最近ある場所で、田中道明先生のマンガ『迷犬タマ公』のカラー画像を見かける機会があった。その画像に触発されて、10代のころ読んだ『迷犬タマ公』が無性に懐かしくなり、先日実家に帰ったさい昔の「コロコロコミック」を掘り起こして『迷犬タマ公』をたっぷりと読み返してみた。
今日は、その『迷犬タマ公』について書いてみたい。
まず、『迷犬タマ公』の掲載誌データは以下のとおりだ。
「コロコロコミック」1981年3月号(通巻35号)〜1982年9月号(53号)に連載。全19回。(連載開始前に、読切の『迷犬タマ公』が「コロコロコミック」1980年冬の増刊号に掲載されている。この作品は、第1回藤子不二雄賞の受賞作)
単行本にはまとめられていない。
『迷犬タマ公』連載第1回は、交通事故で死亡して天国へ行った小学生の玉玉タマ夫(たまたまたまお)が、天国のリーダー的存在であるゾウさんに、地上へ戻って暮らしたいと願い出るところからスタートする。ゾウさんは、死亡する前は動物園で飼われていて、タマ夫からよく食べ物をもらっていた。そのことを恩に感じ、特別にタマ夫の願いをかなえてやることにした。ところが、いざというとき死後のタマ夫の肉体が見つからず、仕方なくタマ夫は子犬の肉体を借りて地上へ蘇ることになった。
タマ夫が犬の姿で地上へ戻ると、家族はタマ夫の蘇りを涙を流して喜んでくれた。こうしてタマ夫は、人間時代の意識を持ちながら〝迷犬タマ公〟として地上で生活を送ることになったのだった。
『ドラえもん』『オバケのQ太郎』『忍者ハットリくん』といった藤子マンガは、日常の中に非日常的な異分子(ドラえもん、Q太郎、ハットリくん)が闖入し、その異分子が平均か平均以下の少年(のび太、正太、ケン一)の家に居候する、というパターンを形成しているが、『迷犬タマ公』はその異分子と少年が同一の存在になっているという点でじつにユニークだ。
本作は、そんな迷犬タマ公と、それをとりまく家族(パパ、ママ、姉)や友達(大将、ユリちゃんなど)との人間関係をベースに、そこから発生する様々な出来事や騒動を描いた、1話完結式のギャグマンガだ。
そこには、ガキ大将がいて、ヒロインがいて、土管の置かれた空地があって、『ドラえもん』をはじめとする藤子マンガらしい世界が実直に継承されている。そのシンプルでかわいらしい絵柄からも、藤子・F・不二雄先生のテイストが確実に感じられる。
それもそのはず、本作の作者・田中道明先生は、藤子不二雄賞を受賞して本格的なマンガ家デビューを果たすまで、藤子スタジオで藤子不二雄先生のアシスタントをつとめていた人物なのである。田中先生が藤子スタジオに在籍した期間は、断定はできないが、1975年から1980年くらいにかけてだと思われる。1979年ごろには、藤子・F先生が描く『ドラえもん』のチーフアシスタントの任にもあったようだ。
『迷犬タマ公』の主人公・タマ公は、2頭身どころか、頭のほうが大きいくらいの愛くるしい子犬だ。その親しみやすいビジュアルと、一度天国へ行った少年が犬の姿になって蘇るというシチュエーションが、読者である子どもたちの心を揺り動かしたのか、「学芸会で迷犬タマ公を演じました」という内容のファンレターがよく送られてきたという。
そのことについて、田中氏は次のように語っている。
(『ぐわんばる殿下』は)人気が出て、アンケートもすごく良かったんですよ。コロコロの表紙にもなりましたし。ただ、意外だったんですけど、〝殿下〟のほうが人気はあったんですけど、リアクションは〝タマ公〟のほうが多かったんです。子供たちが感動してくれて、学芸会でタマ公やりましたって手紙をもらったりね。
(「relax(リラックス)」2003年4月号)
実際に「コロコロコミック」のある号を開くと、『迷犬タマ公』の掲載ページの欄外に、そういう内容のお便りが紹介されている。
『迷犬タマ公』は、絵柄や雰囲気がほのぼのとしているので、全体的にあたたかみのある生活ギャグマンガとの印象を受ける。そして、そのとおり、ほのぼのとしてあたたかみのある作品なのだが、そうしたほのぼのとした雰囲気の端々から、そこはかとなく悲しいイメージが滲んでいる。
タマ公は、人間の意識を持ちながらも犬の姿をしているため、ときによって、学校で友達に受け入れられなかったり、他人から獣扱いされたりする。また逆に、人間らしい言動をとると、みんなから「犬らしくない」と非難されたりもする。タマ公は、人間の心と犬の身体の狭間で葛藤し、ときには疎外感に襲われ、ときには人間としての誇りを傷つけられ、ときには犬としての自尊心を傷つけられるという、案外複雑でナーバスな立場に置かれているのだ。
たとえば、ドッグフードを与えられれば、人間としては心がちょっと傷つくが、いざそれを食べてみると普通に「おいしい」と感じてしまう。そんなタマ公の描写から、彼の葛藤が伝わってくる。
人間として愛してほしいのに犬としてかわいがられる、平泳ぎをしたら犬のくせに犬かきができないのかとなじられる、といった場面からも、人間である自分と犬である自分とに引き裂かれて悩むタマ公の姿が垣間見られる。
そうした悲しみや葛藤といった重い要素が、かわいらしい絵柄やタマ公の朗らかな性格、たびたび繰り出されるギャグなどによって軽いイメージに変換されるので、読後に重苦しい気分が残るようなことはない。
『迷犬タマ公』は、およそ2年半の連載中に作風を大きく変えている。とくに、タマ公が天国注射によって能力をアップした第10回あたりからその変化は顕著になる。大雑把に言えば、ほのぼのムードのシチュエーション・コメディだった作風が、激しめのドタバタ・ギャグに変わっていくのだ。連載前半の、コマを1頁4段に割った『ドラえもん』風の画面構成も、途中で、1頁3段の大きめのコマ割りに変化している。
このような作風の変化の背景には、『迷犬タマ公』の連載された時期が、「コロコロコミック」が男の子も女の子も読む雑誌から〝ガッツな笑いとド迫力〟の男の子雑誌へ移行する時期と重なっていた、という事情があるようだ。そうした掲載誌の方針転換にしたがって、『迷犬タマ公』もほのぼの風味の中性的なコメディから男の子が喜ぶドタバタ・ギャグに変化していったのだ。
『迷犬タマ公』が終了した次の号(「コロコロコミック」1982年10月号)からは、同じ田中道明先生の『ぐわんばる殿下』の連載がスタートしている。
●7月17日追記
『迷犬タマ公』は、連載がはじまってから3〜4回は藤子・F先生がネームを見ることになり、話によっては藤子・F先生がネームを描いたところが数ページあるという。これは、藤子・Fマニアの興味をそそる事実である。どのページのネームを藤子・F先生が描いたのか推測しながら、もう一度『迷犬タマ公』を読み返したくなった。