『T・Pぼん』スペシャル版2巻

 10月11日(土)、「ビッグコミックオリジナル」11月増刊号が発売されました。藤子A先生の『愛…しりそめし頃に…』夢の75「空手修行」が掲載されています。
 この話は、藤子A先生がつのだじろう氏の紹介で大山倍達の空手道場へ通った体験を元に描いたものですが、現実の藤子A先生とつのだ氏が池袋の極真会舘へ通って空手を習ったのは昭和45年のことで、そのときはとっくにトキワ荘を出ていました。二人の藤子先生がトキワ荘を出たのは昭和36年のことですから、今回の話は昭和45年の出来事を昭和36年以前のトキワ荘時代の出来事として描いているわけです。これまでも実際の出来事を現実の時系列からずらして描くことが多かった『愛…しりそめし頃に…』ですが、ここまで大幅に時代をずらして描くのは珍しいです。
 現実にはトキワ荘時代の出来事ではないことまでトキワ荘時代の出来事として描くその大胆な脚色ぶりが、『愛…しりそめし頃…』という作品のダイナミズムになっているような気がします。



 4日ごろに発売された『T・Pぼんスペシャル版第2巻(潮出版社)をよくやく入手しました。近隣の書店はどこも入荷していないので、隣の市まで足を運びました。
 2巻は、第12話から22話までを収録。巻末特別企画では、爆笑問題太田光氏が「藤子作品に潜むコワさと凄味」と題して『T・Pぼん』について語っています。なぜ太田氏がこの役に選ばれたのかなと、ちょっと不思議な人選でした。
 

(以下、作品のネタばらしをしていますので、未読の方はお気をつけください)
 


 爆笑問題の太田氏は「第十四話(「超空間の漂流者」)では、最後のシーンでリームがいきなり「さよなら」と凡に言って消えてしまう。編集上の理由はあるにせよ、その後のフォローもなくて、以後一切出てこない。これなんかもやっぱりコワいですよ」と語っています。
 太田氏が指摘したリームとぼんの別れのあっさり感は私も以前から印象深く受け止めていたので、このシーンに注目したという点で太田氏に共感しました。藤子F先生は、通常の作家ならもっとこってりと描くであろう感動場面を、淡白なまでに抑制的・省略的に描くことがしばしばあって、それはもしかするとページ構成上の都合からそう描いている面もあるかもしれませんが、本来もっと念入りに劇的に演出してもおかしくない感動場面があっさりと描写されることで、そのシーンが逆に私の心に滲みてきたり印象に刻まれたりすることがよくあるのです。ぼんとリームの別れのシーンは、そういう描写の代表的な事例です。リームの「さよなら」という短い言葉が、じつにしみじみと心に響いてくるのです。