「ころばし屋」「きこりの泉」放送

 本日、『わさドラ』第15回放送。



●「ころばし屋」

初出:「小学五年生」昭和52年3月号
単行本:てんとう虫コミックス13巻などに収録


「ムードもりあげ楽団」もそうだけれど、この「ころばし屋」も、登場回数が少ないわりにメジャー感漂うひみつ道具のひとつだ。記憶に新しいところでは、「ぼく、ドラえもん」3号の付録がころばし屋貯金箱だったし、メディコム・トイの「未来デパートシリーズ1」全7種の中にもころばし屋のフィギュアが入っていた。『わさドラ』のサブタイトルのバックで何種ものひみつ道具が流れるが、その中にもちゃっかりところばし屋の姿が見える。
 ころばし屋は、見た目がオモチャの人形のようだし、背中の穴に硬貨を投入するところが貯金箱を思わせるので、いろいろとグッズ展開しやすいのだろう。「殺し屋」に一字付け加えた「ころばし屋」というネーミングのうまさと、そのネーミングのままに「相手を転ばせる」という使い道の愚直さといった要素も、人気の理由だろう。
 藤子・F・不二雄先生は、「殺し屋」という語をもじるがお好きだったようで、たとえば、『殺され屋』*1というタイトルの異色短編を描いているし、これはもじりでなく「殺し屋」という語をそのまま使っているが、『殺し屋のお正月』*2なんていう2ページの作品もあったりする。


 さて、本日のアニメの話に入ろう。
 いきなりころばし屋の登場シーンで始まる原作に対して、アニメは、のび太の頭にできたたんこぶのアップでスタート。のび太が、たんこぶができた理由を話し、ジャイアンへの仕返しを誓いながら、結局はドラえもんに頼るという一連の展開は、なかなか見事なプロローグになっていた。


 ころばし屋は、背中の投入口に10円を入れ、憎い相手の名を言うと、その相手を確実に3回転ばしてくれる道具だ。「確実に3回転ばしてくれる」というドラえもんの台詞は、「3回」という回数へのこだわりがおかしくて好きなのだが、アニメで聞くとさらにおかしかった。


 のび太は、さっそくころばし屋を雇い、ころばし屋がジャイアンを3回転ばせる場面を見届ける。
 ころばし屋が歩き出したときのおぼつかない足取りが、のちの頼もしい仕事ぶりを引き立てていた。
「血も涙もない転ばせぶりだ」というのび太のイかした台詞は原作にもあるが、アニメでは、ジャイアンの必死の反撃にも微動だにせず執拗に仕事をやりとげるころばし屋の不気味さが入念に描写されたため、「血も涙もない」有様が原作よりもずっと強く実感された。


 ジャイアンに仕返してすぐに、今度はスネ夫に悪戯されたのび太は、ころばし屋をスネ夫に差し向けようと10円を投入する。ところがその瞬間、しずかちゃん(かかずゆみさん、ご妊娠おめでとうございます!)がのび太の名を呼んでしまう。それで、ころばし屋の標的がスネ夫ではなくのび太になってしまうのだった。
 原作では、ころばし屋に追われるのび太があっという間に家へたどりつくが、アニメでは、家に着く前にかなりの場面が加えられ、町内の人たちを巻き込んで、てんやわんやの大騒動が繰り広げられた。


 どうにか空地へ逃げ込んだのび太は、そこでたまたま会ったしずかちゃんを守るという勝手な動機付けのもと、ころばし屋に立ち向かうことを決意。のび太の脳内では西部劇の決闘シーンが映像化される。そして、現実ののび太は、輪ゴム鉄砲でころばし屋を撃ち倒すのであった。
 ひたすら情けなく逃げ惑うだけでなく、勇気をだして闘ったのび太は、少しかっこよかった。数少ないのび太の特技「射撃」を、「ころばし屋」の作中に取り込んで、のび太のたまにはかっこよい一面を表現してくれたスタッフに感謝。
ただし、この決闘場面は、「ころばし屋」のストーリー全体の流れから浮き上がったような、とってつけた感があるので、お遊びとしてはおもしろいが、本筋から見れば余計なものだったかもしれない。


 家に逃げ込んだのび太に対してドラえもんは、ころばし屋への依頼を取り消すには100円が必要だと言う。
「冗談じゃない、もう20円も使ってるのに!」と100円を出すのを拒むのび太。しかし、わが身に迫るころばし屋の恐怖に堪えかねて、最終的には取消料100円を払うことしたのだった。
 ころばし屋が野比家の玄関からのび太の部屋へと迫り来て、のび太が100円という〝大金〟を払う決断をくだすまでのシーンは、結構引き込まれるものがあった。


 作品のところどころで、ころばし屋のニヤリとした表情を効果的に入れ込んでいたのもよかった。



●ミニシアター

初出:「小学一年生」昭和46年5月号
単行本未収録

 原作は3ページ、サブタイトルなしの作品。
 今日のアニメは、クレヨンで彩色したような、あたたかく素朴な印象の絵だった。原作は、ジャイアンスネ夫が蛇口から出てきた酒を飲んで酔っ払うというオチだが、さすがに小学生の飲酒シーンはまずかったようで、酒が激辛の唐辛子ジュースに変更された。




●「きこりの泉」

初出:「小学一年生」昭和59年12月号
単行本:てんとう虫コミックス36巻などに収録


 Aパートの「ころばし屋」はひみつ道具が有名だが、こちらの「きこりの泉」は、ラストに出てくる「きれいなジャイアン」が大人気である。
 ころばし屋もよくグッズ化されるが、きれいなジャイアンも負けてはいない。ロッテ「ドラえもんクッキーボールチョコ」のおまけフィギュアになっているし、携帯電話ストラップにもなっている。また「きこりの泉」という話じたいも、昨年刊行された「ぼく、ドラえもん」創刊号でカラー再録されたり、平成14年から全国を巡回している「THEドラえもん展」の展示物になったりして、大活躍である。


「きこりの泉」は、作中でドラえもんが述べているように、イソップ童話の『しょうじきなきこり』をモチーフにしている。私は、『しょうじきなきこり』より『金のおの 銀のおの』というタイトルのほうが馴染みがあるが、それはともかく、我々がよく知っているこの童話は、古代ギリシアから伝わる「イソップ寓話集」の中の『樵夫とヘルメス』という一編を、日本人あるいは子ども向けにアレンジしたものだ。
『樵夫とヘルメス』は、教訓を説くのを目的とした話で、「この物語が明らかにしているのは、神が人々に援助をなさる分だけ不正な人々には反対なさる、ということなのです」という説明文でストーリーを締め括っている。これが『ドラえもん』の「きこりの泉」になると、教訓が一気にギャグへと飛躍する。それも、「きれいなジャイアン」という反則技のようなネタを使った、ばかばかしくも魅惑的な笑いの境地に到達しているのだ。そうして、「きれいなジャイアン」という現象そのものが、作品から独りだちし、ファンのあいだで伝説的に語られるようになったのである。



 今日のアニメの内容に入ろう。
 ジャイアンにピカピカのグローブを奪われ、かわりにボロボロのグローブを押しつけられたのび太が、「ドラえも〜ん」と泣きながら家へ帰ると、突然ドラえもんが玄関から飛び出し、のび太に泣きついてきた。ドラえもんが言葉にならない言葉を発して嘆き悲しむ様子は、ドラえもんのショックがよく伝わってきたうえ、おもしろかった。
 ドラえもんが「パパがぼくのドラ焼きを食べたぁ〜」と訴えながらのび太のシャツをつかんでいるところは、ドラえもんのび太に甘えている心理が垣間見え、芸が細かいと思った。


 パパにかじられたドラ焼きが単なるドラ焼きではなく、1ヶ月に1回10個しか販売されない限定品であることと、ドラえもんがその限定ドラ焼きへの思い入れをたっぷりと語るシーンが楽しかった。このくだりが、のちのシーンでスネ夫の買収工作に負けるドラえもんの気持ちに説得力を与えている。


 ドラえもんは、童話『しょうじきなきこり』をたとえに出しながら、きこりの泉の使い方を説明する。このときのび太が、「『金のおの 銀のおの』ってやつ?」とすかさず補足するのがいい。前述のとおり、私は『しょうじきなきこり』より『金のおの 銀のおの』と言われたほうがピンとくるのだ。
ドラえもんは、『しょうじきなきこり』のストーリーを語るさい、原作にない紙芝居を使ったが、この紙芝居の絵柄が本編のアニメ絵とは違う画風できれいだった。


 ドラえもんは、きこりの泉に食べかけのドラ焼きを落とし、正直のご褒美として女神ロボットから「大きなドラ焼き」をもらう。それを見たのび太が、食べかけのドラ焼きが返ってこないことを指摘すると、ドラえもんは「そこらへんは、童話と違うの」とあっさり片づける。この説明が、本物のジャイアンのかわりにきれいなジャイアンが返ってくるオチへの伏線になっているし、オチをおもしろくするための、藤子・F先生の確信犯的なご都合主義にも思える。


 のび太は、きこりの泉でボロボロのグローブをピカピカのものにとりかえ、しずかちゃんは小さくなって着られない服を今着られるサイズの素敵な服と交換する。それを見たジャイアンスネ夫は、限定ドラ焼きを30個あげるからとドラえもんを誘惑し、きこりの泉を使う許可を得るのだった。
 スネ夫の家へ移動する男子たちを「いってらっしゃい」と見送るしずかちゃんの淡泊な無表情ぶりがとてもよかった。


 スネ夫は新品のロボット人形をきこりの泉に落とすが、かわりに出てきた巨大ロボットラジコンを見たジャイアンが、興奮のあまり「ハイ、俺のです!」と嘘をついてしまい、結局新品のロボット人形も巨大ロボットも失ってしまう。そのときのジャイアンの「グワ〜ッ!」というリアクションは笑えた。あまり上手とは言えなかった木村昴さんの演技で、こうして笑わせてもらえるようになったのか、と思うと感慨深い気持ちになる。


 ラスト。きれいなジャイアンのアップは、これがくるとわかっていたのに、不覚にも吹き出してしまった。木村さんのしらじらしいさわやか発声は、きれいなジャイアンのいかがわしさを増幅していた。

*1:『殺され屋』:初出「コミックモーニング」昭和58年1月13日号

*2:『殺し屋のお正月』:初出「週刊少年サンデー」昭和45年1月11日号