戦時下の猛獣処分の物語

 16日(金)、「戦争と平和の資料館 ピースあいち」で開催中の「絵本はだしのゲン原画とマンガ展」を観覧しました。
 
 絵本版『はだしのゲン』の原画を中心に、マンガ版のパネルや中沢啓治氏が愛用した執筆道具などが展示されていました。『はだしのゲン』のコミックス全10巻と初出誌(「週刊少年ジャンプ」)6冊を自由に読めるコーナーも設置。作中に象徴的に登場する麦の穂が会場のところどころにさりげなく置いてあったのも印象的でした。
 
「ピースあいち」へ行ったのは初めてです。2階は常設展示で「愛知県下の空襲」「戦争の全体像 15年戦争」「戦時下のくらし」などのコーナーに分かれていました。
 愛知県下で最も空襲を受けた市町村は名古屋市ですが、私の住む市も空襲を受けたことがあり、「ピースあいち」でもそのことが紹介されていました。とくに、終戦の前日にあたる昭和20年8月14日の空襲は、以前その事実を知ったとき衝撃を受けたこともあって、私の心に刻まれています。そのとき我が市に落とされた爆弾は、長崎に投下された原爆と同型でした。同型だったのですが、中身がプルトニウムではなく火薬だったのです。模擬原爆(パンプキン爆弾)と呼ばれるものです。
 日本の無条件降伏が決定的なこの日に米軍が空襲を行なったのは、この爆弾が戦後に有効使用できるものかどうか実験データを取りたかったからのようです。
 愛知県では他の場所にも模擬原爆が投下されています。たとえば1945年7月26日、名古屋市八事日赤付近。このとき模擬原爆を投下した機体は、広島に原爆を投下したB-29エノラ・ゲイ」でした。
 自分の住む地域でそういうことがあった…という身近な歴史的事実から戦争への思いを巡らせてみると、戦争について観念的に考えるときとは違う生々しさが胸に刺さってきます。



「ピースあいち」の1階では、準常設展示の「戦争と動物たち展」を観ることができました。
 戦時下、空襲によって檻の中の猛獣が逃げ出したら危険である、との理由から、全国の動物園に猛獣処分の命令がくだされました。その猛獣処分について、名古屋の東山動物園での事例がパネルで紹介されているのです。
 東山動物園でも猛獣処分は実行されましたが、園長はじめ関係者の尽力で、終戦時に2匹のゾウが生き残りました。ほかの動物園ではゾウを観られなくなったため、全国から東山動物園に来れるよう特別列車「ゾウ列車」が運行されました。その出来事は、絵本『ぞうれっしゃがやってきた』などで物語化されています。
 
 ・『ゾウさん死なないで』(東海出版社、山田鉱一)この本の挿絵は土屋慎吾先生が描かれています。
 ・『ぞうれっしゃがやってきた』(岩崎書店、小出隆司・作、箕田源二郎・絵)



“戦時下の猛獣処分をめぐるゾウの物語”といえば、藤子ファン的には何と言っても『ドラえもん』の「ぞうとおじさん」でしょう。この「ぞうとおじさん」は、土家由岐雄の童話『かわいそうなぞう』の悲劇的な結末に胸を痛めたのであろう藤子・F・不二雄先生が、同様の状況下でゾウの命が救われるお話を描いたものです。
 童話『かわいそうなぞう』は、上野動物園での猛獣処分で3頭のゾウが餓死させられた事実を童話化しています。ラジオパーソナリティでエッセイストの秋山ちえ子さんは、1967年から毎年8月15日にラジオ番組で『かわいそうなぞう』の朗読を続けており、96歳になった今年も読まれたようです。
 
 ・『かわいそうな ぞう』(金の星社、土屋由岐雄・作、武部本一郎・絵)



 藤子F先生のご長女・土屋匡美さんは、雑誌のインタビューでこんなことを述べています。

 父は子ども向けの物語が悲劇で終わることをあまり好みませんでした。また「子どもが死ぬ物語」の映画などは観ようとはしませんでした。
 子どものころ「フランダースの犬」の最終回を見て、姉妹で大泣きしたことがあるのですが、父は「正直でやさしく、働き者が報われないのはかわいそうすぎる」と真剣に言っていました(笑)
 戦時中、動物園の動物たちを安楽死させる悲劇を描いた絵本「かわいそうなぞう」を読んだときも、父は胸が痛んだのでしょう。ドラえもんの「ぞうとおじさん」(『ドラえもん 5巻』収録)では、かわいそうなぞうを助けるという話になっています。(「ポピュラーサイエンス日本版」2004年10月号)

 また、2010年8月7日名古屋で行われた講演会で大山のぶ代さんは、『かわいそうなぞう』のなかで死にゆく運命にあったゾウの命を『ドラえもん』のなかで独自のアイデアを駆使しながら救った藤子F先生のことを「心をもってゾウのことを考えたやさしいおじさん」と評価していました。


 童話『かわいそうなぞう』では、上野動物園のゾウが3匹とも死んでしまいます。『ドラえもん』の「ぞうとおじさん」では、殺される運命にあったゾウの命が救われます。そして、命を救われたゾウが現在もジャングルで生き残っている…という新たなエピソードが加えられるのです。
 ゾウの命を救ったところで“めでたしめでたし”と話を終わらせるのではなく、“のび太のおじさんが語る不思議話”というかたちで、現在もそのゾウが元気でいることを教えてくれるのですから、じつに心憎い構成です。


かわいそうなぞう』と『ドラえもん「ぞうとおじさん」』…、私はこの2つの名作を読んで、事実の救われなさとフィクションのありがたみを感じました。両作とも胸に刻んでおきたい大切なお話です。