お盆に読んだマンガ(その2)

 このお盆あたりに私が読んだマンガを紹介しつつ、そのマンガと藤子不二雄を強引に結び付けて語ってお茶を濁そうという企画の第2弾です。


石黒正数『探偵綺譚』全1巻
 
ヤングキングアワーズ」にて『それでも町は廻っている』を連載中の石黒正数が描いた短編作品を集めた一冊。表題作の『探偵綺譚』には『それでも町は廻っている』の主人公・嵐山歩鳥が登場している。
 収録作のなかで特に好きなのは『スイッチ』。種明かしされる真相が意外なような拍子抜けのような感じで面白い。『修学旅行』も好きな作品だ。ここで展開される“いいかげんな基準の反転”が楽しい。それから、『カラクリ』における、木製おじいちゃんロボの内臓部のありさまがちょっと笑わせ、ちょっと泣かせてくれる。本書は、コミカルなすこしふしぎ短編集、といった趣だ。未発表ラクガキ集付き。


 同じ石黒正数の短編集『Present for me』も読んだ。こちらは再読。石黒正数の短編集ではこちらのほうが好きだ。
 表題作の『Present for me』は、文明が滅んで砂漠化してしまった未来世界が舞台。壊れたロボットと一人の少女が出会うところから物語は始まる。ロボットは救われるのか? ロボットの正体は?…そして迎える最後の一コマで「なるほど」と膝を打ちつつあたたかい気持ちになれるのが本作の醍醐味だ。石黒正数のデビュー作『ヒーロー』も読める。
『カウントダウン』では、F先生の短編『ある日…』を思い起こさせる場面が見られる。
 F先生は、読切短編『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』や連載作品『中年スーパーマン左江内氏』などで正義の味方、スーパーヒーローといった存在を批評的に(裏側から見たり皮肉ったり笑ったりしながら)描いているが、この短編集に収録された『ヒーロー』や『なげなわマン』も“正義の味方”という題材を俎上に載せている。

 石黒正数は、人生で(記憶にあるなかで)最初に読んだマンガが『ドラえもん』であり、中学生になるまで『ドラえもん』『パーマン』『忍者ハットリくん』『魔太郎がくる!!』『オバケのQ太郎』『SF短編』など藤子マンガばかり読んでいたという。自身が描くマンガも藤子マンガの影響を多大に受けているとのこと。
 石黒正数は現在活躍する漫画家のなかで、藤子マンガの影響を強く受けたことを公言している代表的な一人であろう。
 http://moura.jp/manga/michao/pt/ishiguro01/index2.html
それでも町は廻っている』は、2010年10月7日よりTBSにてアニメが放送予定だ。



とよ田みのる友達100人できるかな』現在3巻まで
 
月刊アフタヌーン」で連載中。主人公は36歳の小学校教師だ。この主人公は、妙な宇宙人と遭遇し、地球人が愛のある種族であることを証明しなければ宇宙人によって滅亡させられる、と告げられる。地球人に愛が存在することを証明する査定個体として、この主人公が選ばれたのだ。愛の存在を立証するためになすべき使命とは、友達を100人つくることだった……


 地球人類の存亡をかけ、平凡な地球人一人が選抜されて人類を救うための使命を果たす、というアイデアは、F先生の短編『ひとりぼっちの宇宙戦争』を思い出させる。『友達100人できるかな』では、友達を100人つくることで、『ひとりぼっちの宇宙戦争』では、自分そっくりのロボットと一騎打ちして勝利することで、地球が宇宙人からの侵略を免れるのだ。
 地球侵略を企てる宇宙人が、調査対象を特定の個人に絞って観察するという意味では、F先生の『征地球論』の印象とも重なる。
 とよ田みのるの絵のタッチは、どことなくトキワ荘系作家のような懐かしさを漂わせている。そのうえこの作品は主な舞台が1980年代なので、なおさら懐かしさがいっぱいなのだ。
 パラレルワールドとかバタフライエフェクトといったSF概念も出てきて、アイデアSFの面白さを味わえる一方、この作者ならではの人情味やあたかかみのあるハートフルなストーリーも楽しめる。
 とよ田みのるは自身のサイトで自作を公開しているが、そのなかの『Sound of Silent』(2001年、64ページ)と『ガンナーズハイ』(2000年、34ページ)は、藤子・F・不二雄先生の短編集からインスパイアされたということだ。
http://members.edogawa.home.ne.jp/poo1007/mainwindow/mannga.htm


島田虎之介『東京命日』全1巻
 
 白と黒コントラストが目立つクセのある絵とちょっと複雑な場面転換でとっつきにくさはあるものの、いったん作品世界に入り込むと独特の雰囲気にじわじわと包まれていく。有名人の命日に墓参りにやってくる人々のドキュメンタリーを撮る青年を軸に、それぞれが無関係であるかのような幾人かの人生が擦れ違いつつも奇妙に折り重なり、独特のしみじみした情感へと収斂していく。一読しただけではわかりにくいところがあるが、読み進めるうちに不明なところを残しつつ各登場人物の人生に触れている気分になる。そして、二度、三度と再読するたびに新たな発見があって感嘆させられる。読めば読むほどパズルのピースが埋まっていくようでありながら、じっさいのパズルゲームのようには整然と埋まっていかない、骨のある作品である。


 このマンガは、映画監督・小津安二郎の命日の話題から始まり、その命日で幕を閉じる。藤子A先生は、「20世紀を代表する日本の映画監督を5名挙げてください」というアンケートで、五名のうちの一人に小津安二郎の名を挙げている。
 白と黒のコントラストが印象的ということで、A先生の作品とつながる面もありそうだ。



岡崎京子ヘルタースケルター』全1巻(再読)
 
 美醜への異常なまでの執着と、美しさを失うことへの恐怖が描かれており、そのテーマは、楳図かずお先生の『洗礼』へのオマージュといわれている。岡崎京子は、リアルタイムで『洗礼』を読んでいて、とても好きな作品だと語っている。
 主人公は人気モデルのりりこ。彼女は、大半が人工的につくられた美によって支えられた人気者。要するに、全身整形をしているのだ。人気の絶頂を迎えながら、美を失うことを、人気を失うことを病的なまでに恐れていた。誰からも見向きをされなくなること、皆から忘れ去られることは、本質的に孤独な彼女の存在を虚無へ追いやるものであった。しかし彼女は、いつか自分の美・人気が失われることを強く予感していた。
 破滅への予感が濃厚に漂うストーリー。なにしろ『ヘルタースケルター』のもともとの意味は「螺旋状の滑り台」なのだから… だが、りりこは精神的な弱さを抱えながらも、タフな生き方のできる女性であった。病的だけどたくましい……というのが、本作読後の私のりりこに対する印象である。りりこに振り回され虐げられつつもりりこから離れられない女性マネージャーの存在も、本作では大きなウェイトを占めている。


 自分の外見をもっと美しくしたいという欲望をかなえようとする話は、藤子マンガにもいくつかあるが、ここでは『ドラえもん』の「消しゴムでノッペラボウ」を挙げておきたい。“取り消しゴム”で自分の顔の目鼻口を消し去り、のっぺらぼうになったその顔に“目鼻ペン”で美形の目鼻口を描いてもらおうとする話である。消しゴムで顔をのっぺらぼうにしてペンで美しい顔に描きなおす、なんてお手軽な発想がすこしふしぎでありつつばかばかしくて楽しくて、F先生のアイデアが冴えわたる、『ドラえもん』ならではの一作だと思うのだ(笑)
 それから、女性の全身を美容整形するという行為を批評的に描いた作品という意味で、A先生のショートショート『変身科へどうぞ』が思い出される。


 同じ岡崎京子の『リバーズ・エッジ』(全1巻)も再読した。この作品には、作中人物のセリフでアニメ『キテレツ大百科』が出てくる。


魚喃キリコ『blue』全1巻(再読)
 
『blue』を、同じ作者の『南瓜とマヨネーズ』『strawberry shortcakes』とともに再読した。これらの作品では、人を愛することの痛みが、無駄を省いた静的で描写で綴られていく。瞬間を切り取った写真のような白と黒のコントラストの絵が印象的だ。
『blue』は、女子高生どうしの恋愛のような友情のようなデリケートな心情を描いている。些細なすれ違いから起こる嫉妬心の描き方がうまい。
『blue』や『strawberry shortcakes』を読むと、友情が友情のままでいるのは相当に難しい、と思えてくる。友情は恋愛に発展したがったり壊れたがったり不必要な誤解や嫉妬を生んだりする… そして友情はしんどく面倒くさいもの… それでも読後は友情っていいもの、と感じられてくるから不思議である。
 藤子不二雄との関連を無理やりにでもひねり出そうとしたが、ピンとくるものがなかなか思いあたらないので、とりあえず、「CUTIE COMIC」2004年4月号の巻末で魚喃キリコが「最近再放送でキテレツ大百科を観るのが楽しい」と書いていたことを挙げておきたい。



■諌山創『進撃の巨人』現在2巻まで
 
別冊少年マガジン」で連載中。人類を捕食する巨人と、巨人に食われて人口・領土を激減させた人類との戦いを描いている。巨人の圧倒的な強さと大きさに対して絶望的なまでに無力でちっぽけな人類…。絶望的な状況や残酷な場面が続く。巨人の存在が謎に包まれており、今後どう解き明かされるのかが気になるところだ。人類が見いだす活路にも期待。それとも、さらなる絶望が待っているのか…。今後尻すぼみすることなく連載が続いていってほしい作品だ。


 人類より圧倒的に強く、人類と意思の疎通がはかれない異生物による人類への殺戮行為が描かれているという点で、藤子マンガではF先生の短編『絶滅の島』を思い出させる。『絶滅の島』では、異生物が地球人を狩っていた理由がラストで明かされて、それが衝撃的かつユーモラスなオチになっている。現在連載中のこの長編マンガ『進撃の巨人』では、巨人がなぜ人間を狩るのかその訳が謎として物語の中で引っ張られているので、どんな答えが明かされるのか楽しみだ。



■原作大場つぐみ・作画小畑健バクマン。』現在9巻まで(今回は9巻を読むため、7巻から読み返した)
 
 二人の少年がコンビを組んで漫画家を目指しプロになって活躍するという大枠のストーリーは、A先生の『まんが道』を彷彿とさせる。小畑健は『まんが道』について「もはや意識するとか、しないとかを超越したバイブル的なもの」と語っている。
 あと、本作には『ドラえもん』の作品名が出てくる。単にちらりと出てくるだけでなく、主人公たちが新たに描くマンガの参考作品として『ドラえもん』に焦点があてられるのだ。