『ブラック商会 変奇郎』

「藤子不二雄Aランド」で読める作品のレビュー第3弾として『ブラック商会 変奇郎』をとりあげたい。


『ブラック商会 変奇郎』(以下『変奇郎』)は、『魔太郎がくる!!』(以下『魔太郎』)とともに、私が最も早い時期に出会った藤子不二雄A作品である。それまで「藤子不二雄」といえば『ドラえもん』『新オバケのQ太郎』『モッコロくん』『ジャングル黒べえ』『ウメ星デンカ』といった、主に藤子・F・不二雄先生の筆による児童(幼年)マンガのイメージしかもっていなかった小学生の私に、強烈にして新鮮なカルチャーショックを与えてくれたのが、この『変奇郎』と『魔太郎』であった。
 当時の私は、藤子不二雄が2人いる事実は知っていたものの、作品を個別に執筆しているとは思ってもいなかったので、「藤子不二雄ってこんな怖いマンガも描くのか!」と、それはそれは甚大な衝撃をおぼえた。そして、それまで抱いてきた藤子マンガの親しみやすいイメージとのギャップに困惑しながらも、この2作の奇妙な魅力にぐんぐんと惹かれていったのだった。



『ブラック商会 変奇郎』の主人公・変奇郎は、顔の左右に垂れ下がったもみ上げと太めの眉が特徴といえば特徴だが、それ以外はこれといって目立つところのない中学生。変奇郎の自宅は、お爺さんが経営する「変奇堂」という古ぼけた骨董店で、新宿の超高層ビルに挟まれるように建っている。そのお爺さんは、孫の変奇郎に店の商品を高額で売りつけたりする奇怪な人物だ。
 そんな変奇郎には裏の顔があって、自分らに危害を加える者や陰で悪事を働く者がいると、その悪人に請求書を渡しお金を要求する。要求が聞き入れられなければ、仮面にマントという独特のコスチュームをまとって登場し、不思議な魔術によって悪人に厳しい罰を与えるのだ。
 変奇郎が魔術を使うさい、『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造と同じ「ドーン!」のポーズを見せるのが印象的だ。


 ここで『変奇郎』の初出・単行本データを紹介しよう。

■初出:「週刊少年チャンピオン」昭和51年21号〜昭和52年32号
■単行本:
・「少年チャンピオンコミックス」全5巻(昭和51年〜/秋田書店
・「藤子不二雄ランド」全6巻(昭和63年〜/中央公論社
・「秋田文庫」全3巻(平成6年/秋田書店/タイトル『シャドウ商会 変奇郎』)
・「藤子不二雄Aランド」全6巻(平成15年/ブッキング)

 昭和51年刊行の「少年チャンピオンコミックス」版と昭和63年の「藤子不二雄ランド」版では、初出どおり『ブラック商会 変奇郎』として単行本化されたが、平成6年の「秋田文庫」版になると『シャドウ商会 変奇郎』と改題された。この改題は一時的なもので、平成15年の「藤子不二雄Aランド」版は、もとの『ブラック商会 変奇郎』で刊行された。一時的に〝シャドウ〟という表現が使われたのは、〝ブラック〟という語が差別問題絡みで自主規制されたため、というのは穿った見方だろうか*1



『変奇郎』は、「週刊少年チャンピオン」に3年半ほど連載された人気作『魔太郎』のあとを引き継ぐ連載マンガだった。そのため、作品の趣向も『魔太郎』のテイストを継承した感が強く、『魔太郎』と同様〝怪奇マンガ〟のジャンルに加えられることが多い。『変奇郎』が怪奇テイストになったのは、怪奇マンガが流行っていた当時の時代背景も影響しているだろう。 


『変奇郎』の魅力的な特徴を大まかに言えば、「怪奇性・幻想性」「残酷描写・恐怖シーン」「結末での復讐行為」「異常な趣味・嗜好・能力をもったゲストキャラ」など『魔太郎』でも頻繁に見られた諸要素がまずは挙げられる。それに加え、『魔太郎』でも見られながら『魔太郎』より一段と際立ってきた特徴や、『魔太郎』ではあまり見られなかった特徴もいくつかあって、それが『変奇郎』独自の魅力として黒々と輝いている。
 具体的に『変奇郎』独自の魅力を挙げれば、
●藤子A先生が趣味で収集した変コレクションにスポットをあてている。
●主人公の自宅が、新宿の超高層ビルの間隙に店をかまえる、それ自体が骨董品のような古ぼけた骨董品店である。
●各話の終わり近くになると、主人公がお約束のように強請行為を実行する。
 といった点を指摘することができよう。


 呪い・人間狩り・くねくねダンスといった異常な趣味・嗜好・能力をもったゲストキャラが毎度のように登場する点や、マコンデの彫刻、自動ハエ取り機など変コレクションにスポットをあてている点は、この作品のとくにキモとなる要素である。こうした要素から私は、『変奇郎』はその内部に博物館を含み込んだ作品だ、という見方をするようになった。それも、大都市にそびえる豪華で洗練された博物館ではなく、楽しい玩具が雑多に詰まったオモチャ箱や、変な人物を興味本位に披露する見世物小屋、レトロ感あふれる場末の古道具店、何が飛び出してくるかわからないオバケ屋敷…… そういったものがごっちゃに入り混じった奇怪な博物館をイメージするのである。
 見世物小屋とかオバケ屋敷と言うと、俗悪でグロテスクな印象が頭をよぎり、品のない不快感をおぼえがちだが、藤子A先生の律儀な描線と痛快な物語は、そうした不快感をおおかた封じ込め、この作品を、怪奇ムードを湛えながらも快活さのある少年向けエンターテインメントとして見事に成立させている。


 この作品の目立ったエンターテインメント性のひとつとして、「水戸黄門」や「遠山の金さん」といった人気時代劇と同型のストーリー展開を有している点が挙げられる。それは、時代劇だけでなく正義のヒーローが活躍する子ども向け冒険活劇とも共通の要素であり、事件がひととおり進行するあいだは凡人を装っていた主人公が、物語の結末近くでようやく正体を明かし(あるいは別の姿に変身し)、その特殊な身分や能力を使って事件を解決に導く、という定型化したストーリーのことである。
 そうしたストーリーは、マンネリだとか予定調和だとか通俗的だとか、批判的な言辞を被りやすいものだが、時代を超えて確実に大衆を楽しませ続けている安定的な作劇法であり、同じパターンを毎話のように繰り返すことで、観る者(読む者)に常習的な快感を与える効能をもっている。


 そんなことから、『変奇郎』は、怪奇でマニアックでマイナー感漂う世界に、「水戸黄門」などに似た典型的かつ大衆的な筋立てを導入したマンガ… いわば、気難しさと親切さを併せもったマンガだ、と捉えることができる。
 そして、「気難しさと親切さ」「偏執性と大衆性」「異端と典型」といった背反する二項が加減よくブレンドされたその状態が、このマンガ全体が醸す独自のムードになっているのである。


 いま引き合いに出した「水戸黄門」や「遠山の金さん」などは、勧善懲悪の時代劇と言われる。 勧善懲悪とは、文字通り「善を勧めて悪を懲らしめる」という意味で、日本では江戸時代後期にあらわれ出した文芸理念だ。単純に言えば、正義の味方と悪党がいて、最後には正義の味方が悪党をやっつけて勝利を収める物語のことである。
『変奇郎』も基本的には勧善懲悪のパターンを踏襲しているのだが、「水戸黄門」などと比べると、絶対的に善の側にいるはずの主人公が強請行為をしたり悪魔的な扮装を身にまとったりするため、善を善としてストレートにとらえられない感覚が読者に生じてくる。ほんらい勧善懲悪の物語のなかでは明瞭であるべき善と悪の揺るぎない境界線が、『変奇郎』においては、やや倒錯をきたしているように感じられるのである。


 こうして見ると、『変奇郎』は、勧善懲悪型の王道ストーリー展開を基底に用いながらも、扱う題材は極めてマニアックであり、悪を懲らしめる役割の善の主人公が同時にこってりとした悪の魅力をも併せもっているという、いささかひねくれた構造の作品だと言えそうだ。そして、この構造は、藤子A先生が「週刊少年チャンピオン」に連載した前作『魔太郎』の遺伝子を直接的に受け継いだものであるとも言えるだろう。


 私は先ほど、『変奇郎』独自の魅力として、〝各話の終わり近くになると、主人公がお約束のように強請行為を実行する〟という点を挙げた。変奇郎は、強請を実行するさい必ず相手に請求書を手渡すのだが、その請求書には変奇郎の手書き文字で「骨董品弁償代 240000円」「祖父ショック代 500000円」「雑費 50000円」などと書かれていて、それが妙に生々しい印象を生成し、作品の大きな見せ場になっている。
 藤子A先生のマンガには、『変奇郎』のほかにも、主人公が請求書を使って強請行為をするものがある。 短編作品『恐喝有限会社』*2と、その短編をプロトタイプにした連載作品『喝揚丸ユスリ商会』*3がそれだ。
 どちらの作品の主人公も、ふっくらとした体躯をした丸顔の中年男性で、どちらかと言えば風采のあがらないタイプだが、そんな表の顔とは裏腹に、他人の弱みにつけこみ金銭を要求することで収入を得ている。大人向けの作品なので、請求書の項目のなかには、「ソープ入場料」「麻雀経費」「ホテル宿泊費」といった、『変奇郎』ではありえぬアダルトな記述も見られる。
 残念ながらこの2作は、少年向けの作品ばかりを収録した「藤子不二雄Aランド」では読むことができない。どちらの作品も収録した単行本としては、中公愛蔵版『ブラックユーモア短篇集』第2巻(昭和63年/中央公論社)と、ChukoコミックLite『ブラックユーモア短篇集』第3巻(平成14年/中央公論新社/コンビニ本)がある。



 話を『変奇郎』に戻すが、私は、変奇郎の友達でマンガを描くのが得意な満賀道夫という少年に結構な興味を惹かれる。この興味はもちろん、満賀道夫が『まんが道』の主人公・満賀道雄を彷彿とさせるところから来るものだ。
 満賀道夫の部屋には、藤子不二雄先生のサインやドラえもんの色紙、P子の人形などが飾られていて、その点も藤子ファン心をくすぐる。『海の王子』の単行本が出てくる場面も見逃せない。


 数ある藤子Aマンガのなかで『変奇郎』がとくに好きだ、という人はあまり多くないようでいて、その実そうでもないのかもしれない、と思えるのは、公の場で『変奇郎』への好意を示す人物をときどき見かけるからだ。
 たとえば、女性シンガーのデイジー(松田マヨのソロユニット)は、「music.nifty.com」というサイトのインタビューで、「特にオススメの藤子不二雄先生の作品はありますか?」と訊かれ、次のように答えている。

A氏だったら…「魔太郎」とか有名だけど…私は「変奇郎」っていう方が好きなんですよ。なんかね、「魔太郎」と似たような内容なんだけど(笑)。「魔太郎」はイジメられて復讐するってやつだけど、「変奇郎」はゆするんですよ、お金を(笑)。しかもちょっと高いお金を。それが好きなんですよ。

 ちなみにデイジーは、彼女のCDジャケットのイラストを藤子A先生が描き下ろしたことで、藤子Aファンのあいだでは知られた人物だ。今年6月、大垣女子短大の公開講座で藤子A先生は「このCDは売れなかった(笑) 彼女は今どうしているのだろう」とデイジーのことを心配していた。


「月刊feature」という音楽雑誌の創刊号で、ミュージシャンのコーネリアス小山田圭吾)が藤子A先生の仕事場を見学していて、そのときコーネリアスは藤子A先生にこんなことを言っている。

先生の『ブラック商会 変奇郎』とか好きで、その中に出てきた「変コレクション」を今日は見せていただけたらなあと思って……

 それから、「COOL TRANS」というファッション雑誌の「ファッションピープル30人が選ぶ〝オレの1冊〟」という記事のなかで、カワゴエマコトという人が『変奇郎』について以下のように語っていた。

藤子不二雄Aさんっぽくていい感じ。この独特の雰囲気がすごく好きでハマっています。内容がちょっと怖い部分もあるけれど、誰でも楽しめるマンガですよ。様々な人たちの人間性が描かれていて、少し考えさせられたりもします。

『変奇郎』人気は、一部のあいだでひそやかに盛り上がっているようだ。


藤子不二雄Aランド
「ブラック商会変奇郎」第1巻
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「ブラック商会変奇郎」第2巻
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「ブラック商会変奇郎」第3巻
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「ブラック商会変奇郎」第4巻
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「ブラック商会変奇郎」第5巻
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「ブラック商会変奇郎」第6巻
http://www.fukkan.com/a-land/index.php3?mode=99&i_no=4091477

*1:『変奇郎』は平成8年3月18日にテレビ朝日でドラマ化され、そのさいは『シャドウ商会 変奇郎』というタイトルで放送された。主人公の変奇郎役を、V6の森田剛が務めた。

*2:『恐喝有限会社』 初出:「ビッグコミック」昭和46年11月10日号

*3:『喝揚丸ユスリ商会』 初出:「劇画ゲンダイ」昭和48年6月号〜12月号