キャンピングカプセルに似た生き物?

 12月1日は、藤子・F・不二雄先生のお誕生日。今年で74年めのお誕生日を迎えることになる。


 そんな記念すべき日の話題としてはいささか調子外れだと思うが、またまた“藤子不二雄と関係ない旅行記”を綴りつつ、その旅行で見つけた“少し藤子な”光景を拾い上げてみたい。
 11月18日(日)19日(月)と和歌山県の白浜を旅行した。白浜まで高速道路を使って5時間ほどかかった。旅行の同行者は、本場で紀州梅干しを買えることにワクワクしている様子。梅干しからの単純連想で『ウメ星デンカ』のタイトルが会話のなかに出てきた。同行者は『ウメ星デンカ』のタイトルは知っていても内容は知らないので、私が「ウメ星デンカは“ウメ星王国”の王子様なんだけど、そのウメ星が爆発してしまって、不思議なツボに乗って地球へやってきたんだ」などと簡単に説明したら、同行者は「なるほど、ウメ星だからツボなんだね!」とその点に反応していた(笑)



 白浜に着いてまず向かったのは「南方熊楠記念館」だった。
 南方熊楠(みなかたくまぐす/1867〜1941)は、和歌山が生んだ博物学民俗学の巨星。「○○学」とひとつの学問領域で括ってしまうことができないほど幅広い分野にわたって研究活動をなした人物で、「歩く百科事典」という喩えはこの人にこそ最もふさわしいんじゃないかと思えるほど。「森羅万象の探求者」という言い方をされたこともある。超人的な記憶力の持ち主で、19ヶ国語を自在に使いこなしたと言われる。


 そんな南方熊楠の遺品や遺稿、ゆかりの品々、研究内容などを展示した記念館へ行ったのである。来る者を拒むような急な坂を息を切らしながらのぼると、そこに記念館の建物が見えてくる。展示室に入る前に、南方熊楠の生涯のあらましを紹介したビデオを鑑賞。展示室は「青少年時代」「海外時代」「親しい人々」「熊楠の植物学」「熊楠の民俗学」「晩年」と6つのコーナーで構成されていた。印象的だったのは、熊楠は子どもの頃からすでに『和漢三才図会』や『本草綱目』などの書物を読破していたこと。ただ読むだけでなく全て筆写していたというのだから驚きだ。熊楠いわく、読むだけだと全てを憶えられないが、筆写すれば全てを憶えられる。まさに神童!
 展示物の最後に、熊楠のデスマスクや、大阪大学医学部に保管されている熊楠の脳の写真があって強いインパクトを感じた。
 この世のあらゆる事象、森羅万象を興味の対象とし研究し尽くそうとした熊楠の超人的に旺盛な学問欲を少なからず感じとれる記念館だった。記念館の3階は360度景色を見渡せる展望台になっていて、熊楠に興味がなくても感動できる。熊楠が愛した神島も見えた。



 森羅万象に関心を寄せた熊楠が、特に熱心に採集・研究していたもののひとつが「粘菌」である。粘菌は生き物だが、動物でも植物でもなく、「菌」と付いていながら菌類でもないという奇妙な生き物だ。奇妙な生き物でありながら、多くの種類が世界中に普通に存在しており、日本では350種類ほどが報告されている。
 粘菌の一生はとても不思議だ。その生涯は胞子の状態から始まり、分裂、増殖、接合などの段階を経て、ネバネバとした「変形体」へと成長する。この変形体はアメーバのようにウニョウニョと動き回ってバクテリアやカビなどを食べる。変形体の時期の粘菌は、自ら動いて餌をとるということで、動物のような性質を持っているのだ。
 ところが粘菌はさらに成熟すると大移動を始めて、しまいには胞子を飛ばすため「変形体」から「子実体」に姿を変えてしまう。子実体とはキノコみたいなものだ。つまり粘菌という生き物は、アメーバ状に動き回る動物的な姿から、キノコみたいにまったく動けない姿へと、劇的に変身するのである。
 南方熊楠の伝記マンガ『猫熊 南方熊楠の生涯』を執筆した水木しげる先生は、粘菌の虜になっていた熊楠についてこんなことを言っている。

粘菌の世界って、死んだと思っているのが、生きているような状態でしょう。我々の世界だと、今生きているのがすべてと考えていますが、逆に死後の世界がホントだと考えられなくもないですからね。それはなかなかつかみにくい難解な世界じゃないかと思うんです。ないんじゃなくて、あるんだけど分からない。だから、熊楠はつっついてみたんでしょうね。

南方熊楠記念館」でも粘菌の紹介に力を入れていた。生きた粘菌を顕微鏡で拡大して観察できるコーナーもあった。何種類かの粘菌を見られたのだが、なかでもルリホコリ属の一種などは大長編ドラえもんのび太の恐竜』『のび太の日本誕生』などに登場するキャンピングカプセルの形状を思い起こさせてとても印象的だった。複数のキャンピングカプセルが地面に突き立ったシーンと、この粘菌の一種が並ぶ様子がなんとなく似通って感じられたのだ。


 記念館の出口で南方熊楠関連の本がいろいろ売っていたのだが、そのなかにひときわ異彩を放つグッズが陳列されていた。粘菌ポストカード(12枚入り)である。粘菌のポストカードだなんて、よそでは決して見ることができないだろう。変なもの好きの私は、粘菌ポストカードにすっかり魅了され、ついつい買ってしまったのだった。
南方熊楠記念館」を観覧した思い出は、この粘菌ポストカードとともにずっと大切にしていきたい(笑)


●藤子情報 
・11月29日(木)放送の「おもいッきりイイ!!テレビ」(日本テレビ系)の「今日は何の日」というコーナーで、“トキワ荘が解体された日”の映像が流れた模様。1982年11月29日は、トキワ荘が解体された日なのである。残念ながら私はこの番組を見逃してしまったが、在りし日の手塚治虫先生、藤子・F・不二雄先生、石ノ森章太郎先生、そしてトキワ荘の映像などが映し出されたそうだ。また、藤子不二雄A先生が撮りおろしのインタビューに答えていたとのこと。(情報提供:Rさん)


・現在発売中の「BRUTUS TRIP」2008Januaryの「12人のクリエイターによる手塚治虫火の鳥』論」という特集記事で、藤子不二雄A先生が『火の鳥』について語っている。若かりしころの藤子A先生が手塚先生の『ジャングル大帝』のラストを手伝ったエピソードは有名だが、今回の記事では『火の鳥』の背景も手伝っていることを証言している。