藤子・F・不二雄大全集第2回配本

 本日25日(火)は、藤子・F・不二雄大全集の第2回配本『ドラえもん』第2巻、『キテレツ大百科』第1巻、『エスパー魔美』第1巻の発売日です。発売日が近づくとわくわく感が高まります。今後も数年間は、毎月のように25日あたりになるとF全集の新刊が発売されるわけで、このわくわく感がまだまだ持続すると思うと、さらにテンションが上がってきます。


 
ドラえもん』第2巻は、「小学一年生」1970年1月号で『ドラえもん』第1話に遭遇してから「小学六年生」1975年3月号までのお付き合いだった世代が読んだ全63話が収録されています。1962年度生まれの人が小学生のあいだに読んだ『ドラえもん』が順番に読めるわけです。この「世代別学年繰り上がり方式」という収録方法は、想像以上に素晴らしいと実感しています。当時の読者がリアルタイムで読んだ順番を追体験できるということ自体がまず貴重ですし、1話完結型の話でありながらそれを続けて読んでいると前月/今月/来月といった前後関係のつながりを感じさせてくれる部分があって、そういうところがわかりやすく把握できるのもありがたいです。(前月の話をはっきりと意識した描写もあるし、キャラクターの造形的・性格的つながりや、季節感の移ろい、画風の連続性、といったことも感じられる)


 この『ドラえもん』第2巻には、単行本初収録作品が6話あります。なかでも特筆すべきは、「小学二年生」1970年5月号初出の「ロボットのガチャ子」でしょう。ガチャ子は、『ドラえもん』の連載初期に5回だけ登場して忽然と消えてしまった幻のキャラクターでした。
 完全に埋もれてしまっていたキャラクターだったガチャ子が、“幻のキャラクター”として認知されるようになったのは、小学館文庫『ドラ・カルト 〜ドラえもん通の本〜』(1998年1月初版)において図版付きで紹介されたことが大きなきっかけだったと思います。
 では、なぜガチャ子は幻のキャラクターになってしまったのか……。それは作者の藤子F先生が自らの手で「いなかった」ことにしてしまったからです。F先生は、ガチャ子について次のように述べていました。

ガチャコというあひる型ロボットを出したことがあります。ライバルがいたほうが良かろうという軽い思い付きでした。ちっとも良くなかった。焦点が分裂して全く違った性格の漫画になってしまうのです。ガチャコはなかったことにしました。(てんとう虫コミックスアニメ版『映画2112年ドラえもん誕生』小学館、1995年)

 このように、作品のポイントが分裂して別ものになってしまうとの理由から、作者であるF先生の手でいなかったことにされてしまったキャラクターがガチャ子だったのです。ですからガチャ子が登場するエピソードは、これまで単行本に収録されることはありませんでした。
 それがこのたび、「全作品網羅を標榜する大全集」の刊行によって、ついに単行本に収録されることになったのです。これは記念すべきことだと思います。(F先生の意向に反していると言えばそうなんですが…)


 アヒル型ロボットのガチャ子は、ドラえもんの頼りなさを補うためのび太の面倒を見るという役回りです。ガチャ子が何かやりはじめるとドラえもんは対抗心を剥き出しにするのですが、両者ともなんだかズレたことばかりするため、周囲の迷惑を顧みないハチャメチャな結果を招くことになります。
 ガチャ子が登場する話は、今回F全集『ドラえもん』第2巻に収録された「小学二年生」1970年5月号発表分のほか、「小学一年生」1970年5月号、6月号、7月号、11月号で発表された4話が存在します。これら「小学一年生」で発表された4話は、10月発売の『ドラえもん』第3巻に収録される予定です。
 このうち「小学一年生」11月号で発表された話は、問題作「クルパーでんぱのまき」ですね(笑) 「クルパーでんぱのまき」でガチャ子が使う“クルパーでんぱ”は、ガチャ子の説明によれば「あたまもからだもよわくなるでんぱ」という恐ろしいシロモノです。この電波を浴びた友達も先生も両親も、みんな目が互い違いになって鼻水をたらしっぱなしになります。そんな内容ですから、F全集刊行の報を受ける前までは「クルパーでんぱのまき」が単行本に収録される可能性はかなり低いと思っていたのですが、それがいよいよ10月発売の第3巻に収録されることになるのです。


 ちなみにガチャ子は、日本テレビ版のアニメ『ドラえもん』(1973年)では放送の途中からレギュラーキャラになっていて、けっこう活躍していたようです。日テレドラのガチャ子は、しずかちゃんの家に居候していました。
 それから時を経て2006年6月2日、今度はテレビ朝日版の『ドラえもん』(水田わさび版)に、ガチャ子が登場したのです。そのときは、まさかガチャ子が出てくるとは思っていなかったので驚きました。「クリスチーネ剛田大先生! ジャイ子の新作マンガ」という話だったのですが、その話のなかでドラえもんのび太が観ているテレビ番組にガチャ子がちらりと映ったのです。(原作ではオバQでした)

ドラえもん』第2巻の特別資料室には、「ツチノコ見つけた!」雑誌初出版のラストページが収録されていて、単行本版のオチの続きにもうひと展開あったことがわかります。いい資料ですね。

 

 
 F全集『キテレツ大百科』第1巻は、『キテレツ大百科』自体に単行本未収録話がないため「単行本初収録」という売りはありませんが、既存の『キテレツ大百科』の単行本で最も多く売れたであろう「てんとう虫コミックス」全3巻(小学館)では読めない話が、F全集第1巻に4話収録されているので、サブタイトルだけ紹介しておきます。
「聞き耳ずきん」
「公園の恐竜」
「冥府刀」
「一寸ガードマン」
の4話です。
 また、「てんとう虫コミックス」の収録内容に準拠した「コロコロ文庫」全2巻(小学館)では、「てんとう虫コミックス」に収録されていた「地震の作り方」という話が未収録となりましたが、今回の全集ではちゃんと「地震の作り方」も収録されています。「地震の作り方」が「コロコロ文庫」で未収録となったのは、1995年に起きた阪神・淡路大震災への配慮からだった、と言われています。「コロコロ文庫」全2巻だけで『キテレツ大百科』を読んできた方は、今回のF全集『キテレツ大百科』第1巻で合計5話を初めて読めることになります。(「藤子不二雄ランド」全4巻では全話読めます)
 特別資料室に、『キテレツ大百科』連載予告のためにF先生が描き下ろしたイラストが載っています。主人公の木手英一くんやコロ助のキャラデザインが、実際に連載が始まったときのものとずいぶん違っていて面白いです。コロ助が団子を持っているのが、とぼけていて愉快です^^
 

 巻末の解説ページでは、F先生のアシスタントだったこともある漫画家・田中道明さんが、『キテレツ大百科』の話を例にとってF作品の構造分析を試みています。物語から構造を抽出するという方法論は、ロシアフォルマリズムから構造主義へとつながっていったものですが、私もかねてから直観的に「藤子Fマンガは構造的な要素が強いな」と感じていたので、今回の解説文はとても興味深く読めました。もちろんF作品の場合、構造だけではなく、その構造に肉付けされた部分や物語を組み立てる前の発想に才気や個性が見られるわけですが、F先生がこれほど大量に安定したレベルの作品を描きつづけられたのは、物語の構造への分析的なまなざしがあったからなのだと私も思います。


 
 F全集『エスパー魔美』第1巻も、『エスパー魔美』に単行本未収録話がないため「単行本未収録だった話が読める!」という訴求力はありませんが、F全集のチラシなどで告知されていたように、2色カラー画稿を完全再現するというのがセールスポイントになっています。初出雑誌で『エスパー魔美』を読んでいた人以外の目に触れることがなかった魔美のカラーページの色合いが、いよいよ単行本で見られることになったのです。
 本当なら『エスパー魔美』以外の作品も、カラーページはカラーで再現してほしかったのですが、すでにそれは無理だとわかっているので、せめて幼年向けマンガなど作品の大半がカラーページで描かれた作品だけでもカラー単行本として刊行してほしいところです。
 巻末のアニメ監督・原恵一さんの解説文がいいです。藤子Fファンだったアマチュア時代の思い出やアニメーターとしてアニメ『エスパー魔美』の携わった経験を踏まえつつ、的確でわかりやすい『エスパー魔美』論を書いておいでです。



 第3回配本は、『オバケのQ太郎』第2巻と『パーマン』第2巻の2冊です。9月25日発売。