

 今後もこんな調子で、何日・何ヶ月もすぎた話題を遅れてアップすることがけっこう多くなりそうです。

 

 5月4日、ドーン!とチューダーを飲みました。

 このごろは、藤子不二雄Ⓐ先生を偲んでチューダーを飲む機会が以前より増えました。

 

 『笑ゥせぇるすまん』は藤子不二雄Ⓐ先生の代表作のひとつです。『忍者ハットリくん』『怪物くん』と並んで3大代表作とするか、ここに『プロゴルファー猿』を加えて4大代表作とするか、というくらい、膨大な藤子不二雄Ⓐマンガのなかでもこれらの作品は最高にメジャーな位置にありましょう。メディアや催しなどでもこの3あるいは4作品が並び立ち代表作として扱われることが多い気がします。

 むろん、この作品もあの作品も代表作だよ!と各人さまざまに意見がありましょう。けれど、いま挙げた4タイトルが“メジャー作品”という観点ではまず定位置にあると感じます。

 

 そんな藤子Ⓐ先生の代表作である『笑ゥせぇるすまん』を私が初めて読んだのは、テレビアニメ化される前の『黒ィせぇるすまん』というタイトルだった時代、立風漫画文庫版(全1巻)においてでした。

 このたび読み返してみても、各エピソードがじつに鋭利な傑作ばかりで、初めて読んだ中学生のころの鮮烈な衝撃がビリビリとよみがえってきます。

 『黒ィ…』の時代の本作はメジャーと言うには程遠く、(濃い藤子ファンやマンガマニアには知られていましたが)どちらかといえば知る人ぞ知るマニアックな作品でした。ジャンルがブラックユーモアですから、当時は“読む人を選ぶ作品”でもありました。一部のそういう嗜好のある読者にのみ好まれるタイプのマンガ、とされていたのです。

 それが『笑ゥ…』と改題、アニメ化されたことでグングン人気を獲得し、やがて多くの人が知る有名な作品、有名なキャラクターとなったのですから、それ以前を知る者には目を見張る現象でした。

 癖のあるマニアックな作品がメジャー化していくさまを、驚きや喜びとともに見ていました。

 

 立風漫画文庫版のカバー見返しの文が、なんだかリズミカルで好きです。喪黒福造の口の様子を「ニッタリげた歯」と独自表現しているところなどインパクトがあります。巻末に収録された草森紳一氏の解説も読みどころ。

 

 喪黒福造は、欲求不満やコンプレックスを胸の内に秘めながらもとりあえず平凡な生活を送る人々を日常から踏み外させ、奈落の底に突き落とすような行為をくりかえします。それが当時の私には非常に衝撃的で理不尽に感じられました。なんで彼らがこんな目に合わなくちゃならないの……と。

 それなのになぜかどの話も面白くて、病みつきになる魅力をおぼえ、得体のしれない奇妙な気分にみまれました。

 

 Ⓐ先生がインタビューで「僕は喪黒にドーンとやられるほうの典型的なキャラクター」とおっしゃっていました。読者である私も、ドーンとやられる側に感情移入して読むことが多いわけですが、そんな感情移入した人物たちが毎度のごとく喪黒にやられてしまうのですから、その結末はショックで痛ましく、複雑な気分にならざるをえません。

 にもかかわらず、作品としてはやたら面白い!

 主人公が理不尽でひどいことをやっているのに面白いのです。

 

 そのように「フィクションで理不尽さや意地悪さを楽しむ」というひねくれた娯楽の面白さを教えてくれたのが、『黒ィせぇるすまん』はじめⒶ先生の種々のブラックユーモア作品でした。

 

 喪黒にドーンとやられた人物のなかには、これは明らかに不幸・悲惨でしかない…という状態に落とされる者もいますが、見ようによっては、喪黒のおかげで本人が心の奥底でひそかに望んでいた境地に行けたのでは…と思える者もいて(たとえば「ナマケモノ」とか「たのもしい顔」とか)、喪黒のやっていることが悪魔的でありつつも精神的な救済でもあるかのように見えてきます。

 そんな、喪黒の行為を悪と断定できない匙加減も、本作がもつ大きな魅力だと思うのです。

 

 ドーン!