『夢トンネル』について

 前回の記事で藤子不二雄A先生の『夢トンネル』の話題が出たので、今回は私が以前ある同人誌で書いた『夢トンネル』についての文章を加筆修正して掲載しようと思う。2003年、京都漫画研究会から『夢トンネル』の単行本が発刊されたとき記したものである。
 いまその文章を読み返すと、『夢トンネル』初単行本化の喜びのあまり、思い入れ過剰な作品解釈をしている部分もあるような気がするが、私が藤子作品について語るさいはおおかた思い入れ過剰になるので、これも例外ではないというだけのことだろう(笑)

『夢トンネル』基本データ
初出:「サンケイ新聞」1983年5月12日号〜1984年5月5日号連載(毎回1ページ×全301話)
主人公の小学生・夢見ユメオくんの家の庭にはユーカリの木が生えている。ある日ユメオくんは、そのユーカリの木で休んでいた不思議な動物・ウィ〜キ〜と出会う。ウィ〜キ〜は“バクコアラ”という種族らしい。ユメオくんは、ウィ〜キ〜の特殊な力を借りて夢トンネルを通り過去へ旅する。


 京都漫画研究会によって復刻された『夢トンネル』の単行本が、藤子A先生の誕生日である(2003年)3月10日、自宅に届いた。あまりにも絶妙なタイミングだったので、思わず歓喜の雄たけびをあげそうになった。
『夢トンネル』は、すでに昭和の時代に読破していた作品だが、今回きちんと単行本にまとめられた状態で読んで、清新な感動が呼び起こされた。夢と幻想と郷愁と哀切が、ぐんぐんと私の胸を満たしていった。

『夢トンネル』を読んでまず感じるのは、読む者をぐいぐいと作品世界へ引き込んでいくストーリーの力である。
 この作品は、次回へと連続していく物語であるにもかかわらず、連載の1回分がわずか1ページという独特の連載形式だった。そのため、各ページの最後のコマが、毎度のごとく次回を期待させる「引き」の効果を担っていた。そういう形式の連載301回分が1冊の本にまとめられたことで、われわれ読者は次のページを早くめくりたい気持ちに駆られながら、最後まで勢いに乗ってストーリーを追いかけられることになったのだ。

 物語のテーマも魅力的である。「夢」がメインテーマであることをプロローグで明確に打ち出し、その「夢」の模様を“不思議な異生物との出会いと交流”“現在から過去へのタイムスリップ”といった題材を採用して生き生きと描き出している。

 この作品で特徴的なのは、夢トンネルなるタイムトンネルを通って行き来できるのが、現在と過去に限られている点だ。『夢トンネル』という作品が夢見ている方向は、過去であって、決して未来ではないのだ。これは、作者である藤子A先生が自身の過去に強い憧憬を抱いていることに深く起因する現象だろう。
『夢トンネル』では、藤子A先生が少年期に体験したことをベースにした過去世界がたびたび描写される。その過去世界とは、たとえば、太平洋戦争末期や戦後復興期である。
 そんな藤子A先生の少年期の体験を色濃く投影した藤子A作品といえば、真っ先に『まんが道』や『少年時代』が思い出されるが、こうした作品を彷彿とさせるエピソードが『夢トンネル』でも描かれている。
 いってみれば、『夢トンネル』の主人公・夢見ユメオくんは、藤子A先生の過去の思い出を作中で追体験しているのだ。

 ユメオくんは何度か過去へタイムスリップする。ユメオくんが訪れた過去は、彼が誕生する以前の過去だった。それは、作者である藤子A先生がリアルに経験した過去であり、ある世代以上の読者にとって思い出深い過去である。
 とはいえ、その過去はユメオくんにとって気が遠くなるような、はるかなる過去というわけではなかった。『夢トンネル』連載当時である昭和58、9年の日本で生活する小学生にとって、太平洋戦争末期や自分の父親が少年だった時代(戦後復興期)というのは、その時代を体験した両親や祖父母が目の前に生きていることもあって、はるか彼方に隔絶された純粋な歴史的過去と言ってしまうには、まだまだ生々しさが残っていたはずだ。
 だから、ユメオくんが訪れた過去は、その時代にはまだ生まれていなかったユメオくんとっても充分に郷愁を喚起される、リアリティのある時代だったにちがいない。ユメオくんは、何度もタイムスリップするなかで、作者や読者と一体になって、自身の記憶をじかにくすぐられるような、等身大の懐かしさに満ちた過去を味わったのではないだろうか。
 そして、当時「サンケイ新聞」を読んでいたお父さん世代は、ユメオくんや少年少女読者よりずっとリアルな実感をともないながら『夢トンネル』に没入して、懐かしさにひたったことだろう。

 藤子A先生は『夢トンネル』のなかで「過去」を「夢」のメタファーとして描き、そのように意味された過去へユメオくんを連れていくことで、彼にたっぷりと夢を享受させた。その夢は、非常にノスタルジックで甘美な魅力を漂わせ、ユメオくんを夢の虜へと誘惑していった。ユメオくんにとって夢見ることは、心を埋め尽くすほど素敵で楽しいものになっていった。

 しかし、藤子A先生はそれだけにとどめなかった。ユメオくんに夢見ることの悲しさやほろ苦さも覚えさせたのだ。夢を見続けるのは快楽であると同時に苦難でもあるという現実を、彼に突きつけたのである。
 楽しくもあり悲しくもある陰影に富んだ夢を体感していくなかで、ユメオくんは次第に人間的な成長を遂げていったようである。過去に憧れ過去にひたるという、一見うしろ向きで退嬰的に思われる行為が、結果として一人の少年を前向きに成長させることになったのだ。

 私はこのたび『夢トンネル』を通して読んで、ひたすら前を向いて生きるばかりでなく、ときにはどっぷりと過去の思い出につかってみることも大事なのだ、と感じた。そして、少年の心を持ち続けることと人間的に成長し大人になることは、決して対立し合うものではない、と教わった。
『夢トンネル』は、読めば読むほど夢の妙味と人生の奥行きを堪能できる、上質のノスタルジック・ファンタジーロマンなのだった。

 単行本を読んだ方々によるネット上の書き込みを覗いても、「傑作」「おもしろくて驚いた」といった好ましい反響が多く見られて嬉しい。


※私が描いたウィ〜キ〜