「ふたりっきりでなにしてる?」「水加工用ふりかけ」レビュー

 すでに3日がすぎてしまったが、8月4日(金)のアニメ『ドラえもん』で放送された2作品について書いておきたい。
 この日の放送は、「のび太誕生日スペシャル!」ということで、本編の合間に、のび太の誕生日を祝したミニアニメが挟み込まれた。みんながのび太にいろいろなメガネをプレゼントする内容だった。



●「ふたりっきりでなにしてる?」
【原作】

初出:小学五年生・六年生1989年10月号同時掲載
単行本:てんとう虫コミックス42巻

 本作では、のび太の情動がぞんぶんに描かれる。被害妄想に近い嫉妬心や猜疑心から始まって、悔しがったり、「いい気味だ」と思ったり、敗北感にうちのめされたり、恥ずかしがったり、しみじみ感激したり、のび太の感情の起伏やうねりが印象的に描写されていくのだ。
 しずちゃんに「(のび太の誕生日である)8月7日がなんの日かおぼえてる?」と尋ねたら「終戦記念日でもないし、……なんの日かしら」と反応され、「あとで遊びにいっていいかしら」と訊けば「きょうはこないで」と断られ、どうやらしずちゃん出木杉と二人で何かおいしい物を作って楽しもうとしているらしい、とくれば、のび太が嫉妬心や猜疑心にとらわれるのも仕方のない話である。
 しずちゃん出木杉がケーキを作って二人だけで食べる気でいる、と思い込んだのび太が、密閉空間探査機の上に表れた源家を不意に叩くと、実際のしずちゃんの家が激しく揺れだし、ケーキの材料や道具がちらばってしまう。のび太はそれを見て「いい気味だ!!」と思う。しかし、そんなアクシデントにも負けず、出木杉はべそをかくしずちゃんを慰めながら、ケーキ作りを続行したのだった。のび太は「負けたよ……」と溜息。
 このように、本作のなかでのび太は、嫉妬心や猜疑心を燃やしたあげく、二人を見舞ったアクシデントを喜び、アクシデントに負けない二人の仲を目の当たりにして敗北感にうちのめされる。ここまでくると、なんだかのび太がみじめになって、ちょっといたたまれなくなるが、ラストのページでどんでん返しがあって、一気に救われた気分になる。最後のコマの、喜びにひたるのび太の様子が、これまで露呈したのび太の負の情動を浄化し、よい後味を残してくれる。
 その一つ前のコマでのび太が感じた“恥ずかしい”という思いも、痛いほどに伝わってくる。



【アニメ】(しずかちゃんと出木杉が急接近? ふたりっきりでなにしてる?)


・原作のようにいきなり下校シーンから始まると、8月7日は夏休み中なのになぜ下校シーンなの?という疑問が生じるおそれがあるため、アニメでは「登校日」であることをしっかり描いてから下校シーンに移行した。


のび太に「8月7日が何の日かおぼえてる?」と訊かれたしずかちゃん、原作では「終戦記念日でもないし」と反応するが、アニメでは「海の日は終わったばかりだし、敬老の日は9月だったわよね」と、原作とは別の日を挙げた。日付だけを見れば終戦記念日のほうが8月7日に近いのに、敢えて「終戦記念日」としずかちゃんに言わせなかったのは、何らかの配慮だろうか? 


のび太がしずかちゃんと出木杉の行動を覗き見ている最中、原作ではドラえもんはその場にいなかったが、アニメでは終始のび太の様子を見て、のび太の情動や行動を制御していた。だから、原作ほど、のび太の感情が生々しくは伝わってこなかった。


・事前に嫉妬したり敗北感を味わったりしたぶん、しずかちゃんと出木杉からの誕生日プレゼントが、のび太にとって大きなサプライズになったし、身に沁みる喜びになったわけだが、自分の誕生日にこんなに悶々とした情けない感情に見舞われたのび太がちょっと気の毒な気もする。




●「水加工用ふりかけ」
【原作】

初出:てれびくん1980年9月号
単行本:てんとう虫コミックス第23巻

「水加工用ふりかけ」の初出時のサブタイトルは、「水ざいくで遊ぼう」。まさにこの初出サブタイトルのとおり、本作は、のび太ドラえもんたちが水ざいくで遊ぶ楽しい話である。この「水ざいく」という表現は、飴細工や粘土細工といった現実の遊びを思い出させ、そこに少し不思議なイメージがブレンドされて、なかなか魅惑的だ。単行本でも初出のサブタイトルを使用してもらいたかったくらい。


 
 水という物質は我々の生活のなかにごくごく当たり前にあるものだし、そもそも絶対になくてはならないものだ。そんなありふれた物質なのに、自分が風呂に入っているときや、グラスで水を飲むとき、水道の蛇口から水が落ちるときなど、時おり、この水という存在が妙に不思議に見えてくることがある。こんなに透明で決まった形のない曖昧な物質がいま目の前にある、いま自分と触れ合っている、という事態が、なんともファンタスティックで奇妙な感覚をもたらすのだ。
「水加工用ふりかけ」では、そんな当たり前のように身近にあって、生命の維持に必要不可欠で、少し不思議な物質である水を固体化して遊び道具にするわけだが、現実の世界で水を普通に固体にすれば単なる氷になってしまう。ところが本作では、水加工用ふりかけを使用することで、液体の水を、スポンジみたいにふわふわにしたり、鉄のように固めたり、発砲スチロール状にしたりと様々な質感に変えてしまうのだ。
 こうしたアイデアは、最新の科学知識を駆使したハードSFでもなく、壮大なスケールのスペースオペラでもなく、凝りに凝ったSF的ガジェットの展覧でもなく、実に地味で他愛ない不思議世界なのだけれど、空想の楽しさと科学のセンスが素朴ににじんでいて、〝空想科学〟という言葉を魅惑的に喚起してくれる。



 物質が固体・液体・気体と変化する現象をアイデアに活かした「サンタイン」(てんコミ33巻所収)も、「水加工用ふりかけ」と同系の魅力を感じさせるが、両作の空想科学度を比べると、「サンタイン」は比較的科学度が高く、「水加工用ふりかけ」は空想度が高いような気がする。




【アニメ】(ドラえもんイナバウアー!? 水加工用ふりかけ)


・暑い日が続くと、水細工がとても涼しそうに見え、ほどほどに納涼の効果があった。


ジャイアンスネ夫がホースを使って水をかけあっていた。その水をのび太がスポンジ状にしてしまい、水のかたまりがジャイアンスネ夫に連続して当たることになるが、それが当たる感触も、暑いに日には気持ちよさそうだ。


・今回の放送でしずかちゃんは、しずかちゃんと同名のリアル有名人のまねを2度もすることになった。1度めは、本編の合間のミニアニメで南海キャンディーズしずちゃんを、2度めは、「水加工用ふりかけ」のなかでフィギュアスケート選手の荒川静香さんをまねたのだ。(ちなみに、南海キャンディーズしずちゃんは、静香ではなく静代)
 こういうネタはあまりやってほしいとは思わないが、ドラえもんが頭のてんぺんを滑らせながらイナバウアーをするのはけっこう可笑しかった。
 けれど、イナバウアーというネタ自体がちょっと旬から外れているような気がして微妙。ミニアニメのなかの「冬のソナタ」のパロディも然り。