藤子不二雄Aトークショー(アニメイト池袋本店)

 27日(土)、アニメイト池袋本店9階アニメイトホールで「ビッグコミックススペシャル『愛…しりそめし頃に…』完結巻発売記念 藤子不二雄A先生トークショー&サイン会」が開催されました。
 

 A先生がご病気で入退院なさってから初めてファンの前に姿を見せてくださる、記念すべきイベントです。「これはぜひ体験しておきたい!」と所定のコミックスを購入して申込んだのですが、サイン会が外れてトークショーのみの参加となりました。
 しかし、それだけでもありがたい限りです。残念だなんて言えません。


 
 会場のアニメイトホールに入ると、トークショーがおこなわれるステージ上にトキワ荘の玄関口と門柱が段ボールで再現されていました。アニメイト池袋本店は豊島区にあります。豊島区といえばトキワ荘のあった街。今回は、そういった土地柄にちなんで、トキワ荘の門前でA先生がお話をするという粋なシチュエーション設定になっているのです。このトキワ荘玄関口と門柱は、トキワ荘通り協働プロジェクトのHさんが制作したものだそうです。
 A先生が登壇される前には、豊島区長の挨拶もありました。A先生が国の宝であること、トキワ荘復元の夢などを語られました。
 トキワ荘の風景がステージ上に再現され、豊島区長まで駆けつけるなんて、豊島区あげてのイベントといった風情です。



 会場にはパイプ椅子がずらりと並べられていました。席のすべてに、うちわが置いてあります。そのうちわには、『愛…しりそめし頃に…』の主要キャラクターである満賀道雄才野茂石森章太郎赤塚不二夫つのだじろうの5名のうちどれか1名の顔が貼りつけられていました。私のうちわは、つのだ氏でした。
 これは、A先生に内緒のサプライズ企画。A先生がステージに入場したらアニメイトの方が「『愛…しりそめし頃に…』完結……!」と音頭をとり、観客が一斉に「おめでとうございます!」と言ってうちわを先生のほうへ掲げようというのです。
 実行したところ、先生は顔をほころばせておいででした。


 トークショーの司会進行は、小学館の西堀さん。『サル』などでA先生を担当された方です。A先生は酒を飲んでいると店をハシゴしてどこへ行ったか分からなくなることが多いのですが、西堀さんに電話すればA先生をつかまえられるということで、西原理恵子先生から「A先生のGPS」と呼ばれているそうです(笑)


 トークの導入部でA先生は、「きのうはワイフと井上陽水さんのコンサートへ行った」とおっしゃいました。「黒鉄ヒロシ夫妻も来ていて、コンサート後の二次会に行きたかったのだけど、ワイフが一緒だったこともあるし、翌日このトークショーがあるので、グッと我慢してお酒を控えた。おかげで、無事ここへ来ることができた(笑)」
 奥様の脚が悪いため観客が一斉に帰る前のタイミングでコンサート会場を出たA先生。会場から出るとき、陽水さんはちょうど『少年時代』を歌っているところだったそうです。素敵な偶然ですね。



 『愛…しりそめし頃に…』完結記念のトークショーですから、もちろんそれに関する話が中心でした。
「歳をとって死が近づいてきた。作品が未完のまま終わってしまってもいけないと思い、ここで区切りをつけようと終わらせた」と『愛しり』を完結させた理由を語られました。「連載をやめたいと担当に伝えたとき、引き止めてくれるかと思ったら「ああ、いいですよ」と言われ、雑誌としては早く終わってほしかったんじゃないか…とガクッとした(笑)」と先生は会場を笑わせることも忘れません。
まんが道』が「少年チャンピオン」で毎回2ページずつというかたちで連載開始され、その後「少年キング」「F.F.ランド」と発表媒体を替えて続いてきた…と『まんが道』の連載史も簡単に紹介されました。「『愛…しりそめし頃に…』は『まんが道』の青春編ということで女性関係などを描こうと思ってタイトルを変更したけれど、あらためて読み返してみるとあまり色気がなく、キャバレーの女性に惚れたとかそういうことが描いてあるだけで、ほとんど恋愛の話がなかった。タイトルを変えなきゃよかった(笑)」なんて話も聞けました。



 会場が豊島区、ということでトキワ荘の思い出話も欠かせません。テラさんのお世話になった話、つのだじろう先生の巻紙事件、トキワ荘の仲間たちと喧嘩しなかった話などなど、これらはA先生の定番ネタですが、何度聞いても聞き入ってしまいます。



 こんなお話もありました。「アニメイトには初めて来たが、店に入ったら若い女性がいっぱいいて驚いた。1階でトイレを借りたので、1人くらい「あっ藤子不二雄だ!」って気づいてくれたら嬉しかったのに誰も気づいてくれなかった。それに比べ、この会場は女性が少ない…(笑)」(トークショーは、9割以上が男性客だったそうです)



 退院後初めてのトークショーというタイミングもあって、ご病気の話にも時間を割かれました。
「去年の暮れ、腕にイボのようなものができ、それが裂けて気持ち悪かったので病院で切除してもらった。医者から「イボが悪性のものだったら転移する恐れもあるから」とPET検査を受けることになった。PET検査って何だろう?と調べてみたらガンの検査だとわかって「ガーン」となった(笑)」このとき西堀さんは観客に「ここ、笑うところですよ」と促しました。A先生がここで笑いをとれたかどうかは「?」ですが、ほかのところでいっぱい笑いをとっておいでで、病気の話が多かったわりに、全体的に笑いの多いトークショーでした。自分が大きな病気にかかったときそれをどう受け止めるか…という心の持ちようを考えるとき、A先生のような前向きな姿勢は参考になりそうな気がします。

 検査の結果、大腸にちゃんとしたガンがあると判明。そのとき「死のうと思った」と先生が打ち明けたときは衝撃的でしたが、その理由が「お酒を飲めない、ゴルフもできない、仕事はどうでもいいけど(笑)」ということで、ここでも笑いを忘れないA先生でした。
 A先生は手術のとき「ぼくは漫画家なのでこの体験を漫画で描きたい。だから写真を撮ってほしい」と医者にカメラを渡して頼みました。「こんな患者は初めて」と言われたそうです。
 4時間半に及んだ手術は無事終了したのですが、出血が起きてICUに入ることに。そこで見た夢が2つあって、「ドイツ人にソーセージを食べろと迫られた夢」が1話目、「田舎をさまよっていたらトキワ荘の窓から手塚先生はじめトキワ荘の仲間たちが手を振っていて、橋をわたりそうになった夢」が2話目。1話目の夢は、奇妙な不条理劇ですね。A先生はドイツ語を話せないのに、夢のなかのドイツ人がしゃべるドイツ語は理解できたそうです。2話目は臨死体験を思わせますが、仲間たちとまた会いたいというA先生の願望が反映したものとも受けとれます。
 ともあれ、A先生がこちらへ戻ってきてくださってよかった!



 取材に来ていたプレスから質問を受けつけるコーナーで「『まんが道』で手塚治虫先生はすごくイイ人として描かれていますが、そこで描かれていない手塚先生の裏話などはありますか?」という質問が向けられました。これは、漫画の神様と崇められる手塚治虫先生の神様らしくない性格や行動(いわゆる黒手塚)が語られる機会が増えた現状を意識しての質問だったのだと思いますが、A先生は「手塚先生は『まんが道』で描いたとおりの素敵な人だった」ときっぱり答えられ、自分がいかに手塚先生のお世話になり手塚先生の優しさに触れてきたかを熱弁されました。
 このあたりのくだりを聞いて、私は涙ぐんで目をこすってしまいました。

「今後の活動は?」と訊かれたA先生は、「今は『愛…しりそめし頃に…』の連載を終えてホッとしているのと、気が抜けたような気持ちで、新しい作品をやろうという考えはない。ただ、以前から口だけで言ってるが(笑)、老人にとって不幸な社会になってきているので老人が元気になるようなシニア漫画を描きたい。もうタイトルは決まっているけれど、あとは白紙」と返答されました。


 最後にA先生撮影タイム!
 
 
 ピースサインをキメるA先生!


 
 A先生を撮影する観客を撮影するA先生



 トークショーは1時間ほどで終了。
 その後同じ会場でサイン会がおこなわれたのですが、トークショーのみの観客は会場から出なければならなかったので、サイン会の様子はまったく見られませんでした。出口の近くに立っておられた藤子スタジオの方にお礼の挨拶をして会場をあとに。
 会場から出るとき、うちわと当選ハガキを返却するのと引き換えに、特製『愛…しりそめし頃に…』カードを手渡されました。
 


 A先生のお元気な姿を拝見でき、ノリノリの楽しいお話に笑わせてもらい、さらに涙を誘われるような一幕もあって、豊かな時間を過ごせました。
 A先生、いつまでもいつまでもお元気でいてください!


(上記レポート内のA先生の発言は、私の記憶を頼りに、発言の意味を変えない程度に要約したものです)