「タタミの田んぼ」「オーバーオーバー」

わさドラ』1月27日放送分のレビュー。


●「タタミの田んぼ」

初出:「小学四年生」1974年1月号
単行本:「てんとう虫コミックス」2巻などに収録

【原作】
 本来屋外で行なう仕事・遊びを、勉強部屋にシート状の道具を敷いて実践するという観点では、てんコミ12巻収録の「勉強べやの釣り堀」と同じテイストを感じさせる作品だ。


 ドラえもんのび太が、もちを4個ずつおいしそうに食べてから、残った1個をどちらがで取るかで喧嘩をはじめる。もちを5個食べるか4個食べるかという実にせこい争点で本気になって取っ組み合う2人の姿は、まるで兄弟喧嘩をしているかのようだ。2人の、血を分けたかと思えるほど濃い精神的つながりが伝わってくるシーンである。


 ドラえもんは〝もちせいぞうマシン〟を出すが、原料のもち米をママからもらえなかったため、〝しゅみの日曜農業セット〟を用いて、もち米を稲から栽培することにした。しゅみの日曜農業セットを使うと、部屋のなかに小さな田んぼができて、室内で水稲栽培が可能になるのだ。
 このセットには、室内で稲を栽培するのにこれといって必要がないと思われるかかしやイナゴや台風まで用意されているのが特徴だ。そんなことから、この道具の趣旨は、合理的・効率的に稲を育て上げるよりも、田んぼでの農作業をひととおり体験するという点にあるようだ。2人がイナゴを手作業で駆除しているところを見ると、この道具は、安全安心の無農薬農法を採用しているらしい。
 稲刈りを終えてから脱穀・精米する場面もあって、この話を読めば、農作業の経験のない読者が、米ができるまでの行程をひととおり知ることができるという学習効果もありそうだ。


 ドラえもんのび太は、もち米を栽培してもちをたくさんこしらえた結果、2人で259個のもちを食べられることになった。ところが今度は、130個取るか129個取るかで喧嘩をはじめる始末。当初よりもちの総数が圧倒的に増えたにもかかわらず、たった1個の差にこだわっているのだから、冒頭5個か4個かで揉めていたよりも、さらにせこいレベルで喧嘩することになったのだ。
 2人の喧嘩を止め入ったママの頭に、弾みで跳ね上がったもち1個がさりげなく当たっているのが、ちょっと可笑しい。



わさドラのび太の部屋が日照り? 台風? イナゴの大群? タタミの田んぼ)

・冒頭、のび太ドラえもんが、本当においしそうに楽しそうにもちを食べていて、観ているこちらも楽しくなってきた。


・もち1個のために大喧嘩をするのび太ドラえもんを止めに入ったママ。原作では「そんなことでけんかなんて、みっともないわよ」と2人を穏やかに諭していたが、『わさドラ』では、2人を強く叱ったうえ、余ったもち1個を取り上げパクッと食べてしまうという無法ぶり?だった。


・しゅみの日曜農業セットで稲を栽培するシーンでは、8ページの原作をボリューム・アップする目的もあって、ひとつひとつの行程が少しずつ丹念に描かれることになった。とくに最初の田植えシーンは、のび太の拙い植え方にドラえもんから指導が入ったり、のび太が作業中に腰を痛めたりといった描写で田植えの臨場感を出していた。〝ミニチュア早乙女〟なる、ムードもりあげ楽団の田植え限定バージョンみたいな道具まで登場した。稲の花をアップで映したり、2人で豊作を確認しあったりと、稲が豊かに生育していくさまを具体的に感じとれるような配慮もなされていた。
 稲を刈り取ったあともまだ脱穀や精米などの行程が残っているんだというニュアンスを強調することで、米やもちが出来上がるまでの大変さをあらわしていたのもよかった。
 こうした演出によって、のび太ドラえもんが感じた、農作業の楽しさと苦労、豊作の感動、収穫の喜びなどがよく伝わってきた。短めの原作を膨らますアレンジとしては、実に好感がもてるものになっていた。


・ラスト、原作どおりに喧嘩をする2人であったが、それを止めに入るママは登場しなかった。



●「オーバーオーバー」

初出:「小学五年生」1976年12月号
単行本:「てんとう虫コミックス」13巻などに収録

【原作】
 この作品に登場するひみつ道具〝オーバーオーバー〟は、意味が違うけれど文字にすると同一になる2つの言葉を単純にくっつけたネーミングで、その用途は文字通り〝物事がオーバーに見えるオーバー〟である。そんな、安直といえば安直なネーミングなのに、なんだか含蓄があってイカした名称のような気がしてくるから不思議だ。


 部屋に寝転がってマンガを読むのび太に、ドラえもんは「ゴロゴロしてばかりいちゃたいくつだろ。たまにはおもてへでてみたら?」と忠告する。しかしのび太は「たいくつなもんか。マンガをよんでるとハラハラドキドキするよ。それにくらべりゃおもてへでたって何がある? のんびりおだやかな平和な世界だ。つまんないから家でゴロゴロしてるのさ。世の中がわるいんだ」と反論。のび太は、こうして自分の怠け心を正当化する段になると、とたんに屁理屈が冴えわたり、雄弁家になるのだった。
 そこでドラえもんはオーバーオーバーを取り出す。オーバーオーバーを着たのび太は、部屋のなかでサソリを見つけて驚愕。このサソリ、オーバーを脱いで見ると実はゴキブリなのだった。このシーンではサソリの絵がずいぶんリアルに描かれ、インパクトを与えている。


 オーバーオーバーを着たのび太の目には、ママの姿が包丁を握って襲いかかってくる鬼ばばに映った。のび太は「鬼ばば!!」と絶叫して必死で逃げだす。鬼ばばの姿はたしかに怖いが、ママに向かって「鬼ばば!!」と言ってしまったことのほうが、あとあと本当に怖いことになりそうだ。 


 のび太は、道で会ったしずちゃんと、おそろいのオーバーオーバーを着て冒険を楽しむことに。しずちゃんは、恐竜が道路を横切れば「あの正体はダンプカーね」、ジャングルを見つければ「空き地の草っ原ね!」と、いちいち種明かしをするので、オーバーな冒険世界を純粋に楽しみたいのび太は興を削がれ、しずちゃんに不満を述べる。それに対してしずちゃんは笑顔で謝り、その後も終始笑顔を浮かべながら余裕をもってオーバーな世界のスリルを満喫する。そんなしずちゃんの、遊園地のアトラクションで遊んでいるかのようなノリが印象的。


 空き地で会ったジャイアンの姿が海賊に見えてしまう場面があるが、ここはもともと、海賊ではなく人食い部族が描かれていた。1988年頃から、黒人差別との抗議を受けた書籍や商品が、続々と回収・絶版・廃止・修正されていく事態が起こり、そういう時代背景のなか、『ドラえもん』でもこの問題に配慮した描き換え処置がとられることになったのだ。
 同じ理由で描き換えが行なわれた『ドラえもん』の話は他に、てんコミ5巻収録「わすれとんかち」や、28巻「なぜか劇がメチャクチャに」がある。「わすれとんかち」では、叩き出されたおじさんの記憶のひとつが、人食い部族から極道に変更され、「なぜか劇がメチャクチャに」では、のび太らが演じる劇のうち「チビクロサンボ」のくだりが、「人魚姫」の話が展開されていく方向に変えられている。



わさドラのび太の街にティラノサウルス現る! オーバーオーバー)

・オーバーオーバーを着たのび太の目に映った鬼ばば(実際はママ)の姿は、けっこう迫力があって、その場違いな迫力が笑いを誘った。「鬼ばば!!」というのび太の悲鳴がママに聞こえてママがさらに怒るという、原作のシーンはなかった。


・ターザンになりきってライオン(正体は小さな犬)と戦うのび太。この様子を、オーバーオーバーを着ていない通行人やしずかちゃんの目線から描写したカットがあって、のび太の行為が、傍から見れば、小さな犬と真剣になって格闘しているちょっとイっちゃった人みたいであることが示された。
 のちの空き地のシーンで、オーバーオーバーを着たのび太・しずかちゃんが、切り立った断崖絶壁(実際は二段に積まれただけの土管)を命がけでよじ登るくだりが出てくる。その光景を、オーバーオーバーを着ていないジャイアンスネ夫が目撃することで、単なる土管を大げさに騒ぎ立てながら登ろうとするのび太・しずかちゃんの客観的な状況が提示された。
わさドラ』では、そうやって第三者的視点を入れ込むことで、オーバーオーバーを着ている人の行動が、客観的に見れば非常に滑稽で可笑しなものであることを表現していた。そしてそれが、結構なギャグになっていた。


・恐ろしい形相のティラノサウルス(本当は竿竹屋のトラック)が、「たけや〜 さおだけ〜」と音声を発したときは、その外見と音声のギャップに笑ってしまった。でも、トラックがティラノサウルスに見えているのび太・しずかちゃんの耳には、「たけや〜 さおだけ〜」という音声はティラノサウルスの鳴き声に聞こえているはずである。


・原作ではオーバーオーバーによる冒険世界を終始笑顔で楽しんでいたしずかちゃんだが、『わさドラ』では、空き地のジャングルでハリウッド映画さながらのアドベンチャーシーンに突入し、しずかちゃんの驚きや恐怖が結構シリアスなものになっていた。


のび太・しずかちゃん目線のジャイアンスネ夫の姿が、人食い部族でも海賊でもなく、山賊のとして描かれていた。



 
 本日は2本ともかなり楽しめた。しかし、今年から始められた、サブタイトルにアオリ文句をつける行為は、やはり受け付けがたい。次回予告や新聞のテレビ欄などでそうしたアオリ文句を使って作品内容を紹介する分にはよいが、正式なサブタイトルにアオリ文句を組み込んで一緒に読み上げてしまう行為は、原作のサブタイトルを損なうものだと感じる。また、原作を損なう損なわないという視点を外しても、そのアオリ文句自体が陳腐なことが多く、うるさく感じられる。



●その他
のび太の恐竜2006』で劇団ひとりが演じる5人のキャラクターの絵と声がちらりと紹介された。


 今週は「オーバーオーバー」で恐竜が描かれたが、次週からも、映画『のび太の恐竜2006』公開に向けて、恐竜が登場するエピソードが放送されていくようだ。次週2月3日は、「ほんもの図鑑」(6巻)と「地球製造法」(5巻)。