『ドラえもん』と四月バカ

 きのうは4月1日、エイプリルフール(四月バカ)でした。
ドラえもん』には四月バカの話がいくつかあります。


 たとえば「ハリ千本ノマス」。この話の中でしずちゃんは“親切な嘘”について語ります。喜ばせておいて後でがっかりさせる嘘は相手がかわいそうで、びっくりさせておいて後でほっとさせる嘘が親切な嘘だと…。私は子どもの頃このくだりを読んで「なるほど!」と感心しました。
 その意味で、「帰ってきたドラえもんジャイアンのび太に言った嘘は、のび太自身も述べているとおり、のび太にとって実に残酷なものでした。
 未来の世界へ帰ってしまってもう会えないと思っていたドラえもん…。そのドラえもんの姿を目撃したとジャイアンが言うのですから、その言葉を信じたのび太は無上の喜びに包まれます。その分、それが嘘とわかったときの失望は、とてつもなく深いものになります。
 ただしこの話では、嘘が失望を生み出すだけで終わることはなく、最後に大きな救いがもたらされます。ジャイアンが残酷な嘘をついたのをきっかけに、のび太は“ウソ800”を飲んでジャイアンに仕返しし、その流れで“ドラえもんが帰ってくる”という最高の状況を無意識的に呼び込んだのです。のび太にとって最も残酷な嘘が、のび太にとって最も嬉しい結果につながった、と言えるわけです。



ドラえもん』の四月バカの話は、ほかに「化石大発見!」「うそつ機」があります。
「化石大発見!」でのび太ドラえもんがアマチュア古生物研究者についた嘘は、しずちゃん流に言えば“喜ばせておいて、後でがっかりさせる、悪い嘘”であり、「帰ってきたドラえもん」でジャイアンのび太に言った嘘に負けないくらい残酷なものです。
 しかしこれも結果的に“世紀の大発見”という幸福な結末をもたらすことになります。災い転じて福となすと言うか、嘘から出たまことと言うか、そんな結果オーライの嘘になったのでした。
 逆に、「ハリ千本ノマス」でしずちゃんが“親切な嘘”と思って言った「あんたの家が火事よ」は、しずちゃん野比家に放火寸前!?という恐ろしい事態を招いてしまうのですから皮肉なものです。(こうした、悪い嘘が良い結果をもたらし親切な嘘が危機を招くという事態は、どれもひみつ道具の効力が生み出したものです)


「うそつ機」の冒頭でジャイアンのび太につく嘘は、なかなかテクニカルです。この話では、四月バカだからということで、まずのび太ジャイアンに嘘をつきます。嘘をつかれたジャイアンは怒りそうになりますが、のび太は「きょうは四月一日だから、うそをついてもいいんだぞ」と自分の正当性を主張。それに対しジャイアンは「四月一日? おまえ、なにをかんちがいしてんだ」と切り返します。そう言われたのび太は、自分のほうが日付を一日間違えていたんだ…と思い込み、「ということは、なぐられてももんくいえないな!」とジャイアンに詰め寄られても反論できず、ボロボロになるまで殴られます。そうしてジャイアンは、「べえ、ほんとは四月一日だよ」と舌を出しながら去っていくのでした。


 いつもなら問答無用でのび太を殴るジャイアンですが、この話の中では、“自分がのび太を殴るのは正しい行為なのだ”という空気をつくって殴っています。
 エイプリルフールは“嘘をつかれても怒ってはいけない。嘘をついても怒られない”日ということになっています。ジャイアンは、そんなエイプリルフール・ルールを巧みに利用して、自分が怒って然るべき立場にあるような空気を形成しながら、のび太に嘘をつかれた怒りを見事に晴らすのです。
 このときジャイアンは、“自分の怒りに正当性があるように思わせながら怒りを晴らす”ことに成功すると同時に“エイプリルフールにうまい嘘をつく”ことにも成功しているわけで、なかなか知能的なことをやってのけているなと思います。



 ハリ千本バッジ、ウソ800、うそつ機のような“嘘が本当になる”系のひみつ道具は『ドラえもん』にいくつか登場するのですが、それぞれ機能・効力が微妙に違っていて面白いです。

 ●うそつ機(「うそつ機」)
 これを使って嘘をつくと、嘘をつかれた人が本気にしてしまう。


 ●ソノウソホント(「ソノウソホント」)
 これを使って嘘をつくと、嘘が本当のことになる。


 ●ウソ800(「帰ってきたドラえもん」)
 これを飲んで何か言うと、言ったことが嘘になる。


 ●ハリ千本バッジ(「ハリ千本ノマス」)
 このバッジをつけた状態で人に嘘をつかれると、嘘をついた人がその嘘を本当のことにしなくてはならなくなる。


 ●アトカラホント(「アトカラホントスピーカー」)
 これを使って嘘をつくと、その嘘があとから本当のことになる。


 こうして見ると、最も直球の“嘘が本当になる”道具がソノウソホントであることがわかります。アトカラホントは、“嘘が本当になる”状態が時間差で生じる道具であり、うそつ機は、嘘をつかれた人がその嘘を本気で信じてしまうことで“嘘が本当になる”のと同様の状況ををつくり出し、ハリ千本バッジは、嘘をついた人が“嘘が本当になる”状態を自力で実現することになります。
 ウソ800の場合は、ちょっとだけ複雑です。のび太がウソ800を飲んでから「きょうは、いい天気だ」と言いました。その発言内容は本当のことですが、それを言ったとたん雨が降り出すことで嘘へと反転します。
 そのあと、のび太ジャイアンに「きみはね……、ママにほめられるね」と言う場面がありますが、ジャイアンは母ちゃんに誉められるわけではないので、のび太が言ったこの言葉は本当のことではありません。つまりのび太は嘘を述べたわけですが、のび太がそう述べたとたんジャイアンは怒りモードの母ちゃんに連行されます。きっと、家に戻ってからこっぴどく叱れるのでしょう。この場合、のび太が言った嘘が本当のことになったわけではありません。のび太が言った嘘の意味内容と反対のことが起こったのです。すなわちウソ800は、本当のことを言おうが嘘を言おうが、言った言葉の意味内容が嘘になる道具なのです。


 このように“嘘が本当になる”ひみつ道具は一見機能がカブっているように見えながら、じつはそれぞれに微妙な差異があって、それぞれの道具が生み出す嘘と本当の関係性や、嘘をつく側とつかれる側のやりとりなどを比較しながら読むと、ますます面白くなります。

 

 ●追記
「ためしにさようなら」には“二月バカ”という語が出てきますね。のび太アメリカへ引っ越すことになってしずちゃんが大泣きしたりジャイアンが俺を殴ってくれと言ったり…そんな大騒動が、よりによって“二月バカ”というあまりにナンセンスな言葉で片づけられるなんて、あっけに取られながら笑ってしまいます^^