『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』感想

 『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』の封切日から、ゆうに3か月以上がすぎました。すでに来年公開予定の映画ドラのタイトルも発表されています。
 このへんで、ネタバレも含んだ『南極カチコチ大冒険』の感想を記しておきます。
 
 ・パンフレット


 『のび太の南極カチコチ大冒険』は、試写会も含めて3回鑑賞しました。3回観てよかった!と思える作品でした。
 声優さん交替後のオリジナル映画(藤子・F・不二雄先生の描いた大長編ドラえもんの原作マンガがない映画)のなかでは、大長編ドラえもんのフォーマットやテイストを最もうまく汲み上げているなぁ、と感じました。そのうえオリジナル映画ならではの独自性もほどよく帯びており、良質なジュブナイルSF冒険ストーリーとしてワクワク楽しめました。


 個人的には、特に映画の前半パートに魅了されました。前半のどこに魅了されたのか。
 F先生の大長編ドラえもんでは、その大きな物語のなかに自然科学の薀蓄や空想科学のアイデアが旨味成分のごとくまぶしてあります。それは、私にとって大長編ドラの大きな魅力です。F先生亡き後に作られたオリジナル映画のなかにも好きな作品はいくつもあるのですが、でも、私が大きな魅力を感じるようなサイエンス成分は不足気味でした。
 『南極カチコチ大冒険』はそのサイエンス成分を適量配合してくれていて、ホクホク気分を与えてくれました。特に“南極”に関することは、自然科学的な知識はもとより、南極の地理や南極発見の歴史なども絡めていてサイエンス成分が濃かったです。


 のび太らいつものメンバーが冒険する主舞台は10万年前の南極であり、今回のゲストキャラの故郷・ヒョーガヒョーガ星は地球から10万年光年のところにあります。その時間と距離の関係もよかったです。
 今回の映画の冒険の主舞台は、上述のとおり“10万年前の南極”でした。その主舞台での冒険を終えて10万年と1週間後の世界(すなわち現在)の日本に戻ってきたドラえもんのび太が、天体望遠鏡でヒョーガヒョーガ星を観察します。ヒョーガヒョーガ星は地球から10万光年離れているので、ドラえもんのび太が望遠鏡で見るヒョーガヒョーガ星は10万年前の姿なのです。
 時間と距離の関係がこんなふうにラストシーンに結びついていくなんて!と唸らされました。


 10万年前の南極へ行く前、ドラえもんたちが現在の南極に上陸してソリで疾走する場面は、私の心が最も躍ったところです。なんてすばらしい、夢のような映像をいま自分は観ているんだろう!と感じました。
 その場面では、南極の景色の美しさとともに、ひみつ道具のめざましい活躍が光っていました。ピーヒョロロープやここほれワイヤーがいろんな形に変わって躍動し、ひみつ道具を使うこと・ひみつ道具が動くことの楽しさをぞんぶんに味わえました。ひみつ道具の、ただ効率的で便利なだけではない生き生きとした魅力がそこにありました。
 ひみつ道具を使うことの楽しさといえば、氷ざいくごてを使うシーンからも楽しさがあふれていました。氷を材料にしてモノづくりをする…。硬い氷が柔らかそうに形を変えていく…。氷ざいくごてを操る手さばきの細かさ…。そういう場面を観ているのがほんとうに楽しかった! テレビアニメよりも動きを緻密かつダイナミックに表現できる劇場用アニメの力が、ひみつ道具の描写で旺盛に発揮されていたのです。


 南極の地下に古代都市の遺跡を発見してからのシークエンスを、私は後半パートと便宜的に位置づけています。後半パートでは、大長編ドラえもんらしい異世界冒険モノの枠組みのなかに、超古代文明などのムー的な要素とタイムパラドックスなどのSF的な要素を感じました。もう少し尺がほしいくらい多彩なものが詰め込まれて、未消化な部分もありましたが、あれだけの要素を限られた時間内に入れ込んだその意欲に感嘆です。


 後半パートでも、ひみつ道具の動きや使い方が魅力的でした。コエカタマリンを武器にするアイデアとか、さがし物ステッキがちょっと人格をもったロボット的な動作をするところが特に気に入りました。さがし物ステッキに対して、いとおしくなるようなかわいげを感じたのは、個人的にとても新鮮な体験でした。
 前半パートのピーヒョロロープやここほれワイヤーといい、このさがし物ステッキといい、細長い線状(棒状)のひみつ道具が素敵な動きを見せてくれたのは、この映画の大きなポイントだと思います。


 パオパオの魅力も見逃せません。見逃せないどころか、この映画でパオパオが活躍してくれたことは、私にとって大きな喜びでした。
 幼いころ観たアニメ『ジャングル黒べえ』で初めてパオパオと出会い、『のび太の宇宙開拓史』で再会できて感激し、それから『新・のび太の宇宙開拓史』公開時にもパオパオで盛り上がり、そういう体験を重ねたことでパオパオへの親しみがいっそう深まっていきました。
 そうして今回、『南極カチコチ大冒険』でパオパオがずいぶん活躍してくれたのですから嬉しい限りです。この映画ではタイムパラドックスの大仕掛けがあるのですが、そこにもパオパオを絡ませてくれています。パオパオなくしてこの物語はありえないのです。


 パオパオといえば、入場者プレゼントの「パタパタダッシュ!パオパオドラ」。試写会で青色、公開1度目の鑑賞では黄色と、ダブることなく2色ゲットできたので、次の鑑賞時に紫をもらえればコンプリートだ!と少し期待しました。
 その結果は、

 
 合計3回観て、青×2、黄×1でした(笑)


 ほかに注目したいのは、ネット上で「『のび太の南極カチコチ大冒険」が狂気山脈!?」という感想がいくつも見られたことです。
 それで、ラヴクラフトの『狂気の山脈にて』を読み返してみて、たしかに『南極カチコチ大冒険』には『狂気の山脈にて』を思わせる要素があるなぁ、と感じました。作品から受ける印象はだいぶ異なりますが(笑)
 
 ・『狂気の山脈にて』所収の創元推理文庫ラヴクラフト全集』4


『南極カチコチ大冒険』と『狂気の山脈にて』の共通性は、大枠では「南極探検して、地球外生物が大昔に築いた石造都市遺跡を発見する…」というところです。もう少し細かく見ると、蛸のような陸棲生物とか、巨大なペンギンとか、シンボリックな星形とか、螺旋状の傾斜路とか、そんな断片でも共通性を感じます。
 まだありました。「太古に石造都市を築いた地球外生物は、無機物から生命をつくりだす技術をもっていた」という点です。そして「その技術が歳月とともに失われてしまった」というところも、です。


 このたび『狂気の山脈にて』を久々に読んでみて、ラヴクラフトの文章を読み続けるにはけっこうエネルギーが要るなぁ、と痛感しました。良くいえば、濃密にして詳細でムードたっぷり、悪くいえば、まわりくどい!でもそれがクセになる人も多そうな独特の執拗さなのです。冒涜的、暗澹たる、名状しがたい、悍(おぞ)ましい、といった形容が脳にこびりつきました(笑)

 
 『狂気の山脈にて』は気になるけれどラヴクラフトの文章はどうしてもとっつきにくい、という方は、田辺剛氏が高い画力でコミカライズしているので、それを読んでみるのも手だと思います。現在2巻まで出ており、来月(7月)には3巻の発売が予定されています。
 
 ・田辺剛『狂気の山脈にて』1巻・2巻


“藤子作品とラヴクラフト”という話題では、知人からこんな情報をいただきました。
藤子不二雄Ⓐ先生原作の実写ドラマ『オカルト勘平』にミスカトニック大学日本校が登場している。そして、その学校で教鞭を執る愛巧教授(嶋田久作さん)の面差しがラヴクラフトに似ている。」



 『のび太の南極カチコチ大冒険』の感想を備忘録のごとく簡単に書きとめておこう、と思ったのですが、最終的にはけっこう長く感想を綴ってしまいました(笑)来年の映画ドラえもんも、このくらい熱く語りたくなる作品だといいなあ、と思います。