世界最古の鋼と『T・Pぼん』

中日新聞」3月27日付夕刊を読んでいたら、「『世界最古の鋼』判明」という見出しが目にとまりました。
 記事の一部を引用します。

中近東文化センター(東京)が調査しているトルコのカマン・カレホユック遺跡で、紀元前二一〇〇〜同一九五〇年の地層から小刀の一部とみられる鉄器が出土し、岩手県立博物館の分析の結果「世界最古の鋼」であることが分かった。(中略) 同じ地層から鉄滓(鉄の製造時に出るかす)や鉄分を含む石も見つかり、同遺跡周辺で製造された可能性が高まった。
同博物館の赤沼英男上席専門学芸員文化財科学)は「これまで鉄の生産はヒッタイト帝国(紀元前十四〜十二世紀)で始まったとされていたが、これで鉄生産の歴史が変わる」と指摘した。


 同じニュースを伝える記事は「時事ドットコム(2009年3月26日)」などでも読めます。

世界最古の鉄器か=日本調査隊、トルコで発見−通説覆す可能性
トルコにあるカマン・カレホユック遺跡の紀元前2100〜同1950年の地層から鉄器が発見され、世界最古のものとみられることが26日、分かった。加工で出たとみられる鉄のかすなども同じ地層で確認。鉄の使用は、紀元前1400〜1200年ごろに栄えたヒッタイト帝国で始まったとされており、鉄器の調査・分析を担当した岩手県立博物館の赤沼英男上席専門学芸員は「通説を覆す結果だ」と話している。
鉄器は、中近東の歴史的文化を研究する中近東文化センター(東京都三鷹市)の調査隊が2000年にトルコ・アナトリア半島の同遺跡で発見した。ヒッタイト帝国も同半島にあったとされる。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009032600778

 藤子・F・不二雄先生の歴史SFT・Pぼんに、“世界で初めて鉄器を生産した民族はヒッタイトである”という従来の歴史知識をもとに描いた「鉄の町の秘密」という話があります。「コミックトム」1985年2月号で発表されたもので、昨年潮出版社から発売された『T・Pぼん スペシャル版』だと第3巻に収録されています。
 このたびのカマン・カレホユック遺跡での発見によって、ヒッタイト帝国成立のン百年も前に鉄生産が行なわれていた可能性が高まったわけで、「鉄の町の秘密」で扱われた知識は今後“古い知識”となっていくのでしょう。


 岩手県立博物館の赤沼英男氏は、この発見によって「歴史が変わる」「通説を覆す」と述べています。これまで定説・歴史的事実と信じられてきたことがひっくり返るときは、独特の興奮や驚きを感じます。既知の世界が揺らぐ驚嘆といいましょうか、見知った光景が一変する幻惑感といいましょうか、そういう特別な感覚を味わえるのです。せっかく覚えていた知識を覚えなおす必要が生じるのはちょっと大変かもしれませんが(笑)
 これまで信じてきた常識や既成の価値観が揺らぐ衝撃や驚嘆を味わえるというのは、SF短編をはじめとしたいくつかの藤子F作品が有している要素と通底するものでもありますね。そういう感覚の魅力を私に初めて教えてくれたのが藤子F作品でした。


 ちなみに藤子F先生は、「鉄の町の秘密」でヒッタイトの製鉄は季節風によって行なわれた”とういう説を採用しています。この説は、考古学者・大村幸弘氏の著作『鉄を生みだした帝国 ヒッタイト発堀』 (NHKブックス、1981年)を参考にしたものです。
 その大村幸弘氏は、先に引用した新聞記事に出てくる「中近東文化センター」の主任研究員であり、世界最古の鋼が出土した「カマン・カレホユック遺跡」の調査隊長だそうです。2004年にはアナトリア発掘記 カマン・カレホユック遺跡の二十年』NHKブックス)という本も上梓しています。藤子F先生がご存命であれば間違いなくこの本も読まれたであろうし、今回のニュースを大きな興味と驚きをもって迎えられたことでしょう。