「Fノート」届く!!!

藤子・F・不二雄大全集」第1期予約購入者特典の「F NOTE(エフノート)」が、4日(水)に届きました。
 http://www.shogakukan.co.jp/fzenshu/bookinfo.html?zenkanyoyaku
 藤子・F・不二雄先生が創作のために使っていたアイデアノートの中身や未発表の描きかけ原稿などを収録したプレミアムな冊子です。資料的な価値が高いうえに、写真集や画集のように1ページ1ページのビジュアルを純粋に楽しめるものになっています。


(以下、「Fノート」の内容に具体的に触れていますので、まだ届いていないという方はご注意ください)


「Fノート」の巻末で藤子プロの伊藤社長が書いているように、F先生は作品が完成する前の舞台裏をあまり見せたくないタイプの作家だったと思うのですが、ファンとしてはやはり、F先生がどういう発想、どういう思考、どういう過程で作品を創り出していたのか、そのことがわかるような資料をたくさん見たいという気持ちはぬぐいがたく、だからこそ、この「Fノート」のような企画は、よだれが出そうなくらいありがたいものに感じられます。
 数々の傑作マンガを生み出してきたF先生の脳の中を覗き見たい、という欲求がときどき生じます。「Fノート」に掲載されたアイデアノートの中身は、F先生の脳内それ自体ではありませんが、F先生の脳内で生まれた想念の最も原初的なアウトプットがそこに記されているわけで、それを目にすることでF先生の脳内を覗き見たい欲求が満たされていくのです。


 F先生のアイデアノートを、実際のノートサイズのB5判に近い大きさで見られるのも、この冊子の良き特徴です。展覧会の図録「藤子・F・不二雄の世界」(藤子プロ、1998年)や「リラックス」2002年8月号ですでに紹介された資料も結構あるのですが、そういった既視の資料については「実物の色合い・質感に近い状態で再現された」という点で「よかった」と感じます。



「Fノート」をひとおとり見終えて、特に印象に残った個所について書いてみましょう。「Fノート」は、「初期ノート 一九五一年〜」「中期ノート 一九六六年〜」「後期ノート 一九九三年〜」「下描きから原稿への課程」という章立てで構成されています。その章ごとに分けて見ていきます。



★「初期ノート 一九五一年〜」
・『新世界』メモ(1951年)、『新世界』構成表(1951年)
 描き下ろし単行本の題材を決めるためのメモと、単行本の題材として決まった『新世界』という作品の構成表です。ここで書かれた『新世界』のアイデアや構成が大きく改められて、少しのちに、二人の藤子先生にとって初めての単行本『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房、1953年)へと結実していったのです。
 この当時のアイデアノートの文字は、プロになって以降のものより几帳面に書かれていますね。
 単行本の題材候補がいくつかあったなかで『新世界』に決まっていった経緯は、藤子A先生も当時の日記に書いていて、その日記の文面が『二人で少年漫画ばかり描いてきた』に掲載されています。引用してみましょう。

 昭和26年4月18日(水)
 単行本のプランを本格的に立てる。候補作品は『クオ・ヴァジス』『乞食王子』『ラッパチーニの娘』の翻案、オリジナル『海底都市』と『荒らされゆく地球』と計五本。二時間にわたり企画会議を行ったがまとまらず、疲れてお互いに不機嫌になる。
 F氏の母堂、タイミング良くお茶を持ってこられて水入り。お茶を飲みながら、Fが昨日読んだ『世界名作縮刷全集』の中に面白いものがあったという。ハックスレイという人の『素晴らしき新世界』というもの。Fの読んだのは縮刷だから、わずか二ページのものだが、これをふくらますとユニークな未来世界が描けそう。(『二人で少年漫画ばかり描いてきた』毎日新聞社、1977年)

 単行本の題材を『新世界』に決めた話し合いは、F先生のご自宅で行なわれたことがわかりますね^^


・『ベン・ハー』用人物スケッチ(1950年代初め頃)、『ベン・ハー』原稿(1950年代初め頃)
「Fノート」に収録された『ベン・ハー』の人物スケッチや原稿の大半は、ほかの雑誌や本などで見たことがありますが、そうであっても、『ベン・ハー』関連の資料は何度見てもうならされます。細密に描かれた衣装となめらかな描線に強く魅惑されるのです。
ベン・ハー』というと、二人の藤子先生が高校を卒業してすぐ宝塚の手塚治虫邸を訪問したさい手塚先生に見せるため持参した作品ということで、藤子ヒストリーに刻まれています。手塚先生は、自伝本『ぼくはマンガ家』でそのときのことをこのように書いています。

 その日、ぼくたちは夜まで話しこんだ。ぼくは、二人の長編漫画の描きかけを見て驚いた。そのタイトルは、“ベン・ハー”――もちろん、有名な映画が作られる前である。
(『ぼくはマンガ家』大和書房、1979年)

 今回「Fノート」に収録された『ベン・ハー』の原稿は、1985年3月16日(土)にNHKで放送された「この人 藤子不二雄ショー」でも紹介されています。同番組にゲスト出演した手塚先生が、ステージに登場するさい持ってきたのです。F先生はこのとき、「こういう原稿を描いたことも憶えていない」とおっしゃっていました。


ペンネーム検討メモ(1953年頃)
「足塚不二雄」と名乗っていた二人の藤子先生が、「藤子不二雄」へ改名するさい、その検討の過程で記したメモです。二人の本名に含まれる漢字を抜き出し組み合わせることで適切なペンネームを作ろうと模索していたことがうかがえます。
藤子不二雄」というビッグなペンネームが誕生する寸前の胎動が感じられて、大いに感動しました。


・アイデアメモ「少女」1956年3月号・5月号付録
 アイデアのタネを書きこんだメモ帳の切れ端をノートに張りつけるという方法は、のちのF先生のアイデアノートでよく見られるものですが、すでに初期のころから同じ方法をとっていたことがわかります。
 当ブログ10月11日のエントリで、「F作品と宝探しネタ」の話題をとりあげました。そのとき、F先生のこんな言葉を引用しました。

 誰にでも好みの題材、好みの世界って物はありますがね。例えば僕の場合、何かと言えば恐竜を登場させるなんてのもそれですね。アイディアに困ると宝探しを始めたりね。「オバQ」「パーマン」「ウメ星デンカ」皆やりましたね。「ドラえもん」に至っては、もう十回ぐらい宝を探してるんじゃないかな。
藤子不二雄ファンクラブ会誌「月刊UTOPIA」第7号、1983年)
 http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20091011

 このアイデアメモのなかにも「宝さがし」という語が見つかって、やはりF先生は宝探しネタがお好きだったんだなあ、とほほえましい気持ちになりました。




★「中期ノート 一九六六年〜」

・『オバケのQ太郎』最終回(「週刊少年サンデー」1966年51号)コマ割り、『パーマン』第1話(「週刊少年サンデー」1967年2号)コマ割り
週刊少年サンデー」版の『オバQ』最終回と『パーマン』初回のコマ構成が同じノートに書かれている、という事実は初めて知りました。
 大ブームを巻き起こした『オバQ』の最終話とその後継作である『パーマン』の第1話のコマ割りが同じノートで考えられていたのですね! この事実を知ったうえで、改めてこの両話を読むと、特別な感慨を新たに抱きながら鑑賞できそうです。


・『エスパー魔美』「学園暗黒地帯(後編)」用スケッチ(「マンガくん」1978年14号)
 ヌードモデルのポーズをする魔美が4つのアングルからスケッチされています。アイデアノートに描かれたスケッチでありながら、かなり丁寧な絵だなあという印象です。とくに身体のバランスに細心の注意を払って描かれた感じ。


・「コロコロコミック1984年8月号表紙案(未使用)
 大長編ドラえもんのび太の宇宙小戦争』第1話の掲載された「コロコロコミック」の表紙イラスト案で、実際には使われなかったものです。ドラえもんの口の中にパピが立っている図案が面白いです。パピのコスチュームも、最終的に採用されたデザインと違っていて目を引かれます。



★「後期ノート 一九九三年〜」
・『のび太と銀河超特急』SLスケッチ(「コロコロコミック」1995年9月号〜)
「両側の貯水槽を下げる」「ボイラーをやや太めに」「動輪をC→B 直径を大きく ロッドで連動」「客車は木造の感じ」といった細かい指示に、メカデザインに対するF先生のこだわりが見てとれます。F先生はメカがリアルに作動する場面を立体的にイメージしながらデザインをしているような印象です。



★「下描きから原稿への課程」
 描きかけの原稿が何点か掲載されています。ベタやスクリーントーンといった仕上げ段階まで達していないどころか、人物の輪郭線にペンが入れてある程度の描きかけ原稿だからこそ、F先生のペンタッチが通常以上に映えて見え、先生の描線それ自体を純粋なレベルで堪能できます。F先生のなめらかでやわらかで美しい描線に陶然としてきます。
 下描きがどんなふうに描かれているのか、どんな順番でペン入れがなされているのか、といった工程が一目瞭然で伝わってきます。F先生は下描きを終えたあと、まず人物の顔からペン入れをするとか、何本か重ねてラフに引かれた下描きの鉛筆線のなかから最良の一本をペンでなぞることでバランスの良い生き生きとしたキャラクターが描き出されているとか、そういったことがよくわかるのです。
 これらの描きかけ原稿は、執筆途中で新しいアイデアが生まれたりF先生の方針が変わったりしたことで未発表となったものばかりなので、このまま原稿が完成していたらどんな話になっていたのだろう、と想像を巡らしたくなってきます。F先生のタイムパラドックス系の作品では、ありえたかもしれないもう一つの人生や、もしもあのときああしていたらというIFの世界などがよく描かれますが、そんな調子で、これら描きかけ原稿がもし完成したらどんな展開になっていたのか、ということに思いを馳せたくなるのです。
ドラえもん』の未発表原稿のトビラページで描かれた、前歯をむき出しにしたドラえもんと、太陽熱でおかしくなっているドラえもんは、その表情のインパクトが絶大です。



「Fノート」がこうして送られてきて、実際に手にとってページをめくってみると、全巻予約してよかったなあ、と心底実感できます。
 気の早い話ですが、第2期全巻予約者特典への期待感が否が応でもふくらんできます。「Fノート」並の資料性の高さと純粋な楽しさを兼ね備えたものであることを願います。